第5話

 ストーンキューブス攻略開始から19時間後。

 昇る朝日に照らされながら、僕とマーロンはダンジョンの外へようやく出ることが出来た。


「やっと……出れた……」

「おっと」


 ダンジョンを出た瞬間、緊張の糸が解けたのか倒れかけたマーロンを抱き留める。

 流石にもう限界だったらしい。ちょくちょく休憩は挟んでいたとはいえ、緊張状態が19時間も続けば初心者冒険者はこうなっても仕方ないか。


 さて、どうするかな。馬車の定期便が来るまではまだ2時間くらいある。


 …………。


 これくらいの役得はいいよね。

 マーロンをお姫様抱っこで運び、ダンジョンの近くに生えていた樹を背もたれにして座り込んだ。


 マーロンの頭は、僕の太ももへ乗せる。

 膝枕という奴だ。……思ったより恥ずかしいな、これ。


「…………」


 ジッと、マーロンの寝顔を観察する。

 見れば見る程、可愛い顔をしている。男の理想を詰め込んだような顔面だ。寝顔なんて益々可愛らしい。


 髪もサラサラしていて、触ったら気持ちよさそうだ。

 ……触っちゃ駄目かな? 少しくらいならバレないでしょ。いやでも……。


 葛藤して、踏みとどまって、眺めて、心の中の天使と悪魔が戦って、天使が勝って、観察して、再び葛藤して。

 そんなことを繰り返していたら、いつの間にか馬車の定期便が到着していた。


「え!? いつの間に……! ちょ、乗ります! 乗りまーす! ほら、マーロン起きろ!」

「むにゃむにゃ……」


 マーロンの寝顔を見てたら2時間が一瞬で消えた!

 くそ、顔が良すぎるのが悪い!


 マーロンを起こそうとするも、起きないので仕方なく運ぶことにする。

 人目があるところでお姫様抱っこは恥ずかしいな……おんぶするか。


「よいしょっと」


 おんぶして――気付く。

 背中に感じる筈の、柔らかい双丘の感覚が無いことに。


「…………マーロン、お前……」


 馬車に乗り込み、椅子に座らせる。

 すると馬車は動き始めて、王都に向けて出発した。


 マーロン、大丈夫だ。

 安心しろ、問題ない……15歳ならまだ希望はある。


 おそらく田舎の貧乏暮らしのせいで、栄養が足らなかったのが原因だろう。


「帰ったら……ランク昇格祝いに肉をたんまりと食わせてやるからな……!」


 胸の発育には鶏肉が良いんだっけか。

 そんなことを考えながら、僕らは王都への帰還を果たすのであった。


*****


「はぁい、ゴーレムの魔石納品確認しました。これでマーロンくんの冒険者ランクはEになるわぁ」


 冒険者ギルドに直行した僕たちは、カマバーさんにクエスト完了の印を押してもらった。

 これで晴れて、マーロンはEランク冒険者だ。


「ありがとうございます!」

「あらとっても良い笑顔。しかしストーンキューブスは大変だったでしょう?」

「はい……とても……」

「あら一気に引き攣った笑みに……ああそうだ、はいこれ」


 カマバーさんが懐から、1枚のカードを取り出した。

 それを、マーロンに渡す。


「これは?」

「冒険者カードよ。Eランクから上の冒険者には渡す規則なのよ。身分証にも使えるし、今まで受けたクエストの記録とかもこのカードで参照できるわ」

「ま、いわばそのカードは冒険者の証だな」

「わぁ……!」


 カードを眺めながら、ニコニコと笑うマーロン。可愛い。


「あれ? でも何でFランク冒険者には渡さないんですか?」

「んー……」

「カマバーさん、ギルド職員としては言い辛いでしょうから僕が説明します」


 首を傾げるマーロン。

 いいか、良く聞け。


「Fランク冒険者は『自称冒険者』なんだ!」

「え、ええええええ!?」

「冒険者ギルドに届け出をするだけで誰でもなれる! 戦闘スキルを持っていなくてもだ!」


 そんなの自称冒険者と何も変わらないだろう。


 事実、ギルドは緊急性の高い大規模なクエストを発令するとき、受注条件としてEランク冒険者以上を指定している。


 そして何よりも……。


「Fランク冒険者が受けられるクエスト内容を見たことがあるか?」

「え? いや、そういえばまだ見たこと無いです」

「例えばこれだ、《グリーンウッド》で薬草の採取。スキルを持ってない子供でも出来る簡単な任務だ。故に報酬も200Gゴールドと子供の小遣いくらいしかもらえない」


 200Gと言ったら、串焼きの屋台で2本買ったら無くなる金額だ。


 討伐系でも、ホーンラビットとかいう弱い魔物の討伐で1500Gくらいか? 戦闘用スキルを貰っている人なら楽勝だから、日銭を稼ぐことだけが目的で、命を賭ける気が無い奴がたまに受けているのを見かける。


「そして、それ・・がEランククエストの報酬――ストーンキューブス踏破の報酬だ」


 カマバーさんが持っている麻袋を指差す。

 マーロンはそれを受け取ると、中に入っている貨幣を数えて目を丸くした。


「な、70000Gくらい入っているんですけど!?」

「命を賭けた冒険の報酬としては妥当よそれくらい。それに、昇格クエストの中でもストーンキューブスは高難易度だし、受ける人も少ないからね」

「こ、こんな大金持ったこと無いですよ……」


 マーロンの金を持つ手が震えている。

 冒険者を続けるなら、これくらいの金額慣れなきゃな。


「はえー……だから先輩はいきなり昇格クエストをボクにやらせたんですね」

「まあな、折角僕が指導するんだから、FランククエストでちまちまやるよりいきなりEランクに挑戦した方が効率が良いと判断したんだ」


 戦闘スキルさえ持っていれば、Fランククエストは楽勝。

 というか、Fランククエスト程度では僕が教えることなんて何もない。


「そんなことまで考えてたのね、それって経験則?」

「まあ……何と言いますか……」


 あの、悪魔のような笑顔を思い浮かべながら、カマバーさんの問いに答える。


「僕も師匠に似たようなことされたので……」


 と、その時だった。

 マーロンのお腹から、聞き覚えのあるごぎゅるるるる~という音が聞えて来たのだ。


 そういえばもう何時間もご飯食べてなかったな。僕も流石に腹が減っている。


「銀行に報酬は預けて、飯食いに行こうか、奢るよ」

「え!? いやいやこんなにお金が貰えたんですからボクが奢りますよ!」

「その金は装備を整えるために使いな。ていうか、こういう時変に遠慮するんじゃない」


 黙って奢られておけ、と頭を撫でる。

 沢山鶏肉食べさせてやるからな。


「あ、ありがとうございます!」


 カマバーさんに挨拶してから、ギルドを出る。

 その後マーロンの銀行口座を作って金を預けたら、行きつけのレストランでこれでもかというくらいマーロンに肉と野菜を食わしてやった。


 数十分後。


「……ZZZ」

「……あー……」


 食事も終わって、会計前にトイレに行って戻ってきたらマーロンが寝落ちしていた。


 不用心だなぁ、と肩を揺らしてみるも、起きる気配が無い。


 疲れ果てた身体、満腹になった胃袋、ほどよい喧噪。

 ダンジョンから出た後少し寝たとはいえ、眠たくなるのも仕方ないか。


 お会計をして、再びおんぶでマーロンを運ぶ。


「おーい、マーロン、何処の宿屋に泊まってるか教えてから寝てくれ」

「……ZZZ」

「鼻提灯出してやがる……こりゃ無理だな」


 仕方ない。

 全くもって仕方ない。


 変なことをするつもりは無いが――僕の家に運ぶとしよう。

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