僕のアルテミス計画
まずペットボトルを集める。
ロケットと言えばペットボトルって教科書に書いてあったし、僕でも用意できるロケットの材料はこれしかない。でもパパとママに頼むのは違う、オジジとオババに頼るのもダメ、自分一人で集めるからこそ意味があるんだ。
「で、集めてどうすんの?」
「体にいっぱい巻いて火をつける、そしたら飛べる」
学校帰りにボロいアスファルトから砂利道まで付き合ってくれるシンゴと、もうすぐ別れ道。ロケットの相談が唯一通じる友達は石コロをケリケリしてる。砂利に紛れても黒くて丸いその石だけを探しながら。
「ホントに火つけんの? お前が爆発すんぞ?」
「火はペットボトルの下につけるんじゃないかな? だからその辺りを、足を守る盾があれば……あ、そっか、盾、鎧も必要じゃん!」
「いや鎧じゃなくて宇宙服でしょ?」
「うん、宇宙服みたいな鎧だ!」
「なんで鎧なの? 鎧じゃムリでしょ?」
「どうして?」
「なんとなく」
「大丈夫、鎧だよ。こないだ見せてくれた本のさ、『伝説の勇者』みたいなのがいいなあ」
大変だ、作業が増えた。
走って帰ってオジジの本棚をあさる。使えそうな材料を色々調べたけど難しいな。僕は鉄を溶かせないし型を作る事も出来ない。もしペットボトルを百個つけるなら百ヵ所に火がつくから結構ガッチリした鎧を作らなきゃいけないのに。
コツコツ、コツコツと一日か二日に一本のペットボトルは何とか見付けて貯めてるけど、まだ鎧のあては無い。でも僕の体とペットボトルを縛るヒモは見付けた。近くの山は少し登るだけで誰かが使ったロープが沢山ある。いつもオジジは「不法侵入の奴ら、ゴミだけ置いていきよって」とか色々と怒ってるけど僕にはありがたいよ。
カンカン、コロコロと昨日と今日は空き缶を蹴って歩くシンゴ。ヘタクソだな。
「ゲ、お前あの山のロープ使うん?」
「うん」
「死体とか無かった?」
「そんなの無いよ」
「ちゃんと下も見たか? 首吊って死んだら腐って下に落ちてるんだよ、死体って」
「ああ、下は……見なかったかも。木に巻き付いてるロープ取るんだから上しか見ないよ。あったのかな、死体」
「よく平気だな? スゲえよ」
「うん。だって宇宙行きたいもん」
「なんで?」
「月に用事がある」
「なんの?」
「秘密」
いつも通り二人で帰ったのにな。
次の日、シンゴは学校を休んだ。その次もその次もシンゴは来ない。先生も生徒もついに減ってきて、小さい子から大きい子まで一つの教室に集めて授業をするようになった。好きな教科書を選んで好きな事を教えてもらう、それって天国みたいだけど少し寂しい。
昨日からパパも帰って来ない。ママは今朝、「行ってらっしゃい」って言ってくれたのに「おかえり」は夜になっても聞けなかった。急がないと僕もいなくなっちゃうかも、大変だ。
「ねえオジジ、こないだからシンゴが居なくなっちゃった」
「そうか」
「パパも? ママも?」
「そうみたいだな」
「オババは?」
「さっき畑に行った」
「そうなんだ」
「オジジもな、もうダメかも知れん」
「もう少し待ってよ、ロケットが出来るから。その後に鎧を作るんだ、だからもうちょっと待ってて?」
「うん、お前は作り続けろ。それ止めたらダメだぞ? ずっと気持ちを強く持って頑張るんだ」
それから二人で家の中の宝探しをする事になった。オジジが山盛りの紙のお金を見付けては投げてよこすんだよ、あんな楽しそうにしてるの、初めて見たから面白かった。畑の世話やら生活の事を書いたノートも僕にくれた。そしてこんな夜中なのにオババを探しに畑へ行くって、歌いながら居なくなった。
そっか、行っちゃった。
オジジはきっと帰って来ない。テレビは点けっ放し。僕がやっと眠ってやっと起きても、同じ人が同じ事を朝まで繰り返してた。
『地球が傾き磁場が』「狂って!」
『皆様どうか生き甲斐を』「持ち続けて!」
『趣味の作業でも仕事でも言い方は悪いですが』「狂ったように!」
『何かに集中する事で』「狂ったように! あ、違う、精神を保てます!」
覚えちゃったよ。教科書にも載ってたし、あ、そうだ学校どうしよう? サボってもいいかな、誰も怒らないよね、誰も居ないもん。
僕だって少しは知ってる。地球が傾いたからみんな狂ったんだ。それはバクゼンと怖くなる、怖くならないように何かをし続ける、それを止めた時に死にたくなるぐらい怖くなるのは自然な事なんだって、みんな言ってた。パパもママもオジジもオババも先生もシンゴも言ってた。
みんなバカだなあ、地球が怖いなら宇宙に行けば良いのに。月にはウサギもいるんだよ? 人間だって行けるじゃん。そうやってモグモグ、朝か昼か謎の時間にパンを食べてたら「ニャア」と知らない猫が開けっ放しの玄関から顔を出した。黒猫だ、猫なんて珍しい、カッコいい。
オジジが焼いておいてくれた固いパンの端っこを出したら背筋をピンとさせて寄ってきた。これは雑穀パンっていうんだよ、そこの木の実も入ってるんだよ。
「よし、キミはもう僕の猫ね。名前は……シンゴ」
「ニャア」
「気に入った? よしよし、じゃあ一緒に月に行こう」
「ニャ」
せっかく友達になったんだから離れないようにね、首に細めのロープを結んで僕の手首と繋いであげよう。可愛く蝶結び、には出来なかったけど気に入ってくれたみたい。足でカイカイしてる。
「キレイな毛だね。お家があるの?」
「ニャ」
「帰りたい?」
「ニャ」
「帰りたくない?」
「ニャ」
「分かったよ、それじゃ仕方ないな。ウチにいていいよ。よし、じゃあ今日の仕事を始めよう。山へ行くよ」
「ニャア」
シンゴと二人でロケットの準備。こうした方がいいかなと相談したらニャンとかニャとか返事が来る。なんかいつも通り過ぎて懐かしい。今日はちょうどいい石の上で拾ったフライパンを乗せて踏む作業にしよう。これをイイ感じに踏むんだ、イイ感じに曲がったら僕の足を守る鎧になる。だんだんカーブが付いてきて嬉しいけど疲れてきちゃったかな。
これも毎日テレビで言ってた。何百年も前から僕達の体はジワジワ変わってたのに、ここ数十年でゲキテキに変化したんだ。シンゴ、キミはいいな。絵本に出てくる猫と何も変わって無いんだから。枯れ葉をお布団にして丸く眠る黒毛皮、温かそう、ちょっとお隣失礼します。
「僕もお昼寝しようかな」
「……」
「すぐには眠れないんだ」
「……」
「すぐ起きちゃうし」
「……ニア」
「あ、うるさかった? ゴメ――」
「ニア!」
返事じゃない、警告だ、誰か来る。
ガサッ、ガサッ、一歩ずつ枯れ葉が潰れる音。隠れよう、変な感じになってる人だったらマキゾエにされたりする、変な人からは離れろってパパが言ってた。
シンゴを抱いて体を低くして走る、疲れた、疲れてるけど走る、マキゾエで死ぬのは嫌だ、まだだ、僕は死にたくない、死ねない、死なないんだ。
「……ハア……ハア……」
「ニャ」
「静かに……ハア……少しだけ……静かに……」
「……」
シンゴは偉いね、ロープが絡まないようにクルンと回って僕の横に居てくれてる。一度座っちゃった僕はしばらく立てないかも、まだハアハアしてる。
さっきまで僕達がいた所で知らないオジサンが立ち止まった。僕は太い木に身を寄せる。あの黒い服は黒くなっちゃった服かも知れない。オジサンはキョロキョロすると僕が集めてたロープを一本、近くの木の枝に引っかけると頭を通してストンと座った。
あんなに暴れて苦しいなら立ち上がれば良いのに。オジサンは死ぬほど暴れて座ったまんま死んだっぽい。結構時間かかるんだな、僕の息もハアハアしなくなってた。最初から最後まで見たのは初めてだ。大変そうだね、死ぬのって。
「……ロープ汚されちゃったし」
「ニャア」
「なんか出てるし」
「ニャア」
「でも移動させるのも無理そうだしね、続けよっか」
「ニャアー」
「いいなあ、シンゴはノンキだなあ」
「ニャア」
そうだね、みんな猫に生まれたら良かったのに。
と思ってたら足の鎧が両足分、いい感じに曲がって歪んで完成した。次は腕用だ。すごい、これは本当に勇者みたいになりそう、ついでだし剣も作ろうかな、盾も。
それでオジジとオババがいれば僧侶と魔法使い役だったのに。パパとママもいれば武道家とヒーラーだったのにな、ああ残念。
「昔はいいよね。シンゴはゲームって知ってる? 自分で動かして話が進むんだってさ。もう今じゃ本しか残って無いんだ。図書室にあるやつは三回も借りたんだよ。人間のシンゴが持ってた本は何百回も読んだし、あ、あれどうなったんだろ」
「ニア、ニャア」
「欲しいけどシンゴの家、誰もいなかったんだよね。勝手に入るのも悪いしさ」
「ニャ!」
「それでね、ゲームってテレビでやったり手のひらぐらいの画面でもやれるんだよ、凄いよね。作れる人と場所が無くなっちゃったとかさ、もったいな――」
「ニャ、ニャア!」
ワクワクで足に着けてみた鎧を見てた。
顔を上げたらヒゲがツンツン伸びてるオニイサンがいる。近い。
足音も何もしなかった、どうしよう、だれ、怖い人だったらどうしよう、変な感じの人だったら、黙ってしゃがんでて、こんなの手を伸ばされたら届いちゃう、どうしよう?
スッと息を吸ったその人から、思ってたよりずっと優しい声がした。
「……キミ何してんの、それ?」
「……ロケット、作ってる」
「ロケット?」
「ペットボトルロケット、いっぱい体に巻いて飛ぶ」
「んん?」
「僕、月に行くから」
「ガチで?」
「うん」
「……ああ、えっと、手伝おうか?」
「大丈夫、オニイサンも行きたいなら自分で準備して」
ちょっと偉そうにしちゃったけど、ヒゲのお兄さんは笑ってるから大丈夫な人みたいだ。普通の人だ。服もそんなに汚れてない、でも近所では見た事ない。なんでここに居るんだろう?
作業を続けるフリをしてるけど何も進んでないのバレるかな、大人だしバレるかも、いま僕が少し怖がってること。
「その、それさ、ペットボトルで宇宙行くみたいのはキミの思い付き?」
「教科書に載ってたから」
「へえ、宇宙行けるって?」
「行けるとは書いてなかったけど、昔の人はロケットに乗って月まで行ってた。その説明と一緒にペットボトルロケットの絵があって、先生も大きければ宇宙に届くかもって言ってた」
「そっ……か、まあ頑張れ」
「うん、ありがとうございます」
「また見に来ていい?」
「はい、別に……」
「んじゃまた」ってお兄さんは僕に手を振って、チラッと首を吊ったまま地面に座ってるオジサンを見て、すぐに木の枝と枯れた藪に紛れた。
……もしかして、このオジサンを追いかけて来たのかな? だったら置いて行かないで欲しかった、持って帰って欲しかったよ。
「新しく友達になる人かも知れないね。シンゴも仲良くしてよ?」
「ニア」
「なんか疲れちゃった。続きは明日にしようか。帰ろ……違うよ要らない大変だ、帰らなくてイイんじゃない?!」
「ニャア」
「もう、だって、もう帰っても家に誰もいない、僕達は自由だ! ご飯もいっぱい食べれる、お風呂も入らなくていい、何もかも自由だ! ここで暮らそう、一回帰って、なんかいっぱい持って来ようよ!」
「ニャア」
猫はすぐ立ち止まるんだね、何が気になるんだろう? どこを見てるの? なかなか進まなくて笑っちゃう。抱っこしてみたりシンゴの首のロープを引き引き、枯れた笹をガサガサ元気に踏んで帰る。でも、家に入ったら布団に横になってテレビをまた点けっ放し。荷造り、お弁当、飲み水、あんなに山で寝ようと思ってたのに、準備しないと山では暮らせないのに。
今日はアナウンサーの人がいない。こんなの初めてかも、古い洋服を着た人達が泣いたり笑ったりする映像がただ流れてる。これは教科書に載ってたドラマかもね、やった、僕は今ドラマを見てる、もしかしたら映画かも。
横になって、ずっと見てる。
「ニャア」
「……お腹空いたの? 仕方ないなあ、まったく」
オジジが握ってくれた最後のオニギリをシンゴにあげる。あれ? もう朝か、夜は終わってたんだね、そっか、お腹も空くよね。ああオニギリ、お米、どうやって炊くんだっけ? オジジがくれたノートに書いてあるはずだけど。
「ニャア、ニア、ニア」
「……もう無いんだ、ちょっと待ってよ」
「ちいーっす、誰かいますかー?」
「……え?」
声をかけながら誰かが家に入ってきた。シンゴの首のロープを引く。土足だ、固い足音がもうすぐ……。
「ネコちゃんか、じゃ……あ! 昨日の子じゃん? どうした? 急にアレが来たのか? 薬は? メシ食ったか?」
「……まだです、全部まだ……」
「台所借りるぞ、ちょっと待ってろ」
「……はい……」
お兄さんは僕が指さしたオジジのノートにパラパラ目を通すと、サッサと料理を始めてくれた。すぐに良い匂いがしてくる。ボーッと眺めてるうちに、お茶碗に盛ってくれた白ご飯二つ、具の無いお味噌汁二つ、四角くない卵焼き、温かい食べ物がテーブルに並んでいく。シンゴにもお味噌汁をかけた何かを出してくれてる。
これは大丈夫、きっと良い人だ。噛めるのかなってぐらい頬張って、いっぱい食べてるし。悪い人だったら僕の分もシンゴの分も用意なんかしない。それに、「一緒に食卓を囲んだら他人じゃなくなる」ってオジジも言ってた。
「お兄さんはどこの人?」
「ん、都会の人。でもさ、ゲホッ、もう空っぽだからさ、歩いてきたの、ここまで……ああアブね、喉詰まるかと思った」
「ごめんなさい、急に聞いて。えっと、え? 都会からわざわざ? 都会が空っぽなの?」
「うん。もう俺が生まれる前から、結構昔から酷かったみたいね、暴動とか色々あったみたいだし。なんつーか、もう服とかカップラーメンぐらいしかマトモな物は無くてさ、だから空っぽ、みたいな? 最近は作る人も運ぶ人もみんな死んだって。何も来なくなったし普通に住んでる人も居なくなってさ」
僕が話しかけたせいでムセたお兄さんは涙目で色々教えてくれた。学校で習ってた勉強って何だったんだろう? 僕が聞く事、大きな事も小さな事も一つひとつ答えを知ると、なんか全部が違って見える。お兄さんの話と学校の授業ならお兄さんを信じる。僕でも分かるぐらい何もかもがストンと頭に入ってきた。
人間が死んだら何も作れない、何も出来上がらない。だから都会は空っぽになった。たまたま服とカップラーメンは誰かの生き甲斐だったらしくて、誰かが作り続けてたのが工場から溢れたところを、運びたい誰かが運び続けてただけ。それ、服じゃなくて食べ物だったら良かったのにね。
うん、やっぱり僕が死んだら月には行けない、誰も助からない。だから僕がやるしかない。
ついでだし聞いてみよう、ずっと気になってたこと。
「なんでみんな死にたくなっちゃうの?」
「なんだろな? なんか近所にいたオッサンは『不安病』とか『死にたい病』とか適当なコト言ってたけどさ、それはキミの方が詳しいと思うよ? 何年も前からテレビとかラジオも無いもん、電気が潰れてたから」
「え?」
「都会じゃ電気は普通の家には通って無いんだよ。田舎の方が水も食料も電気も、なんならガスが通ってる家もあるって聞いて来たの。そしたら本当だし、キミみたいに学校行けてる子供までいるし、ヤベえなって感じ?」
「誰から聞いたの?」
「田舎から都会へ死にに来た奴ら」
「そんな人達がいるんだ」
「まだ高い建物の名残があるからね、登ってる最中に崩れて死んだりもしてたけど」
「じゃあ、お兄さんは田舎に生きに来たの?」
「……『生きに来た』、凄い言い方だな。そうだ、田舎で生きに来たんだ」
お兄さんとご飯を食べて薬を飲んだら動けるようになった。薬も少なくなってきた。どこで手に入れるのか、オジジのノートをあとで確認しなきゃいけない。シンゴも丸くなってフワフワの呼吸で寝てる。ロケットの近くに布団を持って行ったりするのは笑って止められた。そうだよね、汚れちゃうもんね。
お腹が落ち着いてから、二人と一匹で山を登る。お兄さんと喋りながら、お兄さんの全てが気になる。
「ねえそのリュック、何が入ってるの?」
「ん? 秘密」
「え?」
「いやいやウソウソ。逆に秘密にするモンが無いな。着替えと護身用のナイフと鉛筆とボールペンと紙、と……そんなモンか」
なんだ。なんか重そうだし、知らない匂いがしてたから気になってたのに普通だった。ちょっと残念、都会から来たならゲームとか……さっきの話だと無いよね。
枯れた笹でスネを切りながら山登り。この川は飲める水、これは食べていい木の皮、これは酸っぱい実、そこにネズミの巣穴、ネズミは賢いから一匹ずつ捕るんだよ。目に入って思い出した事、僕がオジジの声で覚えてる事を全部お兄さんに伝えておく。シャクシャクの太い草が生えてる場所も、暖かくなったら甘い蜜の花が咲く木も。
「マジで宇宙行くの?」
「うん。みんなより先に僕が月に行って、家と畑と井戸を作っておくんだ」
「ご立派だね、マジで行っちゃうのか」
「だから僕のお
「いいの?!」
「約束はしてね。ニワトリはオジジのノートにある順番で食べて育てて、なるべく優しくしてあげてね? じゃないと卵を産まなくなっちゃうんだ。卵は大事だよ、月にウサギはいるけどニワトリは居ないから増やして連れて行かなきゃ」
「はは、分かった、ニワトリな」
「あとシンゴもお願い。僕が戻って来るまで、本当は一緒に行かなきゃいけないと思ってたけど、お兄さんがいるなら二回目でシンゴとニワトリとお兄さんを連れて行く。先に住める所を作らないと可哀想だから。それまでお願いします」
「え、俺も連れてってくれんのか、そっかー、やったぜ、分かった……けどさ、コイツ雌じゃね? なんでシンゴ?」
「どっちでもいいんだ」
あれ? 黒って男の子の色だと思ってた、メスだったのか。じゃあシン子にしなきゃいけない、うふふってなる。
いつもの場所に着いた。死んだばかりのオジサンの側で僕は生きるためのロケットを作る。お兄さんはリュックに入れて持って来てたオジジのノートを読んでる。とても真剣に、たまに前のページに戻ったりしながら。
「……なあ、ペットボトルロケットってさ、火つけるの?」
「うん。教科書に載ってたロケットの絵は火を吹いて打ち上がってたよ」
「ふうん」
「なんで?」
「手伝われるのは絶対嫌なんだろ? でも俺イイ物持ってんだけど」
「なあに?」
「火薬。ここに来る途中で山を掘ってた跡があってさ、寄ったらまだ残ってた」
「カヤク?」
「山を爆破して石とか採ってた時代があったらしいんだよ。こんだけありゃ月まであっという間に行けるんじゃね?」
「そうなの?!」
お兄さんがリュックから出したのは、赤くて細長い棒が十本ぐらいの、へえ? これが火薬か。月まで行って帰って来れる量らしい。下に向かって勢い良く爆発するから、今あるスネ用の鎧だけでも危なくないらしい。
すごい、どうしようかな? 一人で作るって決めてたのに、もう少し鎧もちゃんとしなきゃ、火薬をもらっちゃったら僕だけの力で宇宙に行ったことに……。
「いいよ使いなよ。なんかスゲえ難しい計算とかもやってみたんだけどさ、俺はホラ大人で大きいから体重的にその量だと足りないってコトで、うん」
「……うん、すっごく嬉しい。ありがとう」
「ンフッ、じゃあ今日はもうゆっくり休めば? ニワトリさんとかシンゴちゃんと過ごしてやってさ、明日飛びなよ」
「そうだね、そうする。でも本当にいいの? 大事な火薬じゃない?」
「いいよ、だいじょぶ。欲しくなったらまたそういう場所を探すから。んで俺は家で待っててやるからさ」
「うん」
胸がギュッてなった。お兄さんは泣き笑いみたいな、でも嬉しそうに僕に頷いてくれた。本当は自分用の火薬だったんじゃないのかな。きっと難しい計算をするぐらいだから、お兄さんだって宇宙に行けばいいって気付いてて、行きたかったのに僕に託してくれたんじゃないのかな……それって、僕、頑張らなきゃ。すっごく嬉しいから、すっごく頑張らなきゃいけない。
オジジの布団を出してあげて、二人でシンゴを挟んで眠った。地球で過ごす最後の夜だったのに夢は見れなかったみたい。目が開いたらもう天気が良くて、完全にロケット打ち上げ用の青空。
お兄さんが用意してくれた山盛りの朝ご飯を食べて、井戸でザバザバ頭と体を洗ってもらってから山に登る。枯れた山、オジサンの死体は傾いて、もう変な色になっていて、僕は何でここでロケットを作り始めたのか思い出せなくてムズムズしてる。
まあ、もういいや。集めてたペットボトルに赤い棒を差し込んで、僕の腰にロープで固定。火薬の頭ぐらいの位置にちょうど曲げたフライパンがキッチリ当たりそうで嬉しい。
「でさ、このロープに俺が火をつけて離れるからさ、火薬に燃え移ったらドカンだからな。覚悟しとけよ、重力ハンパねえから」
「分かった!」
「宇宙に出ちゃえば後は勝手に月に着くよ。ズレてるなって思ったら、うん、そうだな、平泳ぎ出来る?」
「うん!」
「じゃあ大丈夫だ。宇宙空間は水の中みたいなモンだから頑張って月に向かって泳ぐんだぞ」
「はい!」
やっぱりお兄さんは良い人だった。良い人を通り越して神様だ。何でも知ってて頼りになるし僕の事を本当に心配してくれてる。
ペットボトルがコツコツして歩き辛い僕と、シンゴを抱いたお兄さん、二人と一匹で打ち上げ場所を探す。お兄さんは物識りだから僧侶役、シンゴはお供のドラゴン役。勇者の僕が世界を救うところ、見ててくれるんだ。本と少し違うけど同じだよ、これはもう同じだ。
少し開けた所に出ると傾いた死体も見えなくなった。枯れ葉で足がチクチクするのも今日までだと思うと寂しいね、うふふってなる。
良い所だ、いいね。お兄さんは僕の脚に鎧をくくり着けながら、ずっと話してくれてる。自分の家族の話、僕の家の話、行ってみたかった学校、都会の本屋さんや図書館は焼けた、生まれた時から何かの跡地しか知らない、大人は残酷、教育の意味、全部が初めて聞く事ばかりだった。もう一晩ぐらい出発を延期すれば良かったかな。
……いや、帰ってきたらまた聞けばいいよね。
「んじゃ、火つけるね。頑張って! あ、キミ名前は?」
「タイヨウ、ヤマウチタイヨウ!」
「マジか? 俺はダイチ、太陽と大地じゃん、ウケるね」
「うふふ、カッコいいね!」
「ああ超カッコいい、最強だ、家と食い物サンキューお疲れ!」
「ありがとう、ダイチさん!」
ダイチさんは火をつけるとシンゴを抱いて笑いながら走って居なくなった。カサカサと葉が揺れる音と、ジリジリとロープが燃える音が近付くだけの時間。
怖い? 怖くない。寂しい? 少し。
でも僕は決めたんだ。本当はパパとママとオジジとオババを連れて行きたかった。でも仕方ない。今はダイチさんとシンゴが待っててくれてる。二人の為に……あれ?
……大変だ、燃えてる。
枯れ葉が燃えてる、ロープから燃え移っちゃったんだ、どうしよう、山が燃える、ペットボトルと鎧で僕は体を曲げたり出来ない、ほとんど動けない、背中には帰りの分の火薬、動いてそれまで爆発したら困っちゃう、このまま燃えたら家まで、いや川で消えるかな、どうかな、ダイチさんは気付いて、あっ、あっ
――……少し眠ってたみたい。
熱くて目が破裂しちゃうぐらい眩しかったけど無事だ。ちゃんと発射されたんだ。
……見える、怪我もしてないみたい、地球が見えるよ、動けるし、鎧も外れてない、肩にはリュックがくっついてる。
大丈夫だ、順調だ、いま僕は宇宙にいる。
後は月まで平泳ぎ、のんびりしてる暇はない。青く光る地球に背中を向けて、月までひとかき、ふたかき……そうだ、あ、そうだよ、山が、オジジの山が火事になっちゃってたんだ、振り向く。
もうどこが僕達の家かも分からない。地球しか見えない。ダイチさんは……きっと平気かな。今頃ほっぺたいっぱいに白ご飯を食べてるはずだ。シンゴも、いやシン子もお味噌汁をかけてもらった何かを食べて僕の帰りを待ってる。
ひとかき、月が、ふたかき、近付く。
あ……そうか……どうしよう、大変だ、忘れ物だ。家を建てるにも畑を作るにもスコップとかトンカチとかノコギリ、そういうのが必要だった。とにかく大変な忘れ物をしちゃったかも。
うーん、まあいいか。ここまで来ちゃったし、着いたよ、到着しちゃった、月に着いちゃった。
嬉しい、すごく嬉しい、ただ嬉しい。地球に向かって手を振ってみる。何も持ってない手を……そうだ、僕は何も持って来てないんだ。
ゴツゴツした月の地面に座る。体も頭もフワフワしてて気持ちいい。
地球は青いよ、とても青いんだ、ウサギはまだ見付からない、背中のリュックを下ろしたら肩紐しか残って無かったんだ、帰りの火薬もない、ウサギも居ないんだ、どうしよう、どうすればいいかな?
パパ、ママ、オジジ、オババ、ダイチさん、シンゴ……うふふ、シン子だ、ふふっ。
毎日毎日、石を拾っては積んで、積んでは探して積む。僕の大切な仕事は月で家と井戸と畑を用意すること。握りやすい石で地面を少しずつ耕して、持ってくるはずだった野菜の種も忘れちゃったから小石を植えてみた。
出発が急過ぎた、急ぎ過ぎた、お兄さんは急いでた、だから植えてみた、植えていく。植えた、たくさん植えた、疲れない、眠らない、耕して植えた。
もう今ではすごいんだよ。さっき植えた石は振り向いたら芽を出してるし、成長した石からは石の花が咲いて石が実る。それをもいで家の壁にしたりご飯にも出来るんだ。固いけど美味しい。もう膝ぐらいまで壁は出来たよ、広さは八畳ぐらい、あんまり広いと落ち着かないから、でも大丈夫、ダイチさんとシン子の家も作るよ、一人一部屋、いや一人一軒だ、贅沢でいいよね。
毎日毎日、僕は月で頑張ってるよ。
体育座りで石を噛れば
地球はどうですか?
毎日毎日、好きで眺めてる地球、イヤになる日もあるよホントはね、内緒だよ。ねえ地球、緑色の所も白い陸もずいぶん減ってキレイだよ、真っ青になってきたね、ただ青くて青い地球、そちらはどうですか?
ニワトリは元気かな、お米は育ちましたか?
おわり。
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