第1話
「レクス、お前はこのパーティから追放だ」
スキル付与の儀式から、三年後。
18歳になった僕ことレクスは、紆余曲折あって冒険者になっていた。
忌まわしい【魅了】スキルは、仮面を付けることで封印し、戦闘用スキルは無くとも聖剣の力で身体能力が底上げされた僕は、自分で言うのも何だがそれなりに戦闘で活躍出来ていた筈だ。
それなのに何故こんなことになっているのか?
僕に追放を告げたパーティメンバーであるアレックスは、怒りの表情で僕を睨みつけている。
「そうか……」
しかし僕は、昨日起きた出来事を思い出して、納得するように頷いた。
「勘違いすんなよ? お前に実力がねえってわけじゃねえ……【魅了】スキルについても事前に説明は受けてたし、仮面を付けている限り大丈夫だって話も真実なんだろう」
「…………」
「でも、昨日お前のうっかりで仮面の下の顔をヴィヴィアンに見られたらしいじゃねえか!」
ヴィヴィアンというのは、もう一人のパーティメンバーで、女性だ。
そして、アレックスの恋人でもある。
「それから明らかにあいつがお前を見る目がおかしいんだよ! 完全に恋する乙女の顔なんだよ!」
「それは……その……なんだ……ごめん」
「ごめんで済んだら憲兵はいらねえんだっつーの! どうしてくれんだよ! ヴィヴィアンは俺の……俺の……!」
「だ、大丈夫、僕としばらく会わなければ【魅了】の効果は薄れていく筈だから……」
肩をがっくんがっくん揺らされながら怒気を浴びせられるが、こればっかりは僕のミスだ。
気を付けていたつもりだが、昨日仮面の下の素顔をヴィヴィアンに見られてしまった。
三年経ったが、スキルをオフにすることは叶わず。
僕は相変わらずこの糞スキルに悩まされていた。
「兎に角、これ以上お前とはやってられねえ! このパーティから出ていけ!」
「ああ……すまなかった」
頷いて、僕はパーティの拠点としていた借家から出ていく。
良いパーティだったのにな……アレックスはああ見えていい奴だったし、ヴィヴィアンはそんなアレックスを一途に想う優しい女だった。
やっぱ男だけのパーティに入るべきか……いやでも、そういうパーティって少ないんだよな。
魔法使いや回復術士はパーティに一人は必須。
そのくせ男女比率が圧倒的に女性の方が多いのだ。
冒険者を辞めるってわけにもいかない……【魅了】っていう糞ごみスキルを持っている僕は当然他のスキルを持っていないわけで。
どんな職業に就くにしても、その道専門のスキルを持っている人たちに大きく劣る。
運良く手に入れた聖剣の身体能力上昇バフを活かした魔物を倒す冒険者になるしか、僕に道は無いのだ。
……いやまあ、金持ち女のヒモになるという選択肢もあるといえばあるんだが、極力やりたくない。ていうか普通に嫌だ。
「さてどうしたものかな……」
魔物の討伐を生業としている冒険者は、基本的にパーティを組んで行動する。
その方が危険が少ないからだ。
聖剣の力は強大だが、それは一般人である僕が戦闘スキル持ちの冒険者の中に居ても問題なく戦える程度の力でしかない。
……いや、そう考えるとやっぱり強大だわ。戦闘スキル持ちの冒険者って平気で岩を砕いたり樹と樹の間を飛び回ったりできるし。
「うん、やっぱりとりあえず冒険者ギルドに行って新しいパーティを捜すか」
冒険者ギルド。
冒険者が活動する上で登録必須の拠点である。
クエストの発注や受注から、報酬の受け取りにパーティメンバーの募集まで。
冒険者に関する様々な事柄を管理し、取り纏めている。
「お邪魔しまーす」
挨拶をするも、特に返事は返って来ない。
《炎尾の館》はほぼ常に多くの人が出入りしていて、ギルド職員も忙しくしており誰かがやってきたくらいで一々反応したりしないのだ。
余程目立つ特徴を持っていない限り、ギルド職員に個人として認識されるのも難しいくらい人が多いのがこのギルドを選んだ理由の一つだ。
まあ尤も、僕は常に仮面を着けているという特徴からすぐにギルド職員たちから憶えられてしまったわけだが。
「ええっと、パーティ募集掲示板はっと……」
ギルド内にある掲示板の前に立ち、パーティ募集の張り紙が無いか確認する。
しかし前衛職は母数が多いからか、募集されているのは魔法使いや回復術士が主だ。
まあそれでも王都内で一番大きなギルドだけあって、多少ながらも前衛の募集もあるが……。
「あら、仮面くん。どうしたのパーティ募集掲示板なんて眺めて」
と、急に声を掛けられて振り返る。
そこには《炎尾の館》名物、オカマのギルド職員の姿があった。
青髭に、濃い唇。
アイシャドウとモリモリの筋肉。
そんな変な格好をした、心は乙女、身体は筋肉なオカマ職員――カマバーさんだ。
これでも仕事は出来るし有能で、次のギルドマスター説もあるらしい。
「ど、どうもカマバーさん。いやね、諸事情あってパーティをクビになってしまったんですよ」
「あら~、仮面くんをクビにするだなんて勿体ない……アナタくらい礼儀正しくて、性根の真っすぐな子は珍しいのよ?」
「そうですかね? それに、今回はその、僕が悪かったので」
「あらん? 喧嘩別れってことぉ? ん~……」
それにパーティを抜けることは珍しいことじゃない。むしろ何年も同じパーティで固定している方が珍しいくらいだ。
喧嘩。年齢。成長。勘違い。すれ違い。
パーティが別れる理由なんていくらでもある。僕だって、この三年の間に六度くらい体験した。
まあ、仮面の下を見られてクビは今回が初めてだったけど。
「そうだ、丁度パーティメンバーを募集してる新人の子がいるのよん。良かったら面倒見てやってくれないかしら?」
「新人?」
知っての通り、ギルド職員は多忙の身だ。
新人が来たからって個別で面倒を見たりはしない。
なのでこうして職員から個人に対して直接新人の面倒を見てね、なんて依頼は珍しいことなのだ。
「どうにもね、その新人の子、他人って感じがしなくて……」
「はぁ……」
どういうこと?
「それに、田舎の辺境から来たみたいで常識に乏しいのよ、放っておいたら犯罪に巻き込まれたりしそうで危なっかしいのよね。仮面くんみたいなしっかり者が面倒を見てくれたら、アタシも安心なんだけど」
「……ふむ、報酬次第ですね」
「ふふ、しっかりしているわね。当然ギルドからの正規の依頼として、相応の報酬は払わせて貰うわよ」
それなら請け負ってもいいかな。当然、その新人の子がどんな子かにもよるけど。
「分かりました、とりあえず会わせてください」
「りょーかい♡ ええっと、確かさっきまでアソコに……いたいた」
カマバーさんが、ギルド併設の酒場の一角にいる小さな子に声をかけて、こちらに連れて来た。
「さ、挨拶して♡」
「は、はい!」
僕は目を、見開いた。
身長は150cm程だろうか、腰まで届いているであろう長い髪は、漆が塗ってあるかのように綺麗な黒い髪をしている。
黒い目はつぶらで輝いていて、長い睫毛はセクシーさすら醸し出している。
起伏の少ない身体は彼女の魅力を決して損なうものではなく、むしろ身長を考えたら最適ともいえるようなすらっとしたスタイルをしていた。
率直に言って、可愛い。
こんな可愛い娘が常識の無い田舎者だなんて、そりゃあもう悪い人に狙われまくるだろう。
「ボク、『マーロン』って言います。シーオカ領のハマ村から来ました」
ボクっ娘!? それに声も可愛い!
はわわ……やばい、好みど真ん中だこの娘……。
とは言っても、僕には【魅了】があるし……マトモな恋愛なんて出来ないか……はぁ……。
「僕はレクス、仮面は訳あって外せないがよろしく」
「はい! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
おお、礼儀正しい良い子じゃないか。
「きゅー」
その時突然、もぞもぞ、と僕の服のフードが動いた。
フードからリス美が出てきたようだ。なんかリス美は僕のフードが気に入ったようで、よく寝床に使っている。
「わ、リスだ。テイムしているんですか?」
「まあ、似たようなもんかな……こいつはリスのリス美、僕のペットだ」
「……その名前はギャグですよね?」
「え?」
何を言っているんだか。リス美、いい名前じゃないか。
我ながらネーミングセンスは良い方だと思う。
「どうしたリス美、ご飯はまだだぞ?」
リス美はじーっとマーロンを見つめた後、何事も無かったかのようにフードへと戻っていった。
何だったんだ……?
「まあいいや、とりあえず簡単なクエストでも受けて実力テストと行くか」
「さ、早速ですか……分かりました。準備は出来ています」
「一応確認しておくが、スキルは戦闘向けスキルだよな?」
僕みたいに聖剣の加護とかが無ければ、戦闘向けスキル無しで冒険者になるのはあり得ない選択肢だ。
「はい、そこは問題ありません。ちゃんと【闇魔法】のスキルを賜りました!」
「ほう、魔法使いか」
物理攻撃が無効の魔物とか居るから、魔法使いの需要は高い。
素直で良い子そうだし、ちゃんと鍛えれば一端の冒険者になれるだろう。
さて、それじゃあ最初のクエストは何がいいかなぁ、流石に《グリーンウッド》は簡単すぎるし……。
「それじゃ、カマバーさん、このクエストを受けるよ」
「はいはい、あら? これは……いきなり?」
「早い方がいいでしょ」
疑問符を浮かべて首を傾げるマーロンを尻目に、一件のクエストを受注した。
それは王都から馬車で一時間程のところにあるダンジョン、《ストーンキューブス》。
そのダンジョンの最奥に生息している『ゴーレム』の魔石を採取してこいという依頼である。
「別名、『魔法使いの登竜門』。魔法使いなら必ず通った方がいいと言われるダンジョンの攻略だ」
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