第14話 チェンジだらけの先生
モクム市役所より前に作られたモクム新教会は、モクム市役所から見て左隣にある。
三角の破風がついた塔は、真ん中に尖ったアーチ型の窓が目立ち、窓の上部には桟で作られた装飾が建物を神秘的に見せていた。
いつも開かれている教会の入口に入ると、そこはやはり異空間。
まるで天国みたいな空間を走って、私は聖堂へ向かう。走っちゃダメだけど、会いたくてたまらなかった。
勇者の旅の後は、王都で牧師をやりながら学校の先生をしていた方。
私がこの世で尊敬するヒトの一人。
「先生!」
礼拝する人々が座るたくさんの席に囲まれて立っていたのは、黒いキャソックを身につけ、木の十字架を身につけた、六十歳の男性――
ではなく、
なぜか片肩に肩甲鎧を身につけ、胸を大胆に開けて大胸筋を晒した、革ジャンとリーゼントの男だった。
「久しぶりですね。モルゲンさん」
声は普通だった。
ただ、顔の輪郭や筋肉の影が劇画調だった。
私は思わず、踵を返す。
「待ってください、モルゲンさん。私です。多少イメチェンしたパルシヴァル・ワーグナーです」
「嘘だッッッ!!」
先生は世紀末な格好なんかしないわい!!
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王都フォフスタッドは、ポルダー王国中部の海岸沿いにある。
マリアンヌ帝国によって属国化された後、政府の中心地となったこの街は、どんな種族や身分の子どもでも平等に学ぶことのできる街になっていた。
だがその分競争が激しく、『落ちこぼれ』と呼ばれる子どもたちが増えていく。
家庭環境によって教育制度が合わないもの。その者の素質によって教育制度が合わないもの。迫害を受けて追い出されたもの。
第二次性徴により、心身を壊したもの。精神のバランスが崩れたものによるあおりを受けたもの。
自身のコントロールができず、大人たちに見捨てられ、暴力に走り、ますます孤立していくもの。
『やめなさい、若人よ』
そこに声を掛けたのが、パルシヴァル・ワーグナーだった。
ファフスタッド教区聖光教会の牧師であり、聖職者として勇者の旅に同行した者である。
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「そうして私は、頭をリーゼントにしたのです」
「ごめん、説明されてもよく分からないや……」
私は戸惑いを隠せなかった。というか、隠す気もなかった。
パルシヴァル・ワーグナー。かつて黒いキャソックを身に着けていた彼は、今は肩パッドに革のジャンバーにベルトをたくさん身に着け、髪型をリーゼントにしていた。
いや、なんで?
王様に『隣の教会にいるから、会いに行くといい』と言われてワクワクして来たら、『ゴゴゴゴゴ』という効果音を背負って右手を天に掲げたヒトがいたんだけど。
「教会の扉を潜ると、そこは天国ではなく世紀末の国だった――そんな一文を思い浮かんでしまった私の気持ちわかる? 先生」
「モルゲンさん。ヒトを見た目で判断してはいけません」
「うーん、言っていることは先生らしいんだけどね!」
えーと、と私は頭を抱える。
「要するに、王都で学校の先生やってる時に、グレちゃった子に合わせて服を変えた、ってこと?」
「そうですね。牧師らしくキッチリしていると、彼らは助けを求めづらいらしく、このような恰好をしている方が安心できるようなのです」
「まあ、それはわかる」
彼らにとって、牧師のような社会的立場のあるヒトを見ると、弾圧されているように見えるのだろう。
それに同じ格好をするということは、帰属意識を高める。一番友好的手段ではある。あるんだけど、パプリックイメージの破壊力がヤバイ。
というかグレた子、みんなその格好なのかな? まじで? 袖をちぎって肩口を毛羽立たせてるの?
「大丈夫? 偉いヒトに怒られてない? 教区のヒトたちから苦情来てない?」
「大分色々言われましたが、今は諦められてます」
「諦められてるんだ……」
「元々、司祭と牧師の掛け持ちみたいな反則技を行なっていたので、私に何を言っても無駄だとわかっているのでしょう」
そう。
先生の本来の役職は司祭。つまり、聖職者だった。
元々、『聖光教会』は現在旧教と呼ばれるものしかなかったのだけど、宗教改革によって新教派というものが生まれた。この違いを簡単に言うと、旧教は聖職者権威、新教は教理主義と言おうか。この宗教改革により、ポルダー含む大陸を巻き込んでの戦争が起きるのだけど、この辺りは説明すると長くなるので割愛する。
一番必要なことは、旧教は聖力をいうものを聖職者に与えることができる、ということ。司祭は、聖職者の役職である。
一方、新教は『万人祭司』という考えのもと、聖職者が存在しない。よって、牧師は聖職者ではなく、教役者にあたる。新教の牧師たちは、本来聖力を持たないのだ。
先生はアルトゥールくんが勇者として旅立つ時、牧師に鞍替えした。
というのも、司祭含む聖職者は本家の旧教教会から、移動の自由が制限されている。『奇跡』と呼ばれる聖力を預かった聖職者たちは、その力を悪用しないように管理されているのだ。
しかし、無力のままではアルトゥールくんを守れない。
よって先生は、ありとあらゆる手段を使い、司祭のまま牧師として移動することになった。
「元々、破戒僧なのは変わりないか、先生……」
「はい。今は若者に、『ファンキー牧師』というあだ名で通っております」
「それ、気に入ってるんだ……」
ふんす、とドヤ顔する先生。
御歳六十になるはず先生は、天然っぷりがどんどん拍車をかけて来る。
まあ、とりあえず。
「先生、お久しぶり。元気そうでよかった」
私がそう言うと、先生は十三年前から変わらない、穏やかな笑みを浮かべた。
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