第4話

 マーロンがストーンキューブスの踏破クエストに挑み始めてから、5日が経過した。


 この5日で分かったことが幾つかある。

 まず、マーロンの成長速度は著しい。


 才能がある、と言って過言ではないだろう。


 4日目辺りから何かコツを掴んだのか、

 グリモアゴーストを最小限の魔力だけで倒し、魔法使いの壁を5分で開ける。


 そんなこともやってのけるようになった。


 繊細な魔力コントロールが身に着いたということだろう。


 さらに、スキル【闇魔法】。

 最初は単に闇属性の魔法が撃てるだけかと思っていたが、思ったより色々なことが出来るようだ。


 影と同化して隠れたり、相手を目隠しブラインド状態にしたり。


 今後もスキルの習熟度が上がるにつれて、色々出来るようになるだろう。

 思ったよりずっと汎用性の高いスキルのようだ。


 これによって魔力切れの心配はほぼ無くなったし、前述の通り魔法使いの壁だって簡単に開放できる。


 の、だが。


 マーロンは未だにストーンキューブスの踏破に成功していなかった。


 その理由は……。


「マーロン……お前……もしかして方向音痴なのか?」

「ごべんなざいぃいいいいい!」


 ダンジョン内の地図をぐしゃぐしゃにしながら、マーロンは泣いて何故か謝った。


 ダンジョン突入から10時間……地図があって最短距離を進んでいるのならもう最奥に辿り着いても良い頃合だ。


 だが、現実問題まだ踏破率は70%と言ったところだ。

 しかもさっきから同じところをうろうろしている。


「うう……ぐす、実はボク、方向感覚ってものが無くて……地図も読めなくて……」

「あー……」


 そういうの、相談してくれればいいのに……。

 とりあえず、ぐしゃぐしゃにしてしまった地図を伸ばして直す。


「ん? ていうか、地図逆向きに持ってたぞお前……」

「えぇっ!?」

「あと、地図を読む時はコンパスを併用すると分かりやすい。僕のを貸してやるから、地図の読み方を覚えるんだ」


 地図を正しい方向に直して、コンパスと一緒にマーロンに渡す。


「いいか? 方向音痴は努力次第で直せるし、矯正できる。出来るまで付き合うから、とりあえずやってみろ」

「うぅ……せんぱぁい……優しい……」


 おあつらえ向きに、左右の分かれ道が目の前に広がっていた。

 マーロンは地図とコンパスを真剣な表情で見つめ、何度も何度も確認し、答えを出した。


「分かりました! 右ですね!」

「左だ」


 先は長そうだった。


*****


「着いた……! ダンジョン最奥……!」


 あれからさらに二時間くらいかけて、ようやく僕らはダンジョンの最奥。

 通称『ボス部屋』の前に辿り着いていた。


「ありがとうございました……おかげで地図の読み方が少し分かったかもしれません……!」

「あれだけ丁寧に教えて少しか……」


 まあそれは良いとして。


「残り魔力は?」

「5割……弱ってところですね」

「ふっ、大分節約上手になったじゃないか」


 魔力コントロールが身に着いた証だ。

 これだけでもう、その辺の初心者魔法使いたちから一歩先に進んだ状態になったと言えよう。


 魔力が切れた魔法使いほど足手まといとなる存在はいないからな。


「じゃあ……少し休憩してからボス部屋に入るぞ」

「? すぐにでも行けますよ、ボクは」

「戦闘と探索の興奮で気付いていないだけだ、半日以上ぶっ続けで動いて体力が削られないわけないだろうが」


 戦闘向けスキルを手に入れた冒険者は、スキルの効果で基礎的な身体能力も引き上げられており、半日程度なら無補給でも動ける。


 だが、それは訓練された冒険者の話だ。

 まだ初心者であるマーロンの身体は、気付いていないだけで疲れが溜まってきている筈。


「とりあえず何かお腹に入れろ。携帯食料は持ってきているか?」

「了解です。そういえばサンドイッチを作って持ってきてたんでした」


 そう言って、マーロンは鞄から紙に包まれたサンドイッチを取り出した。

 包装を開けて、サンドイッチの香りを嗅いだ瞬間、身体が空腹であったことを思い出したのか、ぐぎゅるるるるるぅ~とマーロンのお腹が大きな音を立てて鳴った。


「……っ!?」


 流石に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてお腹を抑えるマーロン。

 可愛い。


 思わず笑っていると、マーロンは恥ずかしさを誤魔化すように「そ、そういえば!」と叫んで、鞄からもう一つサンドイッチを取り出した。


「せ、先輩の分も作って来たんですよ! いりますか!?」

「………………」


 いりゅ!


 と、心の中で叫びながらも表面上はクールに、サンドイッチを受け取った。


 マーロンの手料理を食べられるなんて……こんなのもう結婚じゃん……。


 サンドイッチは、チーズとレタス、スモークベーコンを挟んだ王道の組み合わせだった。


 さてお味は……。


「ん、美味い。味付けがよくされてる」

「へへへ」


 素直に感想を吐くと、マーロンは嬉しそうに笑った。


「実家ではボクが料理当番でしたからね、料理には自信があるんですよ」

「そうか……」


 家庭的な一面もあるのか、最高かよ。


 ついつい嫁に来てくれと言いそうになったがぐっと堪えて、黙ってサンドイッチを咀嚼する。


「そういえば」


 水筒の水を飲みながら、マーロンが思い出したかのように問う。


「ここまで他の冒険者に出会いませんでしたね。ダンジョンって色んな冒険者が挑んでいるんですよね?」

「そりゃあまあ、ストーンキューブスは不人気ダンジョンだからな」

「不人気? そうなんですか?」

「考えてもみろよ、グリモアゴーストとかいう物理無効の敵、魔法使いの壁とかいう妨害要素のせいでパーティに魔法使い必須。内部は異常に広くて地図があっても攻略に長時間かかる。そんなダンジョン需要あると思うか?」

「確かに……」


 魔法使いの修練所としてはこれ以上のところは無いと思うが、僕としてもあまり積極的に攻略したいと思えるダンジョンではない。


 そういう理由で、ストーンキューブスにはあまり冒険者は来ないのだ。


「さて、腹ごしらえも済んだし行くか」

「はい!」


 ご飯を食べて少し休んだ後、僕らは再びボス部屋へと向き直る。


 重厚な扉に手をかけ、開け放った。


「あれが……『ゴーレム』! ゴーレム馬車のゴーレムとはちょっと違いますね」


 部屋の中央には、起動するその時を待っているかのように四角い石で構成された魔物――ゴーレムが鎮座していた。

 一歩、ボス部屋に足を踏み入れたその瞬間、眼球に当たる部分が赤く光り、動き出す。


「来るぞ……! 見た目通り鈍重だが一撃が重く、耐久力が高い! 魔力切れに気を付けろよ!」

「はい!」


 ゴーレムが拳を振り上げながら、駆ける。

 人間と同じような四肢を持っているが、材質が岩だからかその動きは鈍重で遅い。


「『ダークカッター』!」


 闇の斬撃が、鋭い音を立てながらマーロンの手から発射される。


 しかし、斬撃はゴーレムの岩の身体の前に弾かれた。

 ゴーレムの拳が、マーロンに迫る!


「ぶ、『ブラインドスモーク』!」


 咄嗟に出した黒い煙が、マーロンを覆う。

 敵を見失ったゴーレムは、適当に黒煙の中に拳を振るうも、それは空を切り当たらなかった。


 気づけマーロン。魔力コントロールっていうのは、魔力を抑えて手加減するだけのものじゃあないぞ。


 黒煙から出て、ゴーレムから大きく距離を取るマーロン。

 魔法使いが接近戦をするのは愚策だから、距離を取ったのは正解だ。


 でも、魔法使いだけが遠距離攻撃を持っているとは限らない。


「ギギ――――」

「えっ!?」


 ゴーレムが拳をマーロンに向けたと思ったら、手首から先が切り離されて矢のようにマーロンに向けて放たれた。


 飛ぶパンチか。

 当たり前だが拳も岩で出来ているので、投石器と変わらぬ威力を持っているだろう。


 咄嗟の横っ飛びで回避したが、距離を取れば安全というわけでもなくなったことによる精神的な動揺はあるだろう。


「だ、『ダークカッター』!」


 再び闇の斬撃を放つが、やはり出力が足りない。

 ゴーレムの岩の身体に軽い傷を付けたが、それだけだった。


「せ、先輩! こいつ本当にボクのレベルで勝てる魔物なんですか!?」

「…………」


 頷く。

 ただしやり方は教えない。


 自分で考える力がついて、初めて一人前だ。


「何か方法はあるんだ……! 考えろ……! 考えろボク……!」

「ギギギ――――」

「ん? 何やってるんだアイツ……」


 ゴーレムが、床に綺麗に並んでいる四角い岩から一つ、拾い上げて拳としてくっつけた。


 岩の矢の補充ということだろう。

 ぐずぐずしているとまた遠距離狙撃が飛んでくるぞ。


「『ブラインドスモーク』」


 再び黒い煙が舞い散った。

 黒煙に隠れた相手を狙撃するのは無理だと考えたのか、ゴーレムは走り出し、接近を試みるようだ。


 黒煙に向けて、岩の拳を振り下ろす。


 地面が揺れるような強打。だが、当たらない。

 マーロンはにゅるっと、ゴーレムの影から出てきて背後を取った。


 影と同化して隠れる魔法――『シャドウダイブ』だ。


「最大出力――」


 魔力コントロールとは、ただ手加減して魔力消費を抑えるだけの技術じゃない。


 魔力消費を増大させることで、魔法の威力を上昇させる技術でもあるのだ。


「気付いたか」

「『ダークカッター』!」


 一刀両断。

 縦に真っ二つになったゴーレムは、機能を停止し、塵となって魔石になった。


 大の字になって倒れたマーロンに向けて、拍手しながら近づく。

 よくやった。


 前半戦クリア・・・・・・だ。


「おめでとうマーロン。正直、5日でここまで来れるとは思っていなかった」

「へ、へへへ、ボク、才能ありますか?」

「ああ、だから――帰り道も頑張ってくれよ」

「えっ」


 僕の一言に、マーロンの表情が固まる。


「ちなみにな、このクエストは昇格クエストだ。クリアしたらEランク冒険者になれるぞ」

「えっ!?」

「ただし、僕のワープでダンジョンから脱出した場合はクエスト失敗だって事前にギルドには話通してあるから」

「ええっ!?」

「当たり前だろ、僕が居ない状態でダンジョン潜ることもあるんだから。帰るまでが冒険だぞ?」

「ええええええええええええええ!?」


 ボクもう魔力2割くらいしか残ってないんですけどー!? と叫ぶマーロンの目には、涙が浮かんでいた。


 心苦しいが、これも試験なんで頑張ってくれ。

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