第3話

 早起きの習慣というのはそう簡単に取れないようで、僕は朝早くに目を覚ました。


 3年前とは違い、集合住宅アパートではなく一軒家で一人暮らしである。

 冒険者で数年生き残れば家を買えるくらいのお金は貯まる。


「…………」


 洗面所の鏡で、改めて自分の容姿を見る。

 白銀色の髪、藍色の瞳、睫毛が長くてちょっと中性的だけど、ちゃんと手入れのされた清潔感のある顔をしていると思う。


 仮面をするようになってからも、ケアは怠っていなかったし。


「…………」


 目を閉じると、思い浮かぶのはマーロンの顔。

 王都にも中々いないレベルで可愛らしい女の子を偶然師事することになって、何故かは分からないが僕の【魅了】スキルが効かない相手だった。


 こんなのもう、運命を感じずにはいられないだろう。


「……っ」


 鏡に映る自分の表情が、気持ち悪いことになっていた。

 にやにやしすぎだ。パンパンと頬を叩いて気を引き締める。


 あの子の前では格好いい先輩でありたいものだ。


 洗顔を終え、シンプルなデザインの仮面を顔に付ける。

 壁に吊るしてあるマントを手に取ると、リス美がちょっと待ってちょっと待ってと言いそうなくらい急いでマントをよじ登り、フードの中にすっぽりと納まった。


 そのマントを羽織り、鍵付きの剣立てから聖剣を取り出し腰に仕舞う。


「『Good morningおはよう


 相変わらず聖剣は何を言っているのか分からないが、柄をぽんぽんと撫でておく。


 朝食は……カフェにでも行くか。

 …………不意に、妻となったマーロンが朝食を用意してくれている画が浮かんだ。


 やべえ、なんだそのグッとくるシチュエーション。


「あ、先輩。おはようございます」

「――――!?」


 心臓が飛び出るかと思った――!


 カフェへと向かう通り道で、不意にマーロンと遭遇したのだ。

 昨日と変わらず、魔法使い向けのぶかぶかローブを身に纏っている。

 微妙にサイズが合っていないようにも感じるが、そこすら愛おしい。


「き、奇遇だな……」

「はい、先輩は今から朝ごはんですか?」

「ああ、そこのカフェで朝食を、とな……一緒に食べるか? 奢るぞ?」

「え! いいんですか!?」


 あ、でも、とお腹を押さえて言葉を濁した。


「ボク、もう朝ご飯食べてきちゃったんですよね……」

「そうか……」


 がっくし。

 心の中で大きく肩を落とす。


「まあ…………それなら、仕方ないな。ああそうだ、忘れてないだろうが、10時に馬車乗り場集合な」

「はい! 今日こそはストーンキューブスを攻略するぞ~!」


 クエストには達成期限というものがあって、その日までに達成出来れば何度失敗しても構わないのだ。

 ただし期限を過ぎてしまうと、クエスト失敗として違約金をギルドに支払わなければいけなくなるから、そうなりそうだったら僕がサクッとクリアしてしまうつもりだ。


 そうしてマーロンと一旦別れて、朝食を食べる。ちなみに仮面は口元が開いているタイプだから外すことなく食べられる。


 カフェでご飯を食べてから、どうするかなと迷う。

 まだ8時を過ぎた辺り、集合時間まで中途半端な時間が空いてしまっている。


 席を立って通りに出ると、そこには何故かマーロンがきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていた。


「…………」


 よく会うな。嬉しいけど。


「マーロン、どうしたんだ?」

「あ! 先輩! ……てことはここってさっきのカフェ前!? 戻って来ちゃった!」


 彼女の手には、地図が握られていた。

 そういえば田舎から出て来たばっかって言ってたからな……王都とかいは入り組んでいて建物も多く、迷いやすいか。


「王都の散策か?」

「は、はい……近所に何があるのか把握しとこうと思って……でも建物が多すぎて迷っちゃったんですよ……」

「ふぅ、やれやれ……時間もあることだ、案内してやろうか?」


 一緒に歩く口実が出来て、内心ウキウキで提案する。

 するとマーロンは純粋な笑みを浮かべ、「お願いします!」と頭を下げてくれた。


 邪な気持ちで誘ってるからちょっと後ろめたい。


「じゃあまずは武器屋から……」


 冒険者にとって必要な施設を案内しながら、町を散策する。

 武器屋、防具屋、道具屋、あとついでに美味しい食事が出来る店なんかも。


 途中、丁度出店していた甘味の屋台なんかで軽くデザートを奢ってやったりと。


 ……あれ? これってもしかしてデートなんじゃね? やばい、ドキドキしてきた。


 ちなみにマーロンは全くそんな意識はしていないのか、完全に平常運転で田舎と王都の違いを堪能していたようだ。

 ま、楽しそうだからいいけど。


「……っと、もうこんな時間か。馬車乗り場に行くぞ」

「はい! ……あれ? ところであの、聖剣の瞬間移動で一気にストーンキューブスまで行くことって出来ないんですか?」

「刻印は一度使ったら消えるし、距離も遠すぎる。無理だな」


 そういうわけで、馬車乗り場へ。

 昨日のリベンジだー! と張り切っているマーロンを尻目に、良さげな馬車を見繕ってストーンキューブスまでと頼む。


「あっ! 見てください先輩! ゴーレム馬車が止まってます!」


 マーロンが指差した先には、特殊な馬型ゴーレムに荷台を引かせるゴーレム馬車と呼ばれる馬車だった。

 とんでもない高級品で、どんな悪路でも馬以上のスピードで走る高級車だ。


「Sランク冒険者じゃないと使えないんですよね? 凄いなぁ、ボクもいつか乗りたいなぁ……」

「……っ」


 そんなゴーレム馬車に近づいていくSランク冒険者の姿を見て、僕は急いで馬車に乗り込んで隠れた。


 僕の元パーティメンバー――アレックスとヴィヴィアンが居たからだ。

 窓からこっそり、二人の様子を窺う。……新たに鎧を身に纏った重騎士と、ローブを纏った魔導士をパーティメンバーに入れたのか。


 今二人に――特にヴィヴィアンには逢うわけにはいかない。

 僕の【魅了】が解けるにはまだ数日の時間を置く必要がある。


「どうしたんですか先輩? Sランク冒険者なんて滅多に見れるものじゃないですよ?」

「……いや、王都なら案外簡単に見かけるよ」

「マジですか、流石は王都……」

「ほら、いいから乗れ、出発するぞ」


 マーロンが名残惜しそうにしながらも荷台に乗ったところで、馬車が出発する。


「そういえば先輩って冒険者ランクいくつ何ですか?」

「…………」


 一応S、だけど。

 Sランクまで行けたのはアレックスとヴィヴィアンのおかげだしな……あのパーティを抜けた今となっては……。


「ギリギリAランク……ってとこかな」

「ギリギリ……? まあでも強かったですしね。Aランクも納得です」


 ちなみにゴーレム馬車も、使おうと思えば使える。

 ストーンキューブスなんて近場だから高価なゴーレム馬車は使わないだけだ。


「ボクはまだ最下層のFランクなんですよね……ランクを上げるにはどうしたらいいんですか?」

「昇格クエストって呼ばれる、特殊なクエストをクリアするんだ。昇格クエストはそのランクのワンランク上の難易度のクエストで、当然難しい」

「ふええ……道のりは長いなぁ……ストーンキューブスの踏破にすらこんなに苦戦しているのに……」


 そんな会話をしながら、馬車に揺られること一時間。

 僕らはストーンキューブスに再び辿り着いた。


 出入口に印を刻み、いざというときの脱出手段は確保。


「さて、行くか」

「はい!」


 クエスト達成期限まで、あと6日。

 さて、クリアまであと何日かかるかな?

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