しゅうまつの浮気/浮気のしゅうまつ

「奥さんにバラしてやるー」

「いやそれは困るから」

「じゃあ帰るなんて言わないで、ここにいてよ」

「いや帰るよ。地球終わるって今ニュースで、もうこれこの雰囲気フェイクとかじゃないっぽいし。帰るってば」

「じゃあ奥さんにバラしてやるー、結婚前から私と付き合ってたってバラしてやるー」

「ダメだっつーの」

「じゃあ帰らないで、私のそばにいて?」

「ああいや、ほんと、そういうのマジでいらないから、もう帰るってば」

「週二でウチでご飯食べて、私の方が料理上手って言ってるのバラしてやるー」

「いやもう、だからさ、えっと」

「いいじゃん、帰ったって義両親もいるんでしょ? どうせ死ぬなら私とで良いじゃん」

「ああまあ、お義父さんとお義母さんは、うん、いるけど、うん。でも俺も一応ちゃんと父親だし、ユミの夫だし、最後は家族と過ごすから」

「私は家族じゃないの? 妹みたいに可愛いとかお母さんみたいに安心するとか言ってくれたじゃん? それに娘ちゃんも息子君も懐かないって、家にいても休まらないって。だったら私といる方が家族みたいじゃない?」

「え、まあ、いや、あー、まあ……あ、アブね、流されるトコだった。子供も大事だしユミも大事、ちゃんと家族だから、それに俺のことまだ普通に好きって言ってくれるし。カナはカナで好きなんだけど、なんかこう、最期の瞬間を一緒にって感じじゃないんだよね」

「酷くない? でも可哀想だねケンちゃん、何も知らないんだもん」

「ん?」

「そこの引き出し開けて、『ディストピア探偵社』って封筒あるから中身見てよ」

「……は?!」

「ね?」

「ユミが浮気? 浮気してんの? 嘘だろ?」

「ホントだよ。写真もいっぱい撮れてるでしょ。週二回、ケンちゃんの帰りが遅い日に外で会ってたみたいだよ」

「マジかよ、誰だよこの男」

「高校のセンパイだって。だから十五年は付き合ってるんじゃない?」

「俺達より長えじゃん、マジか」

「DNA検査とかしてみないとだけど、娘ちゃんと息子君、一重だって言ってなかった? 奥さんとケンちゃんは二重なのに、って。ねえほら、このカレシの目、うーんと、なんて言ったらいいのかな、一重だよね? 大丈夫かな?」

「うわマジか」

「マジだよ。昼間にカレシと会って、学校から帰った子供の前ではママに戻ってサッサと皆でお風呂入って証拠隠滅、みたいな感じだったんじゃない?」

「そう、そうだ俺がここで飯食ってる日は22時ぐらいに帰っても先に寝てたりとか、そっか、おかしいじゃん? 早すぎるよな? 後ろめたいから寝たフリだったかも? やっべー、全然気付かんかった、超ムカつく」

「ホテルと家で二回もお風呂に入られたら分からないよね、しかも先に寝てるとか絶対気付けないよ。ケンちゃんは悪くない、仕方ないって」

「いやマジでムカつく」

「ホントだね。しかも奥さんって、『ここは開けないで』とか『そこは見ないで』とか多くなかった?」

「あった」

「それね、『タンスの奥とかクローゼットの靴の箱の中とかにカレシとの思い出の物とか写真がいっぱいあるの』、ってカフェで友達に語ってた。その時の録音もあるよ」

「は? ありえねー」

「でしょ? ありえないよね? だから家になんか帰らないで私と」

「いや帰る、全部ブチまけて一発ブン殴ってやる。十五年も騙されてたとか許せねえから」

「え、あれ? いや、待って、帰るなら奥さんにバラすよ?」

「あ、いや、待って、それは困るから」

「でしょ? うふふ、もう帰る理由も無いじゃん。なんか美味しい物でも作ってビールでも、あ、あれがある、お付き合い一年記念に買ったワインがあるじゃない、開けようよ」

「ああ、十年後に一緒に飲もうって言ってたやつか。いいね、ちょうどイイじゃん、俺達今年の冬で十年目だもんな」

「来年の夏で十年だよ。まあいっか、美味しい物いっぱい作るね」

「手伝うよ」

「嬉しい」

「いや、でもやっぱり帰ろうかな、帰った方がいい気がする」

「私との事、奥さんにバラすよ?」

「だからそれは困る……あれ? 困る、の? かな?」

「とても困るでしょスゴく困ると思うよ奥さんに不倫の証拠を突き付けた時にケンちゃんも私と不倫関係だったってバレたら、ね? 困るでしょ困るよね困るというか色々とマズいんじゃないかな慰謝料とか義両親ともこれから後何時間かだけど更に上手くいかなくなるんじゃないかな、ね?」

「ああ、そっか」

「じゃあタマネギむくからスライスしてくれる?」

「うん」

「最初から作ると時間がかかり過ぎちゃうから固形スープの素でごめんね」

「うん」

「たまたまスーパーのローストビーフの買い置きがあるの、ちょうど良かった」

「うん」

「たまたまパン屋さんで買ったフランスパンもあるし」

「うん」

「たまたま」

「知ってたよ、いつもデパ地下とかスーパーの惣菜を盛り直して出してたの」

「うわ」

「いや、逆にありがとね。家じゃ超家庭料理って感じだったからココで食べるの美味かったよ。なんか可愛い店員付き風呂付きベッド付きのレストランみたいでさ」

「え」

「オニオンスープぐらいなら失敗しないだろ」

「うん、まあ」

「包丁苦手?」

「うん、結構」

「俺は皮むいたり切ったりは得意」

「うん、私、味付けは何とか大丈夫だよ」

「じゃあ俺達二人でちょうど良いな」

「うん、そだね」

「帰るとか言ってごめんな」

「うん、私も奥さんの事を勝手に調べたりしてごめんなさい」

「いいよ、ちょうど良かった」

「うん」

「十年も待たせてごめんな」

「うん」

「ユミと離婚するよ」

「うん」

「カナと結婚する」

「うん」

「ていうかさ、もうあと何時間かぐらいしか無いって言ってんじゃん。じゃあ役所とか間に合わないからさ、今から俺達は夫婦ってコトでよくね?」

「うん」

「指輪とかあれば良かったんだけど」

「うん」

「無いから」

「うん」

「オニオンリング」

「うん」

「真ん中あたりならちょうど、いやブカブカだな? もう少し内側のオニオンリング、あ、これピッタリじゃん?」

「うん」

「よし、それ結婚指輪ね、ウケる」

「うん」

「最初からカナと結婚すれば良かった」

「うん」

「なんでユミと結婚したんだっけ? あ、デキちゃった婚だ、そうだそうだ」

「うーん」

「あの時、一ヶ月差ぐらいでカナもデキちゃったんだったよねー。カナが先だったらなー、ちゃんと俺に似た可愛い子供がいたんだろうなー」

「うーん」

ろさないでコッソリ産んでもらっておけば良かったなー」

「あ、もういいです」

「ん?」

「帰っていいですよ、ご自宅にお帰り下さい」

「え?」

「なんか私、急用が出来たっぽいので、はい」

「え? 急用? なんで? 今なにも」

「はいカバン、はいジャケット、はい靴をお履き下さい、はいサヨウナラ」

「え?」


 三十代独身、カナ。

 最期の晩餐はローストビーフとフランスパンとオニオンスープ、お供の赤ワインも予想以上に美味らしく。

 ドアをドンドンガンガン叩く音や「頼む一人怖い中に入れて怖いよう」と泣き喚く声も、犬や猫の叫び、夜なのにカラスが騒ぐ、動物かと思われた悲鳴も人間かしら。しかし全ての雑音は隕石が近づくにつれ轟音でかき消され。

 穏やかな時間、瞬間、刹那、地球ごと揺れる激しいリズムに身を任せるカナ。

 イケメンアイドルグループのデビュー曲を口ずさみ、サビに入る直前の『キミとフライアウェイ』と甘く囁ける間もなく、なんならサビの『キミとなら星を越えて飛ぶペガサスにだってなれるさ』と伸びやかに歌いたかった表情で、どうせなら『キミとボクとで破邪顕正ハジャケンショウ、愛の言霊コトダマJust like a nightshow』等のラップ部分まで歌詞は完璧だったのにというノリで、というのはどうだかもう知る術はないが、モグモグ、ゴックン、フンフン歌うその口元は笑みを浮かべたままだった。大きな小惑星の最初の欠片が衝突、その軽い衝撃波でカナは蒸発。

 まあまあ愉快ではあった、生物にんげんも千差万別で手慰みには丁度良かった。

 彼女は✕✕✕✕な最期であったな。

 さて、次のはこへとくか。



  おわり。

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