第1話 モルゲンの日常

 この金属で出来た箱は、重い。

 両手で抱えられるぐらいの大きさだし、別に持ち上げられない重さじゃないんだけど、通りの端から端まで運ぶには結構キツイ。あと精密な魔法器具なので、落としたら壊れる。

 

「よいしょ、と」


 両手で抱えるのが辛くなれば、膝で小突きながら誤魔化してみる。

 その度に、白いローブをブーツで踏んづけてしまうけど、気にしない。足跡ついちゃってるけど、ま、洗えばいいし。


 足元ばかり見てるせいで、変わり映えしないねずみ色の石畳が続く。眼鏡がズレ落ちて、フレームが視界をチカチカさせる。

 うう、眼鏡の位置を戻したい。けど、両手が塞がっている。

 苦肉の策で顔を上げる。チカ、っと太陽の光がグラスの中で丸い縁を描き、目に突き刺すように一直線になって消えた。

 眩しさに目が慣れる。

 そこには、雲ひとつない水色の空が広がっていた。

 

 

「いい天気ー……」



 思わず、一人言を言ってしまうぐらいの快晴だ。

 そのまま太陽の光を浴びていると、頭上で何かが遮った。逆光になった影を視線で追いかけて、姿を確認する。

 空を飛んでいたのは、箒に乗った魔法使いだった。

 魔法使いは手提げの荷物を箒の後ろにかけている。バックについたマークからして、どうやら郵便業をしている魔法使いらしい。 

 魔法使いが着地する先は、青銅色のドーム屋根で覆われた、円頂塔だった。

 

 ――古代の神殿を模したその建築は、横に長く、壁を飾る付柱が間隔を開けて並んでいる。中央にある入口の上には、三角形の破風ペディメントが施され、その三点にブロンズ像が立っていた。

 けど、古代の神殿とは違い、現代技術の象徴であるガラス窓がたくさんはめ込まれていて、寄棟屋根の上にはドーマー窓もついている。しかもその上には、さきほどの時計のついた円頂塔があって、広場にいるヒトたちに時刻を教えてくれた。

 

 神殿なんだか、教会なんだかわからない建物だけど、どちらでもない。中央広場に建てられた、モルク市役所だ。 

 この荘厳な市役所は、たまに王様が離宮として使用するらしい。王様の住処としてはささやかな広さだけど、その美しい建物を中心として、この街は栄えている。



 私は、その広場の手前にある建物の前で、足を止めた。

 路面電車が通る大通り。その交差点の角に、レンガの建物がある。

 一階にある喫茶店は、正面ファサードが若草色で統一されている、かわいいお店だ。店の入口の上の看板には、黄色い文字で『カフェ・アドヴィナ』と書かれている。

 ショーウィンドウから店の様子を覗くと、店は開店の準備を始めているところだった。じっと見つめていると、ひさしとなった看板の影と外の光の反射で、自分の姿が薄く映り込む。

 横髪だけ三つ編みにして、下ろした後ろ髪はボサボサ。今にも落ちてきそうな、大きな三角帽子。だいぶズレ落ちた楕円形の眼鏡。今にも裾を踏んでしまいそうな、長いローブ。

 身だしなみに無頓着だな。我ながら苦笑してしまう。


 そうしていると、店員のアビゲイルちゃんと目が合った。

 手を振ろうかと思って、ハッと気づく。荷物で塞がっていたじゃん。アホか私は。

 代わりにニパ、と笑うと、彼女のツインテールの髪とスカートのすそが翻って、ショーウィンドウの範囲から消えた。

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