第2話
「………………勇者です…………」
たっぷり間をあけ、認めたくないとばかりに呟いた聖女様の言葉。
「……狩人が……」
思わず打ちひしがれるのは、あたしも同じだ。
あぁ……お肉……育ち盛りに野菜ばかりは厳しいのよ?まぁ、食べる物があるだけマシなのだけど。
不作で木を齧ってた時を思い起こせば、野菜があるだけでも御の字だ。……しかし、贅沢を言えば肉が食べたかった……。
「いや、その辺りはまぁ……勇者様なのであれば何とでもなるのではないでしょうか……?多分」
「本当に!?」
また声に出していただろう、あたしに対して、神官がそう答えてくれる。
思わず嬉しくなって飛びつけば、神官は若干後ずさりし、曖昧に引きつり笑いを返してきた。
……多分って言ってたもんね。多分って。
まぁ生活が出来るのであれば問題はないのだけど。
「勇者様として、国王様と謁見して頂きます」
「……へ?」
「勇者様としてのお仕事が国からご依頼されるという事です」
「……ほ?」
思わず後ろに居る、村の人達に視線を向ける。
皆、悲し気な表情だったり、気の毒そうな表情だったり……あ、隣のおばさんが倒れた。あたしを娘のように可愛がってくれてたおばさんなんだけど……。
「勇者って何する人なんですか……?勇気ある人……では?」
「英雄と同一視してもらえれば良いかと思います」
思いますって何だ、思いますって。
勇気より狩猟だろうと思っていたのに、思いますだと!?何て曖昧な返事なんだ!しかも英雄なんて要らない。そんな事よりも食べる事が生きる為に必要だ。
「……偉業を成し遂げる気はないですよ?」
「あなたに選択権なんてないわよ!」
いきなり復活した聖女様に食って掛かられた。解せぬ。
「マリー……」
「おばさん」
隣に住んでいるおばさんが、おじさんに抱えられて私の傍に来た。
その顔は涙に濡れ、悲痛な表情を浮かべている。何故そんなに泣く必要があるのだろう。
「おめでたい事だろう?」
「でもっ!でも……っ!そんな危険な事に私はマリーを笑顔で送り出せない!」
「……ん?」
おじさんがおばさんを慰めるように言ったが、返したおばさんの言葉に疑問を抱く。
危険って何が?
あたしが首を傾げていると、おばさんは更に泣き出した。
「勇者は危険だって!魔王を倒す旅に出ると聞いたよ!?」
「誰にでも出来る事じゃないんだ……マリーは選ばれたんだ……祝ってやろう」
他の村人たちも、おじさんの言葉に頷いている。
というか、あたしを置いて話が進んでない?どういう事?
え?そもそも旅って……。
「食べる物は安泰!な生活では……ない?」
むしろ、また木の根を齧る事があるかもしれないという事に、あたしは首を左右に思いっきり振る。
え、本当に狩人とかの方が良いんだけど。
不作って辛いんだよ?本当に辛いんだよ?
思わず神官に視線を向けると、フイと逸らされた。
……多分って言ってたもんね。
「……勇者様は国王様にお会いする。これは王命となります」
「貴女には拒否権どころか、選択権もないのよ」
感情が一切こもっていないかのような神官の声。
続いた聖女の声は人間らしく呆れの感情が見えた……しかし、内容はとても冷たいと思える。
「人権は……」
「この国の民なのであれば、王命は絶対です」
更に続く無慈悲な神官の声。
……この国に住んでいる以上は逃げ出せないのか……。国王が何をしていて、どんな人かもわからないのに……。
そんな事を思いながら、家や畑は守っていくと言ってくれた皆の声を聞きながら、あたしは聖女達御一行と共に王都へ向かう事となった……。
王都までの道のりは長く、だいたい二週間程かかった。
そりゃここは辺境の村なんだ。むしろ各地を回る教会御一行様が凄いとさえ思える。国の端から端を回るんだもんね。
初めて村の外を見たけれど、護衛含む集団な為、堅苦しい事この上ない。
自由もないどころか、ずっと馬車の中だ。
何でも早く王都に戻って国王様に勇者を紹介しなきゃいけないらしい。……あれ?勇者ってあたしだっけ。
「暇なんですけど……」
「仕方ないでしょう」
あたしがそう零せば、同じ馬車に乗って正面に座る聖女様が呆れたように返してきた。
「もうすぐ日も暮れるし、町につけば宿に泊まるわ」
「ごはん!」
「……宿屋の下は大抵食堂よ」
手を頭に当てて聖女様はそう返したが、あたしの思考はご飯一択だ。
畑仕事もしてなければ、ずっと座っているだけなんて、全く気が休まらないどころか気も紛れない。時間経過が遅く感じるも、気が付けばお腹はすいている。
宿屋に到着し、全てを教会御一行様達が準備してくれている中、あたしは食堂に座って並べられた料理に見入っていた。
「すごーい!」
同じテーブルに神官様と聖女様が座っているが、若干引いている気がする。
こちとら日々、食べる為に働き生きているようなものなんだ。
「おいしーい!」
手をのばし、口いっぱいにほおばると、初めての味が口の中に広がる。
「調味料!これが調味料というやつ!?何これ、なんて野菜!?あーこんな柔らかいお肉初めてー!」
「……」
「それは……良かったな……」
聖女様は食事に手を伸ばす事なく、呆然とこちらを見つめていて、言葉を放った神官様の口元が若干引きつったように見えた。しかし目の前にある料理へ意識を向けているあたしには関係のない事!
「こんな料理が食べられるなんて最高~!」
村を出て初めて、村を出て良かったと思えた瞬間だった。
多分鑑定で勇者なんて出なければ、あたしは一生村の中だけで生き、天候に恵まれなかった年は木の根を齧る日々を過ごしていただろう。
生きる為には寝る事と食べる事が大事!寝床と食事大事!食事は美味しいにこしたことはない。
美味しくて次々口へ放り込む私を、護衛の人が笑いをこらえながら声をかけてきた。
「王都ならもっと食材も豊富ですし、王城での食事は豪華ですよ?」
「急ごう!早く行こう!すぐ行こう!」
「だからって行程が短縮されるわけないでしょう!?」
あたしの言葉に聖女様がバンッと机を叩きながら言った。
えー。馬車に乗ったままって、ホントつまらないのに……。
そんな事を呟けば、神官様は頭を両手で抱えながら俯いた。
一日中動きまくってた村民からしてみれば、ずっと座ってるだけなんて慣れてないからこその苦行でしかないんだけど。
道中、町へ寄る度に色んな料理を堪能でき、これなら勇者って最高じゃない!?と思えてきた頃、王都へ着いた。
「では私は大神官様へご挨拶とご報告へ向かいます」
そう言って離れていく聖女様について行った方が良いのかと思い、足を向けると後ろから肩をつかまれた。
「貴女は此方です」
にこやかな表情で笑う数人の女性達。
なんでも、王様に会う為にはお風呂や着替えが必要になると言う……。
「ぎゃぁあああああああ!!!!」
お風呂、という初めての体験。更には人に着替えさせられるという、とんでも体験までもさせられ、あたしは終始叫びまくり、それだけで疲れ果ててしまった……。
王都……いや、王城というか決まり事、めんどくさい……。
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