くるっぽ
屋台の準備が始まった。
この時期になると食いっぱぐれなくてイイ。
人間がワイワイガヤガヤ、ドヤドヤワイワイと、積んで並べて混ぜて溶かして煮て焼いて、
そしてオレは探す。
この時期で、この境内で、この辺りで。
「……くるる、ぽっぽー」
「あ?! お前去年のハトじゃね?」
「くるっぽ」
「ヤベエじゃん、久しぶり! 元気だったか? ああ焼き鳥まだ焼けてないからさ、ちょっと待ってな?」
「ぽっ」
「あはは、ウケる」
頭に白いタオルを巻いた若いテキヤの兄ちゃん。去年屋台デビューしたその新しい人間はオレを見て笑っている。お互いに覚えていた、嬉しい。
これ去年の写真、四角い板を見せてくれる。
お前デカくなったな、ぽぽる。
ここの模様は変わらんのね、ぽぽっ。
ちょっと色濃くなったな、くるっぽ。
「ん、焼けたぞ。ちゃんと冷ませよ?」
「くるっぽ」
オレが貰ったのは焼き鳥、ニワトリという鳥の肉を串に刺して焼いた物。人間が焼いた肉を鳥であるオレが食べる。美味しいんだこれが。お前それ共食いだよと
白い紙皿の上に置いてくれてるのも嬉しい。砂とかゴミが付いてない食べ物、ジャリジャリしなくて美味しい、これこそが焼き鳥。突っ付いて食べる、飲み込む、たまにアチチ、だからツンツン、くるっぽ。
「
「くるる」
そうだったのか、アッチコッチで。そうだったのか、ついて行こうかな。多分この祭りは、兄ちゃんの屋台は二晩眠ってもう一つ眠ると居なくなってる。
よし、ついて行こう。くるっぽ。
お腹いっぱいになって、陽当たりのイイ地面に落ち着いて、羽根をつくろって、また四角い板を向けられる。
パシャリ、くるっぽ。
可愛く撮れたと見せてくれる。背中に白くて大きい桃みたいな模様のある、オレの姿。
紙皿を突いているうちに日が暮れる。祭りは夜も明るい。
近くの茂みにガサガサ隠れる。
そんな地面では危険だと仲間のハトにクルッポされながら、いいよ大丈夫とクルッポしながら。
野良猫に気を付けながら、兄ちゃんの背中を眺めながら、色とりどりの灯りと人間の声と足音、泣き声、鳴き声、甘くてしょっぱい、いい匂い。うとうと、くるっぽ。
そして朝は来たけど来なかった。
イカ焼きのオバサンが目をかっぴらいて耳をくっ付けて聞いてる音、人間の男の声で、人間の女の声で、世界が終わると叫んでいる。
「くるっぽ」
まだ祭りは終わってないのに世界が終わるらしい。
「くるっぽ」
イカは焼けているのに兄ちゃんは焼き鳥を焼かないのか。
「くるる、ぽーぽー」
どこにいるんだろう?
イカが焦げて燃えていく。オバサンの服も髪も、隣の飴屋もチョコバナナ屋も甘いカステラ屋も、次から次へと燃えていく。
羽ばたく。
「くるっぽ」
境内はゆっくり焼けていく。空から見れば、町も街も少しずつ焼けている。火を消す人間は居ないらしい。至る所に倒れたまま動かない人間、首の紐を振り回し走る犬、猫は毛繕いをしてからスルンと塀の陰に消えた。
人間だけが倒れている、死んでいく、死んでいる。
カラスもスズメも犬も猫も、ハトも生きているのに。
「くるっぽ」
神社に向かう石段の途中、木の陰になる所に
鳥居にとまって確認、兄ちゃんだ、くるっぽ。
乱れ吹く熱い風に、翼を閉じて地面に舞い降りる。頭に巻かれた白いタオルを突く。
兄ちゃん、焼き鳥は焼かないのか。
もうすぐじゃないか、この階段登ったら焼き鳥焼けるよ。
「ぽ?」
「……おまえ」
「くるっぽ!」
「……にげろよ」
「くるるっ!」
「……にげ……死にたく……」
襟首をクチバシで突く、脚で背中のシャツを掴む、重い、飛べない、兄ちゃん起きろ。
「ぽ!」
瞼を突っつく、ほっぺたも鼻も口も突っつく、喋らない、動かない、死んでしまったのか? くるっぽ、死んでしまったのか。
白いタオルは簡単に外れた。クチバシできゅっとくわえる。
ハトは平和の象徴じゃないのか、育ててくれたオレの親が誇らしげに言っていた。それが何か良く分からなかった。でも、みんなそう言われて育った。オレも子供が出来たらそう言って育てるつもりだった。
平和の象徴。
へいわの、しょうちょう。
こういう時に役に立てないなら要らない、そんなもの。
こういう時に一番強いのは? 一番役に立つのは?
「くるる、ぽ、ぽ」
兄ちゃんの手の甲の上に座る。
ひなたぼっこをしているオレを気に入ってくれてた。ペッタンコに羽根を伸ばして
境内から火が回ってきた。
そうかオレも、オレが焼き鳥か。
兄ちゃんの手の上でペッタンコのまま焼かれる。
そうか別に、構わない。
「くるっぽ」
「カアッ」
バサッバサッと火の海の上を飛んでいる。地上からの灼熱の風に煽られながら、カラスに掴まれながら、タオルをきゆっとくわえたまま、灰色になってしまったタオルを脚で強く強く掴んだまま。青空が、町が、入道雲が、山が、上下左右に入り乱れ千切れて見える。
カラスだって軽いじゃないか、何をそんな必死に、オレなんか離せばいいのに。
突風から、竜巻から、激しい熱を逃げながら。
ようやくやっと尽きて降りたのは山奥の小川、砂利の上。
下流は人間がたくさん流れていた、ここは火も来ないのか涼しい緑の空気のままで。
「クルッポ」
「カア」
顔見知りぐらいのオレを助けた理由は、背中のハートマークだと言われた。なんとなくラッキーそうだと思っていたと、連れていれば死なない気がしたと、本当は一人で死にたくなかったからと。
桃じゃなかったのか、ハート、ハトのハートか、そうか。
おまえは同じ境内に住んでいたカラスか。いつか左右の目の色が違うと仲間にからかわれていたけれど。
その目はとてもキレイだと思う、ちゃんと伝えておく。
いつ死ぬか分からないなら思った事は伝えようと。
「クルル、ポ」
「カアカッ」
そうだね、神様なら兄ちゃんも助けられたかも知れない。謝らないでいい、ありがとう。
ハトは神様になれるかな。
カラスと一緒に、カラスのように真っ黒になったタオルを寝床にしようと広げてみれば、オレがくわえていた所と脚で掴んでいた所だけが、真っ白。暮れなずむ鳥目にも分かるぐらい真っ白だ。
悲しいぐらい、白い。
終わり。
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