第2話

「先輩って夢はありますか?」

「夢?」


 王都から一時間、《ストーンキューブス》に向かう馬車の中で、唐突にマーロンはそんなことを訊いてきた。


「はい、夢です」

「んー……」


 先輩っていう呼ばれ方が何だか慣れなくて、むずがゆい。

 まあ師匠よりかはマシかと頭を掻きながら、質問に答える。


「強いて言うなら、好きな人と普通に恋愛して普通に結婚することかなぁ……」

「おお……思ってたよりずっと俗っぽい夢ですね」


 結構容赦ないこと言うなこの子。


「僕にとってそれはひっじょーに難易度が高いことなんだよ……」

「ふぅん……?」


 まだスキル【魅了】については教えていない。

 戦闘向けスキルを持っていないってだけで馬鹿にしてくる人とかいるから、一度戦闘を共にした人にしか教えないようにしてる。


「ボクの夢はですね、有名な冒険者になって一杯稼いで、故郷の村に馬車の道を作ることです」


 遠く、おそらくは故郷の方向を見ながら、マーロンは言う。


「ボクの故郷の村は、馬車道が通っていないようなど田舎でして、隣町まで何時間も歩かないといけないんですよ。そのくせ領主は税金を無駄に使うばっかでハマ村のことなんて無視してるんです」

「成程ね、でも道を作るって結構莫大な金がいるよ?」

「だから冒険者になりたかったんですよ。未知のダンジョン、強大な魔物、高額依頼……冒険者には夢があります!」


 まあ、言っていることは間違っていない。

 冒険者は命を賭ける職業だ。それ故に、相応に稼げるのも事実だ。お金が目当てで冒険者になりたがるものも少なくない。


「なので、えっと、ボクは本気で強くなりたいと思っているんです。だから、その……」

「僕が役に立たなかったら捨てる、か?」

「言い方が悪いですが…………はい」


 本当に容赦の無いことを言う子だ。

 まあそれだけ本気なのだろう。夢に向かって真摯で良い事だ。


「はは、まあ安心しろよ、これでも結構強いつもりだから」

「はぁ……」

「それより、今から行くダンジョン探索の心配をした方がいい。僕が居るとはいえ、決して命の保証がある場所じゃあないからな」


 今から行くストーンキューブスの注意点を今のうちに伝えておくことにしよう。


*****


「ここがストーンキューブス……」


 ガチガチに緊張しながら呟くマーロンを後目に、僕は腰にかけた聖剣に手を掛ける。


「《刻印》」


 そっと、気付かれないように《印》を出入口近くに刻んでおく。


 これで万が一の保険は大丈夫。


「さ、いつまでも固まってないで行くよ」

「は、はい!」


 ストーンキューブス。

 その名の通り、四角い岩で構築された建造物。


 誰が造ったのか、いつ造られたのかは不明だが、内部には定期的に魔物が沸き、一定数を超えるとダンジョン外に出てきてしまうため定期的なメンテナンスが必要不可欠な建造物型ダンジョンだ。


 その最大の特徴は最奥部までの『長さ』。

 魔物のレベルは大したこと無いが、兎に角長い。最短距離で進んでも十時間はかかるだろう。


 建造物型ダンジョンとしては破格の広大さに、魔法使いの初心者はとあるありがちなミスをする。


「僕がさっき言ったこと忘れてないね?」

「はい、『魔力配分に気を付ける』、ですね」


 そう、初心者魔法使いは魔法に込める魔力の調整がへたくそで、長いダンジョンだと魔力切れを起こしてしまうのだ。


 それが、ストーンキューブスが魔法使いの登竜門と呼ばれる『一つ目の理由』。


 二つ目は……。


「! 早速お出ましか」

「……! 『グリモアゴースト』……!」


 『グリモアゴースト』。

 魔法しか効かない、物理無効の幽霊型魔物である。力自体は弱いが、魔法でしか倒せないということは、魔法での対処を迫られるということだ。


 魔法使いの魔力切れを誘発する、厄介な存在だと言えよう。これが『二つ目の理由』。


「『ダークヴォルト』!」


 マーロンの手のひらから、闇の雷が放たれる。

 グリモアゴーストは一撃で引き裂かれ、消滅したが……。


「今のはちょっと魔力を込めすぎだな、グリモアゴーストはもうちょい弱めの魔法でも倒せる」

「は、はいっ」


 ちなみに、僕は余程のピンチじゃないと手を貸さないと宣言している。

 これはあくまでマーロンを鍛えるためのクエストなのだ。


「あ、魔石の回収を忘れるなよ」

「分かりました」


 魔物を倒すと、魔石と呼ばれる魔力の結晶がドロップする。

 これは様々な場所でエネルギーとして使われるので、冒険者ギルドに持っていくと換金してくれるのだ。


 魔石を拾って、探索を再開する。

 神様がくれるスキルというのは非常に強力で、新人のマーロンでも【闇魔法】を駆使すればストーンキューブスに出てくる魔物程度ならば簡単に倒せる。


 なので、序盤は順調だった。

 数匹の魔物を倒し、少し余裕が出てきたところで……ついに来た。


 『第三の理由』だ。


「これが……」


 マーロンが、目の前の壁を見上げる。

 一見行き止まりだが、よく見ると操作盤のようなパネルが付いている。


 これは『魔法使いの壁』と呼ばれる、ストーンキューブス特有の特殊な扉だ。


 操作盤に魔力を流し、壁に刻まれている溝にそって魔力を流すことで扉が開く仕組みになっている。


 ただし溝に魔力を流すのは精密な魔力コントロールを要求される。この扉をどれくらいの時間で開けるかどうかで魔法使いとしての力量をある程度測ることが出来ると言われている程の難問だ。


 新人なら、一時間で開けられれば良い方か。

 そんなことを考えながら、必死に扉を開けようとするマーロンの後ろ姿を見つめる。


 すると、グリモアゴーストが一体、壁をすり抜けてやってきた。

 僕の目の前を通過して、今必死に魔力コントロールをしているマーロンに向けて攻撃を――。


(ま、これくらいはサービスしといてやるか)


 瞬間、聖剣を振りぬく。

 マーロンに気付かれることなく、グリモアゴーストは霧散して魔石となった。


 物理無効? 魔法しか効かない筈? ……まあ、聖剣には色々と特殊能力があるのだ。

 具体的には三つほど。今のはその内の一つだ。


「『Ahemえっへん』」


 聖剣がなんか言ってるが、古代語は生憎さっぱりだ。

 でもなんか勝ち誇っている感じは伝わってくる。ちなみに剣の声は僕にしか聞こえないらしい。


 そして、待つこと一時間半。

 ゴゴゴ……と音を立てて扉は開いた。


「はぁ……っ! はぁ……っ! あき、開きましたぁ……!」

「ちょっと遅いな。まあいいや、さっさと進まないと自動で閉じちゃうぞ」

「あわわ……!」


 もう一度開ける作業はごめんだとばかりに急いでマーロンが進む。

 別に走らなくてもいいのだが……まあ気持ちは分からんでもない。


 その気持ちは無駄なんだけど。


「…………」

「…………」


 マーロンに追いつくと、彼女は唖然とした表情で固まっていた。

 それもしょうがない、何故なら進んだすぐ先にもう一つ、魔法使いの壁があったからだ。


 このダンジョンは中盤以降嫌がらせかというくらい魔法使いの壁が配置されているのだ。


「…………ご飯食べてからの挑戦でいいですか?」

「いいよ」


 もう時間も昼頃だしな。お腹も空いただろう。

 でもこの調子じゃ、一発クリアは無理そうだな。


*****


 ダンジョン攻略開始から、五時間。

 未だ踏破率五割にも満たないところで、ついにその時は来た。


「ま、魔力が尽きました……」


 泣きながらそう報告してきたマーロンの頭をぽんぽんと撫でる。


 しゃあない。ぶっちゃけ一発でクリアできるとは思っていなかった。


「多くの魔法使い冒険者は、このストーンキューブスを攻略出来てようやく一流と呼ばれるんだ。ここまで来れただけでも上出来さ」

「うう……はい……」


 今回の記録、踏破率45%、魔法使いの壁突破数7……ってところか。


 まあマーロンの実力を概ね把握できたから及第点かな。


「はっ! そういえば帰り道ってどうするんですか!? 先輩は魔法使いじゃないから魔法使いの壁を開けられないですよね!?」

「それについては大丈夫。実は僕の剣って聖剣で――――っ!?」


 不意に。

 グリモアゴーストの手が、マーロンの肩を掴んでいた。


 そのまま何処かへ、連れていかれそうになって――。


「《魔法剣》!」


 聖剣の能力の一つ。

 光の魔法を刀身に纏わせることが出来るという能力で、グリモアゴーストを切り裂く。


 しかしそれだけじゃあ終わらない。

 ダンジョンの奥から、二匹、三匹、四匹五匹、いや、もっと沢山。


 数十匹のグリモアゴーストが、こちらに向かってきていた。


大量発生スタンピードか!」


 運が無い……!

 急いでマーロンを抱き寄せ、聖剣の第二の能力を発動させる。


「《瞬刻》……!」


 ダンジョンに入る前に、刻印してきた《印》。

 その場所に瞬間移動するという能力である。


 色々と制約がある能力だが、こうしてダンジョンからの緊急脱出には最適な能力なのだ。


 視界がブレて、次の瞬間には僕たちはダンジョンの出入口前に居た。


 マーロンが酷く混乱している。

 まあ、仕方ないか、いきなりだったもんね。


「せ、先輩……あの……」

「……何?」

「馬車では生意気言ってすいませんでした……一生ついていきます……」

「気にしてねえよ」


 まず気にするところがそこかい。

 聖剣が凄いだけだから、あんま誇れるものでもないんだよね。


「あっ、先輩」


 腋に抱えていたマーロンを離すと、べしゃりと地面に落ちたマーロンが何かに気付いたかのような声をあげた。


「?」

「仮面落ちてますよ、今拾いますね」

「!?」


 急いで腕で顔を隠したが、遅かった。

 間違いなく、顔を見られた。……くそ! 急いでいたとはいえ凡ミスだ!


「先輩?」

「…………」

「ていうか先輩かなりイケメンじゃないですか、何で仮面で隠しているんですか?」

「……?」


 あれ?

 マーロンの声色に変化が感じられない。


 もしかして顔を見られてなかったかな? と腕で顔を隠しながら、仮面を受け取ろうとして……。


「ほら、イケメン。舞台役者とかやったら映えそうですね」


 マーロンに腕をこじ開けられ、間違いなく顔を見られた。

 至近距離で、マジマジと。


 確実に。


「まあイケメンほど自分の顔にコンプレックスがあるって言いますしね。詮索はしません」


 仮面を、受け取る。

 マーロンの様子に変化はない。魅了、されていない……?


 何事も無かったかのように、悔しそうな顔でダンジョンの方を見つめている。


「マーロン、お前……何とも無いのか?」

「? 何がですか?」


 魅了、されていないようだ。

 理由は分からない。【闇魔法】スキルの効果なのか、それともマーロンの体質なのか、分からないけど。


 ついに見つけた……! 僕の顔を見ても【魅了】が効かない女の子が……!


 風が靡く。

 彼女の黒い髪が揺れ、夕日に照らされて煌き映える。


 自分でもどうかと思うくらいチョロいけど、魅了が効かない、見た目麗しい、ただそれだけのことで。


 僕は彼女に恋をした。


*****


「しっかし……」


 マーロンは、ダンジョンを見つめながら、レクスに聞こえないように呟く。


「すげぇイケメンで、強くて、博識で、ミステリアス。『同じ男・・・』として尊敬できる先輩に出会えてよかったぁ」

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