プロローグ②


 人が居るところはマズイ……とりあえず街の外へ逃げ込もう。

 服についていたフードで顔を最低限隠しながら、特に女性に顔を見られないように気を付けつつ走る。


 門番は幸い男だった。

 身分証を呈示して、外へ。


 この辺で人気のないところと言ったら、《グリーンウッド》だろう。

 初心者冒険者でも安全に冒険が出来ると言われるほど危険度の低い魔物しか出ない、国にしっかり管理された森である。


 僕みたいな一般市民でも自由に出入りできるくらい安全な森だが、草木は豊富で隠れる場所は豊富にある。


 背後を見て、誰も追ってきていないことを確認してから僕はグリーンウッドに入った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を整えながら、今後のことについて考える。

 魅了は永続なのか? ソフィアはずっとあのままなのか? 顔を見た相手を魅了するというのなら、仮面を付けて生活すれば安心なのか?


 何も分からない……スキルの効果にそこまで詳しいことは書いていなかった。

 一個ずつ試すしかないけど、もし効果が永続だとしたら、簡単に試すわけにもいかない。それこそ魅了した人に刺される可能性がある……。


「魅了の効果をオフにすることって出来ないのか……?」


 考えながら、森の奥へと歩いていく。

 走って喉が渇いた。この先に確か水場があった筈だ。


 その時だった。

 ガサガサと草が揺れたと思ったら、何か動物が目の前に飛び出した来たのだ。


「おわぁ!?」


 一瞬魔物が襲い掛かって来たのかと思って飛び退くも、飛び出してきた生物は魔物ではなくただの白い毛色のリスだった。


 お、脅かせやがって……ん?

 リスは何処かに逃げることなく、むしろこちらに寄ってきた。


 そして何を思ったのか、僕の足元から器用にズボンをよじ登り、肩まで登って来たでは無いか。

 野生動物にしては人懐っこいなこいつ……。


「いや、もしかして……」


 恐る恐る確認してみると、このリスは雌のようだった。


 ……もしかして【魅了】スキルって人間相手じゃなくても通用するのか?


「! それならこのスキルがどういう仕様なのか、動物相手に試すことが出来るな!」


 ぐへへ、ちょっとかわいそうだけど僕のスキルの実験動物になって貰おうじゃないか……。


 そんな僕の考えなどつゆ知らず、リスは僕に頬ずりしてきゅーきゅー鳴き始めた。


 …………。

 ……可愛いー! ちくしょー! こんな可愛い生物を実験動物扱いできねえええええ!


「目を覚ませリス! お前が僕に抱いている感情は愛なんかじゃなくて魅了による洗脳だ!」

「きゅー?」


 動物にそんなこと言っても仕方なかった。


 リス美(命名してしまった)を肩に乗せて、水場を求めて再び歩き出す。


 あった。

 清冽な水が、高低差を乗り越え滝となっている川辺だ。


 しっかり管理されている森なだけあって、そのまま飲んでも大丈夫な程澄んだ水である。


「ごくっ、ごくっ、ぷはっ……美味い……」


 両手で掬い、水を飲む。

 乾いていた喉が潤っていく。


「『――――』」

「ん?」


 なんか今、どっかから声がした?


 キョロキョロと辺りを見渡しても、誰もいない。リス美が不思議そうに首を傾げた。


「気のせいか……? ん?」


 滝の後ろに、何かある?

 近寄ってみてみると、なんと滝の後ろには小さな洞窟のような穴が開いていた。


 こんなところがあるなんて知らなかったな……。


 何かに導かれるように洞窟に入ると、すぐにそれは目に入った。


 洞窟の奥。

 まるでこの洞窟の主かのように台座に刺された、剣の姿が。


「剣……?」


 近くで見てみると、どうやら随分立派な剣のようだ。

 大分古いけど、錆びやひび割れは見えない。ほのかに魔力も感じる……。


 台座に書かれている文字は……古代語で読めないが、洞窟の壁に現代語で文字が彫られていた。


 曰く、『この聖剣を台座から抜くことが出来た者、それは次代の聖剣の担い手になり得る者』、とのこと。


「聖剣……! 噂によれば特殊な力を持った凄い剣だっけ……はは、そんなのが僕に抜けるわけ……」


 とはいえお試しに、と剣の柄を握る。

 まるで力を入れていないのに、すぽっと聖剣は抜けた。


 え?


「え?」

「『You are my master』」

「うお!? 剣が喋った!?」


 何て言っているのかは分かんないけど……多分古代語で、話しかけてきた。

 女性っぽい声だ・・・・・・・。あのえっと、まさか……。


「『I love you! I love you!』」

「聖剣すら、【魅了】しちゃったってこと……!?」


 こうして、【魅了】スキルによってありとあらゆる異性――そう、人間も、動物も、聖剣も。

 異性ならば区別なく好かれるというはた迷惑なチートスキルを得た僕の物語は、この日から始まったのであった。

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