ここほれワンワン

 賢いワンコが主人を呼んでココホレワンワン、なんとそこからは大判小判がザックザク――なんてのは昔話、物語の中のこと。現代いまは無理でしょ大判小判、ていうかそんなモン出てこられても困る。そういう系の、歴史がありそうな物とか発掘みたいな事って全体的に報告連絡相談ほうれんそうが面倒くさそう。

 それに多分掘ったらマズいヤツでしょコレ、なんか出ちゃいそうで仕方ない。

 ザワッと『うん、うん、マズいぞ』、風が桜を、大振りな枝葉を頷かせた、ような気がした。

 引っ越してきてからずーっと、この木が気になってる。前の住人か、その前か、ずっと前の誰かが植えたのかな。てっぺんは二階の屋根まで届きそう。みきは私のウエストと同じぐらい立派で、何重にも真横に太々と生えてる枝は先を細くとがらせて。

 誰が見ても立派な桜の大樹、春になったら近所の人でも呼んでお花見でも、咲いたらそれぐらいキレイだと思う……のに、なんとなくその幹とか枝とか、なんか全体的に、その辺の公園とかにあるのより黒い気がする。そう、黒いんだ、雰囲気が、たたずまいがヘン、みたいな? 今はそれを誤魔化すように青々と葉を増やして広げて揺らして、ああでも木漏れ日は気持ちい……うーん、やっぱり木漏れ日すら気持ち悪い。なんだろうな、この感覚。見慣れた桜と少し違う種類なだけ、それだけの事かも知れないのに。

 やっぱりアレだ根元を掘ったら何か出そうな、いや多分きっと間違いなく出ちゃいそうなんだよ、死体とか死体とか死体とか死体とか、軽く見積もってもフツーの頭蓋骨とか。なんだろうこの悪い予感、というか、なんというか、うん。

 葉がフローリングに影を落とす午前中は視界の端でチラチラと黒がずっとうごめく、虫みたい。

 昼から日が暮れるまでは影が映らなくなるけど、緑の葉と黒い枝が視界の端にずっといる。

 夜になれば外灯の灯りでまた影がざわめき出す。

「ふーん? そんなヘンかなあ? 前も言ったけどさ、気にし過ぎじゃない? 透けないようにもっと濃いカーテンにするとか? だってさー、新居ここは2900万、デカい買い物だったんだよー? もっとアゲてこ? ね?」

「……うん、ワッショーイ」

「ワッショイなの? アゲるからワッショイ? もうそういうトコだよホント可愛いねウチの奥さんは」

「うん、そうか私は可愛いか、よしよし」

 肩に頭を乗せてくるから偉そうに甘えてあげよう、十歳も年下の可愛い夫に。

 夫、ホントに可愛い。私なんか可愛いくない、あなたが可愛いんだよ。

 仕事から真っ直ぐ帰ってくるから二人でご飯を食べて、ソファーでコーヒーを飲んで、一緒にお風呂に入って寝る。今はソファーの時間、テレビを見ながら桜の話をしたんだけど……なんかホントどうでも良くなりそう、なって欲しい。だってそうだよ私の人生逆転大勝利、親兄弟親戚友人一同を驚愕させた電撃入籍、家を買っていつか子供を作って幸せな老後まで二人で見据えちゃおうね、っていう、その第一歩なんだよこの家は。

 気にし過ぎかー、そっかー、そだねー。

 次の日、「たっだいまー! お土産だよー!」仕事から帰った可愛い夫がお土産をくれるらしい。やったね、嬉しいね、手を出す。「一人だからヘンなコトが気になっちゃうんだよ」、と渡されたのは子犬、え? ヌイグルミ? チワワ? 黒い子ね? 生きてる? あ、生きてる。

「チワワ」

「うん! いつかワンコ飼うならチワワって言ってたでしょ? あれ? 嬉しくない?」

「嬉しいよ、嬉しいより先にとんでもなくビックリしただけ。だって、こう来るとは思わないじゃん……えー? あ、どうも初めまして、はいはい、よしよし」

「俺にもしてよー」

 チワワと同列に出された可愛い夫の頭もヨシヨシ。おそるおそる抱っこしてる黒い毛玉のフルフルした感触にちょっと感動……あ、待って? 格安スマホとかサブスクとかでコツコツ節約しようねって決めたのに、チワワ? 血統書付き? お高いんでしょう?

 ……いやいや、いやいや。ちょっとガチめに待って? だって、ここほれワンワン言われたらどうするの? 待って待って待って、このタイミングで犬? 犬ってホラあの死体とか骨とか見付けがちじゃん? だってドラマとかで、ねえ?

「あ、これゴハンね。ペットショップで食べてたのと同じの買ってきた」

「うん、分かった。あのさ――」

「まだ小さいから完全室内飼いね。散歩は庭から始めよう」

「うん、もちろん。え、庭?! あのさ――」

「これトイレね。ペットシーツはココを外して交換できるよ」

「うん、了解です。あのさ――」

「あとケージね」

「あのさ――」

「うん、そうだね一番大事なことの話だよね、分かってる大丈夫! 二人で子犬のしつけの勉強をしよう! これがペットショップでお薦めされた本! 先に読んでいいよ!」

「……なるほど」

 まあ、もうこれはダメだ。

 夫が飼いたいんだ、このチワワを。私が腹をくくれば済む話かもね。そう、私達夫婦はチワワを室内で飼う。まだ赤ちゃんみたいな子犬だもん、きっとそんな特殊な物は何も見付けないだろう。それにお世話が大変そうだよ、きっと私は桜の木が気にならないほど忙しくなるはず……――あらま? ならなかった。ぜんっぜん忙しくならなかった。

 この子、すっごくお利口さん、すっごくおとなしい、すっごく穏やかな子。私と可愛い夫との壮絶な話し合いの末にマロと命名されて、マロか、よろしくマロ、おはようマロ、おやすみマロ、マロを語尾にマロ、語尾がマロになっちゃうねマロ……なんて言ってるうち、マロはこの家に、私達に、あっという間に馴染んだ。子犬らしくチマチマ走り回って寝て、起きたら食べてウンコして寝て、起きて食べて寝る。

 我が家に来て半月、最大のイタズラは倒したゴミ箱をツンと鼻で突いて転がしたぐらいだ。もっとヤッちゃってくれてもイイのにな。

 いつものように遊び疲れてウトウト、コテンといつもの定位置、フローリングのいつもの日だまりの中で昼寝をきめたマロ。その横で体育座りでスマホを見てる私。超いつも通り。SNSをザッと眺めてもうちの子が一番可愛い、マロも夫も、うちのが一番。

 木漏れ日、チラチラ。

 葉擦はずれの音、サラサラ。

 確かに、一人でいるよりマシになったかな。

 ――目の端をフッと白い物が通った気がした。

 おっと、なんだ今の。

 マロは黒い、桜は咲いてない、洗濯物かな、今日は干してないけど白い洗濯物だったと思う、そうだね洗濯物だよ今のはシーツだタオルだパンツだ間違いない干してないけど「キャンッ」はい、どうしたの?!

 珍しく吠えたマロにビクッとなった。あれ? 私も寝てたのかな? 私だけ寝てた? 夢? どこから現実、どこまでが夢? 時間を確認しようとして変な声が出た。

 スマホが濡れてる、なんでよ、思わず投げ捨てて、マロも私も無駄にビクビクして……あ、なんだヨダレか。なるほど、最大のイタズラ更新だね、マロ。

「私のスマホ舐めた? かじった?」

「キャン」

「正直でよろしい」

「キャン」

 可愛いな。白い物なんて通ってない、夢だ、私も昼寝しちゃったんだ。よしよし、マロも毎日ちょっとずつ成長してるんだよね。いつかの時の為にって買っちゃってた散歩用のリード、繋いでみよっか。噛んじゃダメだよ。

 ついに二人で庭に出た。出ちゃった。

 桜には近寄らないようにリードを手に巻いて短く持つ、地面にソーッとマロを降ろしてみる。芝生っぽくただ短く刈っておいた雑草の上でフルフルしてるマロ、怖いのかな? 動けないのかな?

 まあ、とりあえずこれから撮影会だ、それしかない、動画回しっぱなし、当然でしょ、話はそれからだ。

「クキュン、キャンキャン」

「お、慣れました? はいはいコッチ見て、その潤んだ目イイね」

「クキュキュン、キャンキャン」

「ああその表情かおイイよ」

「クキュンキュン、キャンッキャンッ」

「……くきゅきゅん、きゃんきゃん……くききゅん? 掘るの? いや、掘っちゃダメ、あの……そっか、マロは賢いね。ここほれキャンキャンか。あー、そっかそっか、あー……うん、掘ろっか?」

「キャン」

「よっしゃー」

 もうモヤモヤしてるよりは掘っちゃおうか。

 いつか始めるガーデニングの為に買ってあった軍手と小さなシャベル、出番だよ。マロも出番だよ、どこを掘れって?

 リードを緩める、小さなクルリンシッポをフリフリ、ああ、ほらね、やっぱり真っ直ぐ桜の木へ、クンクン、マロが麿眉まろまゆをキリッとさせて私へ振り向いた。

「クキュクキュ、キャンキャン」

「なるほどソコか、私もソコだと思ってたよ」

 マロをケージに入れて、ヨッコラセと腰を入れて掘る、オシャレな花柄のシャベルで。

 ここは何年か空き家だったらしい。桜の根元は落ちた花弁や葉が積もって腐ってフカフカの柔らかい層、その下には土らしい硬さと重さの層、なんなの、もう手首が死にそう。

 膝が埋まるぐらいまで掘って、うん、来た、当たった。

 ガツッて言ったよコレ。手首は今の衝撃で完全に死んだ。

 穴の底を軍手でホジホジ、来た来た、マジで来た。

 缶? クッキーの缶みたいな?

 どうせ土まみれ、傷もあるでしょ。

 雑に簡単に楽にいこう、シャベルを突き立て、テコにしてグリッと掘り出す。

「おお……あったよ、マロはスゴいね」

「キャン」

「おもし? ……あ、『おもいで』って書いてある?」

「キャン」

 油性ペンかな、ちょっとハゲてるけど誰かの思い出のクッキー缶らしい。振ってみればカラカラ、コロコロ。

 ガキッ、メキッ、ジャリッと開けてみる。

 青いビー玉、オハジキ、子供が木で作ったらしい鳥の置物、パリパリの紙飛行機、割り済みのワリバシ数本。年代物だね、昭和のかおりが目一杯に詰まってる。

「キャン」

「うん、思い出だね、きっと誰かの大事なやつだわ。また埋めておこっか」

「キャンッ」

「誰か来たら掘らせてあげる楽しみを――」

「キャン! キャン!」

「……どしたの?」

 マロが穴に向かって吠えまくってる、牙にも見えない小さな白い歯をいて。

 ……うーん、なるほど、ヤバい。

 私の中の何かが逃げろと叫んでる、脳内の赤い警告ランプも回りっぱなし、サイレンも鳴りっぱなしだ。

 いま掘った穴が揺れてる。そんなに深くない、黒い影も浅く落ちるだけの穴、フルフルしてる。

 怖い、けど、ナニか分からない方が怖いって知ってる。

 抜けた腰と膝でガクガク近付く。

 穴の中でズルッと動いたのは白い……?

 白いアレ、なんだろ? はて?

 なんて思ってたら、穴が爆発した。

 吹き飛ばされたかも、マロは? マロを探す、あれ? そうだケージに入れてた、無事だ、ぶっ飛んでない、私も無事だ、ぶっ飛んだけど無事、あれ? ぶっ飛んだよね? キャン、良かったね、ケージから抱き上げてリードを握り締めて限界までキリッとした顔をつくってから……振り向く。

「封印を解いたのはお前か」

「はあ……はあ? マジっすか」

 そこにいるのは白いドラゴン、日本だから龍かな、いや、ちょっと違う、うん、大っきくて白い蛇だわ。

 透き通る赤い目、銀ギラギンな鱗、体の割に小さな手は虹色のたまを持ってる。爪、鋭い。

「えっと、封印とは、缶のコトですか?」

「カンとは?」

「違うんかい。じゃあ封印とか関係ないですきっと私じゃなく、いや、そこを掘ったのは私ですけど」

「ならばお前だ、今ここにはお前しからんだろうが。われの精神の欠片かけらを感じ取ったのだろう」

「え」

「せめて解放の礼をくれてやろう。願いを一つ言え、叶えてやる」

「……あ、もしかしてアレか、洗濯物みたいな白い影みたいな、アレが精神の欠片、へえ、え?! え?! 願い?! えっと、夫が帰ってくるまで――」

「待てん」

「ですよね、じゃあお金、じゃなくて健康、じゃなくて幸せ、じゃなくて、マロは何かある?」

「キャン」

「……願い、願い? えっと……」

 なんだろう、いっぱいあるはずなのに一つも出て来ない。こんなコトもあろうかと小さい頃には沢山練習してたのに、いつ魔法が使えるようになっても、いつ大富豪になっても、いつどんなコトになっても大丈夫なようにシミュレーションしてたのに、大人になるってこういう……あ、そうだ。

「あの、世界平和をお願いします!」

「具体的に」

「え?! ぐた、えっと、ええー、あの戦争とか飢えとか病気で誰も苦しまないように、誰も死なないように、世界を平和にしてください! お願いしまーす!」

「心得た。では別れだ、感謝する」

「あの! せめてお名前を! き、君の名は?!」

「好きにしろ。お前が最初に思った白蛇しろへびで良い」

 心まで読まれてたのか、白蛇様スゴい、白蛇様ステキ。

 私とマロを紫色に変わった瞳で一瞥いちべつ、そのまま物凄い速さで青空に飛び立って消えて行った。

 ……可愛い夫がスキップで「ただいまマロー! お利口サンしてたかなー?」って帰って来るまで、マロと二人でボーッと桜の木を眺めてた。トイレ行こう。マロもケージに戻してあげよう。

 ジャージに着替えた夫がマロを膝に乗せてテレビをつける。私は晩ご飯の準備だ、何もしてないから簡単に。ニュースはどこかの国の戦争が終わったと伝えてる。早速か、白蛇様カッコいい。


 そこからアレヨアレヨと数年で人類はエライ事になった。

 誰も苦しまない、死なない、とんでもない平和が訪れた。もう田舎のお祖母ちゃんですら立ったまま寝てるらしい。地上は人間で埋め尽くされた。だって誰も死なないから増えるしかない。

 私達の新居も知らない人だらけになった。日曜日、マロのペットシーツの買い出し、ああもう遂に帰れなくなった。帰れたとしても今日中は無理かな。

 ジワジワと動く人の波の中で、人は平和に生きてる。眠る人、遊ぶ人、ウンコふんばる人、食べる人、出産する人、勉強する人、セックスする人、その渦の中では何もかもを譲り合い、揉め事も起こらない、ただ平和だ。魔法か何かヘンな術なのか、食べても食べなくても満腹。病気にもならない。

 ――あ、なんかコレ、違うな。

「白蛇様! 白蛇さーまー! しーろーへーびーさーまー!」

「うるさいな人間、来てやったのだから黙れ」

「わ、ホントだ。えっと、申し訳ないんですけど、この願いナシで、無かった事にしてもらえませんか?」

「不満であったか? 欲張りよのう人間は……なんだこの地上のやかましさは? まあ善きかな善きかな」

「よくないんですマジで」

「はあ、仕方のない。一度だけだぞ。我も自由を満喫しておる、お前には感謝しかない。一度だけだぞ?」

「はい!」

「では願いを取り消す為に新しい願いを言え、叶えてやる」

「私と夫とマロが幸せに暮らせる世界にしてください!」

「具体的に」

「2900万円下さい! 家族で住む所とかお金とか病気とか事故とか食費とか何の心配もなく、穏やかに生きたいです!」

「心得た」

 どうだ? 今回はちょっと考えた。家を買った分のお金があれば私達の人生設計は完璧、余裕なんだ。

 白蛇様を呼んでみて、万が一にでも来てくれたら言おうと思ってた願い事。

 立ったまま居眠りする夫の手をギュッと握ってマロも抱き締める。今度こそ、幸せに……ポヨヨンッ。え、ポヨヨンッていった?

 やたらと気の抜けた音だけど、もしかして願いが叶った音?

「キャン」

「うーん……ごめん寝てたわ……え? なにココどこ?」

「あ、ああー、なるほど、アハハ、こう来ちゃったか、ああそうよねー、うんうん」


 遠くにポツネンと建っているのは私達の家だ、大きな桜の木が目印だもんね。

 見渡す限り果物や作物がたわわに実る畑、黄金の田んぼ、あんなにいた人間は一人もいない。多分、もう誰も居ないんだ。だって、私と夫とマロが幸せに暮らせる世界、って言っちゃった。

 そしてあの家の中には2900万円の現金、もしくは白蛇様が現代のお金を知らないとなると金塊とか大判小判が2900万円分キッチリ置いてあるはずだ。

 はあ、あーあ、もう……間違いない。




  おわり。

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