第7話
「Eランク昇格の、恩恵?」
「まあ、実際に行った方が説明するより早いな」
そうして、冒険者ギルド《炎尾の館》にやってきた僕とマーロン。
相変わらず賑やかだが、あまり行列が出来ていない受付窓口がある。
カマバーさんの窓口だ。何故行列が出来ないのかは……僕の口からは言わないでおこう。
「あらん? 仮面くんにマーロンくんじゃない、今日はどうしたの?」
「【闇魔法】のスキルブックってある?」
「ああ、成程。あるわよ、ちょっと待っててねん♡」
そう言ってカマバーさんは奥に引っ込み、しばらくすると、一冊の本を手に持って戻ってきた。
それをウィンクしながらマーロンに渡してくれる。
「これは……?」
「スキルブック。スキルによっては複数人の人が同じスキルを持っていることってあるでしょ? 【剣術】とか、【炎魔法】なんかが人口多いわね。スキルブックっていうのは各スキルごとに先人たちがどんなことが出来てどんなことが出来なかったかを纏めている本なのよ」
このスキルブックの閲覧権限が、Eランク昇格の恩恵その1だ。
先人たちが築き上げてきたスキルの歴史。
最初の儀式のときに教えて貰えるスキル名とスキル効果よりも、遥かに多い情報量を手に入れることが出来る。
「はえー……【闇魔法】って生命力の吸収とかも出来るんですね、……あ、でも流石に死体を操ったりは出来ない、と」
「自分でわざわざ検証しなくても、スキルブックを見れば大概のスキルの使い方が分かるんだ。貸出期限は1週間だから、とりあえず今週は身体を休めつつその本を全部暗記しな」
「はい! ……でもこんな便利なもの、どうしてEランクからしか読めないんですか?」
「スキルブックは希少だからな、数が多いFランク冒険者にも貸し出してちゃ本がいくつあっても足りんし、管理もしきれない。質屋に持っていかれるリスクも増えるしな」
何せFランク冒険者っていうのは基本的にやる気がなく、自分に甘く、日銭を稼いで安酒だけを楽しみに生きているような奴らばかりなのである。
そんなやつらに貴重なスキルブックを貸し出すとか……リスクばかりが大きくて、意味のない行為だろう。
「あ、マーロンくん、冒険者カードを貸してもらっていい? 貸し出しの手続きをするから」
「は、はい。どうぞ」
「はーい、……よし、貸し出し処理完了っと。理由に問わず、紛失して期日内に返せなかった場合賠償金を支払ってもらうことになっているから気を付けてねん♡」
賠償金、という言葉に少し顔を青くしたマーロンであった。
まあこればかりは無くさないように気を付けるしかない。
「ぼ、ボク……今泊っている下宿がセキュリティガバガバなボロ宿なんですけど……も、もし盗みに入られたら……」
「ああ、なら丁度良かった。この後不動産屋に行く予定だったからな」
Eランク昇格の恩恵その2。
給与が増えたし、冒険者カードっていう『信用』も増えたわけだから、Fランクより遥かに良いところに住める。
「な、成程……冒険者カードって本当に大事なんですね、スキルブックを閲覧できるし、銀行にお金を預けられるようにもなりましたし、不動産で良いところも借りられるようになるなんて……」
「冒険者カードも『貴重品』だからな、盗まれないようにセキュリティがしっかりした部屋に引っ越すのは急務なのさ」
カマバーさんに別れの挨拶をして、ギルド受付から離れる。
と、その時だった。
ざわり、と一気にギルド内の雰囲気が一変。
喧噪は消え、ひそひそ声だけが聞こえてくるようになった。
その理由は、一つ。
今まさにギルドに入ってきた、一人の女性が原因だ。
「『エルフ』だ……実物は初めて見たな」
エルフ。
人間に近い姿かたちをしているが、長い耳と長い寿命を持つ希少な亜人。
2000年以上前から生きているエルフも確認されている程長寿な種族で、人間とは違いスキルに頼らずとも色々な魔法を人間以上に使いこなすことが出来るとかなんとか。
あと、容姿が非常に綺麗なのも特徴らしい。
実際、目の前のエルフも絹のような金髪、エメラルドのような緑色の瞳に線の薄い整った顔立ちをしている。
エルフは、ギルド中の注目を集めていることなんて我関せずと言った冷めた態度でカマバーさんの受付に向かうと、古い冒険者カードを見せた。
エルフが何をしに来たんだろう。気になるが、詮索するのもマナー違反か。
視線を切って冒険者ギルドを出る。
「エルフとは珍しいものを見れたな」
「ボクは二度目ですね」
「へえ?」
エルフの個体数は年々減少傾向にあり、今はもう両手の指で数えきれる程しかいないとされている。
それなのに、田舎住みのマーロンが見たことあるとは……いや、エルフは人里離れたところに住んでいることが多いらしいから、むしろ田舎は出会いやすいのか?
「ハマ村の外れの小屋に住んでたんですよ。今はもう引っ越しちゃったと思いますけど……そのエルフさんには色んなことを教わりました」
昔を思い出しているのか、遠くを見ながらマーロンは言う。
「名前も知らないですけど、ボクの師匠です」
「そっか……」
僕のことを先輩、と呼ぶのはもう師匠が他に居たからなのか。
エルフについて話しながら歩いていると、不動産屋に辿り着いた。
良い物件はあるかな?
「いらっしゃいませ! 不動産ハッピースマイルへようこそ!」
不動産屋に入ると、店名に違わない満面の営業スマイルを浮かべる眼鏡のおじさんが応対してくれた。
マーロンが冒険者カードを見せると、その笑みをさらにさらに深くする。ちょっとキモイ。
「Eランク冒険者ですね! お客様は運が良い! Eランク冒険者におすすめの物件が丁度あるんですよ!」
「は、はあ……」
店員のあまりのテンションの高さに若干マーロンが引いている。
けど、この辺りに不動産はここしかないんだよな……。
「店員さん、とりあえず物件の一覧とかある?」
「はいはいはい! こちらにファイリングしていますよ! Eランク冒険者向けの物件は12ページからですね!」
ぺらぺらとファイリングされた物件を読んでいくが、マーロンはイマイチピンと来ていないようだ。
家を買う、なんて人生でそう何度もあることじゃないから仕方ないか。
「店員さん、何個かオススメの物件を見繕ってもらって、実際に物件を見に行くことって出来るか?」
「はーい! 勿論出来ますよぉ!」
「あ、こいつの所属ギルドは《炎尾の館》だから、なるたけギルドに近い立地の家から頼む」
「りょーっかいです! であればこれとこれと……あとこれですかね! じゃあ早速行きましょう!」
ファイルを持って不動産屋から出発する店員さんの後ろを付いていく。
するとマーロンが、店員に聞こえないように僕に囁きかける。
「すいません、先輩。ボクこういうのよく分からなくて……先輩に頼ることになってしまいます」
「気にすんな。ただし、話は良く聞いておけよ、特に契約関連はな」
他人に全任せした結果、とんでもない契約を押し付けられるなんてよくある話だ。
僕は騙す気が無いが、これから先どんな人と出会うかなんて分からないんだからな。
「はぁい! では最初に紹介させて頂くのは《炎尾の館》まで徒歩十分! 敷地面積約35平方メートル! 前の住人が残した家具が一式残っているので家具を新たに買い足す必要無し! 今日からすぐ住める有料物件ですよ!」
「ほう」
早速悪くない物件が出てきたかもしれない。
中を見学させてもらうと、掃除が行き届いていて本当に今すぐにでも住めそうだ。
いきなりだけど決めちゃっていいんじゃないか……?
「せ、先輩……」
「ん? どうした?」
「こ、これ……」
不自然に大きい、景観にそぐわない名前も知らない絵画を剥がしてみるとべっとりと赤い血のようなもので出来た手形が壁に染み付いていた。
な、なんだろうこれ……子供の悪戯かな?
「て、店員さん……この手形は……?」
「…………絵画で隠しておけば気になりませんよ!」
「いや、あの、これ消したりは……」
「絵画で隠しておけば気になりませんよ!」
店員さんは、ニコニコスマイルのまま同じ言葉を繰り返した。
再び手形の方に振り返る。
なんか手形が一個増えてた。
「別のところにします!」
「そうですか……」
マーロンが涙目で拒否すると、店員さんは残念そうに唇を尖らせた。
その後、色々な物件を紹介してもらったが、運悪くと言うべきかマーロンの希望に沿ったドンピシャの物件というのは無かった。
ギルドから微妙に遠かったり、日当たりが悪かったり、隣の家の便所の臭いが漏れ出してて臭かったり。良いと思ってもEランクとしてはお高い物件だったり。
日も暮れてきて、今日は営業時間も終了ということで店員さんは店に帰っていった。
さて、どうしようかな……いっそもう僕の家に住んじゃえばいいんじゃないか?
おっと、思わず欲望が漏れてしまった。
あれ? マーロンが目を見開いて僕のことを見ているぞ?
「いいんですか?!」
「え、いや、何が?」
「今『いっそもう僕の家に住んじゃえばいいんじゃないか?』って言ったじゃないですか!」
嘘!? 声に出してた!?
完全に無意識だったぞ!?
「いや……でも、まずいだろ!? 色々と!」
「まずいって何がですか?」
曇りなき眼で首を傾げるマーロン。
「先輩の家広いですし、ギルドからも近いですし、セキュリティもしっかりしてる、それに先輩と一緒に居られる時間も増えて冒険者のいろはも教えて貰える! 良い事尽くめじゃないですか!」
「いやまあ確かに空いてる部屋は沢山あるけど……!」
だって、男女が同じ屋根の下で暮らすとか……そんな……破廉恥な!
や、勿論結婚前からそんな……ごにょごにょする気は僕には無いけど……。
「や、家賃は払いますし、家事もしますから! 先輩の家に住まわせてくれませんか!?」
「……っ!」
やはり田舎から来たからか? 常識が無いのか?
それともマーロンは僕のことが好きなのか!?
(向こうが良いって言ってるんだからいいじゃねえか、住まわせてやれよ。ラッキースケベだって期待できるぜ)
僕の中の悪魔!
(駄目ですよ僕、純粋なマーロンの気持ちを利用してはいけません。きっと彼女は子供の作り方も知らない清き存在なのです)
僕の中の天使!
天使と悪魔が脳内で壮大な戦いを繰り広げる。
体感時間で三日三晩繰り広げられた天使と悪魔の大戦争の勝者は――悪魔だった。
「………………いい、よ」
「いいんですか!? やったー!」
こうして、僕とマーロンの同棲生活は始まった。
どうなる僕!? どうする僕!?
18年間守り続けてきた童貞を捨てる時が来たのか!? 誰か教えてくれ!
「じゃあボク、今の下宿から荷物持ってきますね! 後で先輩の家に行くので待っててください!」
そう言って一人で下宿の方向に向かって走り去るマーロンの背中を見送りながら、僕はこれでよかったのか? と呟くのであった。
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