焼き鳥屋は繁栄中
『地球ちょうだーい』なんて攻めてきた宇宙人にあっさり降参して、シレッと支配されてから早十年。
未だに無駄な抵抗をする国や民族がちょいちょい消されたりもしてるけど、おおむね平和だ。
そういう局面に立った時の日本は普通で良い。当たり障りなく、損も得もそんなに無く、世界的な窮地を切り抜けてくれた。支配される前からやってたサラリーマンのまま、俺は仕事帰りに友達と飲み歩けるぐらい平和に過ごしてる。日本最高。
さてさて、カウンター席でカンパイ、「三ヶ月ぶりか?」とビールを一口、二口。
「いやー、最近どう?」
「ダメだね、前より更にやる事が無い」
「だよねー」
「そっちは?」
「ヒマー」
「だよね。まあイイんじゃないの」
まあねー、と空っぽの手羽先の骨を振り回しながら寄っ掛かってくる森田。もう酔ってるのか、ぶら下がったネクタイの胸が赤い。
郷に入っては郷に従え、だ。俺達は支配される側だから、宇宙人に
「お前そんなに酒弱かったっけ?」
「最近飲んでなかったからねー、今日久しぶりだからー」
「あっそ」
「冷たいー、反応冷たいー」
「いやこれ以上なにを反応すんだよ? 飲みに行けてなくて可哀想だったね、みたいな?」
「ウッフン」
「キモいよ?」
「アッハン」
まあ会社に行っても上司が宇宙人だ。仕事も宇宙人の頭一つで何でもこなせる、あっという間に終わってしまうんだから本当に暇で仕方ない。ただ会社に行って掃除して昼飯食べて掃除して掃除して帰ってくるだけだ。マジで会社ピカピカ。
だから
中学生の頃と同じノリで森田は俺にもたれたまま、串から引っこ抜いた鶏皮をモチャモチャし始めてる。慰めてやるか。
「まあアレだよね。宇宙人様の機嫌を損ねないようにさ、なぜか大事にしてくれてる地球の営みってヤツに乗ってさ、俺達は
「おお?!」
「なによ怖いよ?」
「マブいチャンネー発見!」
「どうしたどうしたどうした」
「オレ黒髪、お前茶髪いけ!」
「おいおいおいおい、お前新婚だろ、落ち着け」
「あ、そうだった、いや、そうだけどさ! イイじゃん!」
まあ確かに可愛い女の子が二人、場末の焼き鳥屋にご来店だ。二十代中盤か後半辺りか。
若い女の子がモテるのは当たり前だけど、俺達ぐらいの年齢になるとこれぐらいが一番イイ。向こうも少し年上を狙ってないと焼き鳥屋なんかに来ない。ベストマッチングだ。
席を探してる風だけど、もうずっとチラチラと目が合い続けてる。二人は二軒目か三軒目なのか、首から鎖骨もフンワリ赤いのがそそられる。なんとなく会社勤めとかでは無さそうな、華やかな雰囲気の……ん? 待てよ?
……おい待て待て待て?!
森田が盛り上がってる理由が分かった、靴下なんか履いてるじゃないか?! ヤバいな靴下!
「……おお……!」
「新婚ぶっ飛びそう、てかお前だって
「いやお前の方がヤバいよ、もう
「ちょ、コッチ見てるっしょ? ヤバいって」
「まあ、お誘いがあればいくか、だって靴下だぞ? ねえ?」
「な! ヤベえよな! 久しぶりに見た!」
「お前は奥さんに履いてもらえばイイじゃん」
「なんか恥ずかしがって履いてくれねーの。そこが可愛いんだけどね」
「アーハイハイ、うん、ヤバいね。コッチ来るわ」
宇宙人に性癖を歪められたのか元からか、靴下はヤバい。キャバに風俗嬢、ホストとか商売にしてる人達から広まった新しいセックスアピール。なんなんだよマジで、十年前は何で欲情してたか思い出せないぐらい強烈だ。
「もしもしー? あのさ、ちょっとイイ感じの子がいてさ? ……うん、大丈夫だって、終電までには終わらすからさ、うん……あ、晩飯か、どうしよっかな、置いといてくれる? ミータンが作ってくれたの食べたいし、うん、分かってるよ、帰ったらミータンもシようね?」
なんだよ、いつの間に電話してんだよ、なんだよ、奥さんに許可を貰うとか。結婚式が初対面で少し話したぐらいだけど、ミータンは普通に可愛いくて素直に森田が羨ましいと思った。それが更に優しくて物分かりも良いとか、見せつけてくれるなあ、もう……。
「オッケー、ヤルか!」
「もげてしまえ」
「え、なんで?」
「なんでもない、ヤルか」
飲み屋が建ち並ぶ地域には子作り用の小部屋も沢山ある。この焼き鳥屋も奥にマンガ喫茶みたいな専用スペースがあった。流れるように移動して、女の子に俺達を選ばせる。
昔ながらのラブホテルは高級志向に様変わりして遊びには勿体ない。カフェと併設されてたり、ファーストフード店の中が既に仕切りだらけになってたり、こういう焼き鳥屋なんかが妥当。宇宙人が整備してくれたこのシステムは日本の少子化問題をサラッと解決してくれた。
さて……俺の上で腰を振る黒髪の女の子を、キレイだカワイイと褒めながら。
この子と結婚は無いな。女の子は二人ともアパレル業界の子達らしい。遊ぶのは楽しいけど俺には落ち着かない。
服なんてもう意味が無いのに、作り続けては宇宙人が買い取るという謎のシステムで十年前と変わらず服飾業界は回っている。デザインがメイン、後はどれだけ量産出来るか、どれだけ安価に出来るかを楽しむ
森田は黒髪のコッチの女の子がタイプだったんだろうな。ピアスにタトゥーだらけ、ロックな感じよね。でも見た目の派手さとは裏腹に、控えめに体位の変更をお願いしてくる感じがイイ。
さて……乗ってやるか。もしコレで子供が出来たらこの女の子が育てるか、宇宙人が引き取って育ててくれる、か。
女の子が母親になる場合は最低でも月に百万円が支給されて、足りなければ追加もある。何不自由なく子育てに専念出来る。頼めば家もベビーシッターも用意される。特定の相手と結婚して育てる場合も同じだ。それを狙って妊娠し続ける女もいるらしい。金なんか持ってても、もうそんな意味も無いのにな。
さて……これから俺がバラまく何億の子種が天才に育つかも知れないんだよな、なんて。ピンクのシースルーな靴下を履いた足首を眺める。足の指が透けて最高だ。
宇宙人に預ければ礼儀正しく賢い子供に育つ。洗脳でもしてるのかと思えばそうでも無く、ネットの記事を読む限りでは離れて暮らす親を大切に思い、無邪気で子供らしい感じだ。
個々の才能も伸ばしに伸ばして、もう既に小学生になった新世代の天才がプログラミングやスポーツ競技で注目され始めている。
よし、まだだ、まだいける……焦らしながら女の子の反応を楽しむ。タトゥーに紛れて帝王切開の跡があるな。
結婚か。森田みたいに幼稚園で出会って引っ越されて大人で再会、なんてドラマがあるなら分かるけど、さっきみたいに『これから女の子抱くわ』みたいな連絡をしたりするのは面倒だろ。後から種付け料が宇宙人から振り込まれるから言わなくても……あ、さっきのは『抱くわ』の連絡じゃなく晩飯の用意が要るか要らないかだったか。
とにかく結婚は俺には向いてない。他人と暮らすなんて真っ平ごめん、煩わしくて仕方ない。人生は短い。それに、この天国みたいな地獄みたいな、なまぬるい生活はいつ終わるか分からない。宇宙人サマのお気持ち次第なんだ、遊べるだけ遊ぼう。
――ん? たまに頭に湧いてくる……謎の言葉。
浮気、倫理観、不倫、養殖、嫉妬、慰謝料。
なんだこれ? なんだっけ? 知ってるような、聞いたことあるような……。
ああもうそろそろ
休めばもう一回ぐらい出来そうだけどな。
日本が宇宙人と結んだ条約の中に『記憶操作を容認せよ』というのがあった。宇宙人が共に生きて働く為に違和感なく過ごせるよう、全人類に軽い記憶操作をすると。
軽く、だしな。多少は十年前の世界を思い出す事もあるんだろう。『嫉妬』ってなんだっけな? 裏ドラマとか闇小説とかであった気がする。
さてさて……靴下の足首を撫でながら、嬌声を味わいながら、今そのヘソピアスを引き千切ったらどんな顔するんだろうな雌よ子宮よ生めよ増やせよ今そのピアスを。
あ、
もう一回お願いしてみようか。靴下の足で挟んで貰えばすぐ
おわり。
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