僕の散歩、君の闊歩
中学生にもなってこんなバカみたいな夢を見るとは思って無かった。いや、中学生だからこそ、かな。
目の前にいるのは大きなトカゲ。僕の夢だから仕方ないんだけど、自分の想像力の限界はこれを『恐竜』だと言い張ってる。幹線道路と街の道が交わる丁字路でその恐竜はノッシノッシとアスファルトをへこませながら歩いて、ノッシノシ、止まった。
昼間とほとんど変わらない通行量で少しトラックが多いぐらいか、そのライトの流れもコンビニ袋をさげた歩道の僕も、もう止まるしかない。
多分、肉食。
多分、僕なんか一口で……でも。
「なんか綺麗だな」
脚から見上げた胴体、鋭い爪から白い牙、夜空を背景に濡れた黒い目、ああ生きてんだなって思う。手のひら大の焦げ茶色の鱗は一枚ずつ月明かりに縁取られて、ああ綺麗だなって。
「そう? ありがと」
「うわ、喋んの?!」
「なに、喋っちゃ悪い?」
「いや別に、ごめん。夢だしな、恐竜だしな、喋るかも知れんな」
「夢? なに言ってるの?」
「あ、うん、そっか、そうだよね」
なんだかんだと話を合わせておく。そうしておかないとバクッと食べられたり蹴り飛ばされたりするんじゃないかと、これって目が覚めた時にビクッてなるタイプの夢だよ。
「なんだかウルサくなってきちゃった、なんなの?」
確かに、少し離れた所からクラクションの音が凄くなってきた。何が起きたか、何がいるのかなんて分かんないんだろうな。
「ああ、ほら、そりゃそうでしょ、恐竜が道を塞いでんだから。少しコッチにおいでよ、車道は空けよう」
「キョウリュウ? ボクはキョウリュウって呼ばれてるの?」
「うん、いや、恐竜でも色々名前があるんだけど詳しくないから……え、男の子なの?」
「オトコノコ?」
「え、『ボク』って、え? あ、オス?」
「オス?」
「えっと……どうでもいいか、うん」
僕の言う事を聞いてノシノシと歩道に寄ってくれた恐竜を見上げる。綺麗と思う気持ちは変わらない。でも、車道にスタンプされた足跡を見て少し、ほんの少し、どうしていいか分からなくなってる。
……突然ソコに現れたみたいに足跡が始まった箇所がある。どこかから歩いて来たんじゃない、ソコにポンと降って来たみたいに、こんなに大きな生き物が、ポンと……そうだ、夢だしな、あるあるだよ、うん。ラッキーじゃないか、こんな子供みたいな夢。恐竜を間近に見れて、それが喋ってんだから。
「ねえ、何か教えて?」
「ナニカって何?」
「なんかこの見えてる物全部とか、アナタの事とか、とにかく全部教えて?」
「それスッゴい難しいよ、スッゴい長くなるし」
「ダメ?」
「いや……せっかくだし頑張るけどさ」
「ホント? 嬉しい! ねえ、じゃあ背中に乗る? 乗ってよ、その方が声が聞こえやすいし、お喋りしやすいな」
「あ、うん、じゃ乗せてもらおうかな、え、乗る?」
やっぱり、なんだかんだで乗っちゃうよね。ドスンと膝を折ってジッと待ってくれてる恐竜くん、可愛いかも。シッポから登りやすくしてくれたけど結構滑る、というか掴まるトコが無い。よっこらしょっと。
野次馬も増えて来たし、真夜中なのにヘリコプターまで飛んでるし、うん、なんかホントにリアルな夢だな、まあいいか、お喋りするなら乗って正解だと思う。とにかく音がスゴい、色んな音が。
恐竜くんの手触りはサラサラ、でも撫でてるうちに鱗の向きに逆らっちゃって人差し指が切れた。
「ヤダ、今度はなんの音?!」
「ごめんごめん、僕のスマホだよスマートフォンっていう……おお? 初めて見た、『豊島区に巨大生物が出現、直ちに身の安全を確保して下さい』だって」
「どういう意味?」
「キミの事だよ。おっきいキミが歩き回ってるから人間は安全な所に行け、みたいな」
「へえ、変なの! 別に大したコトしないのに!」
「そうなの? じゃあ良い事をし……」
「ボクはキョウリュウじゃないの? 『巨大生物』っていう名前なの?」
「いや、あ、そっか。検索してみよう」
「ケンサク?」
「キミの名前、調べてみんの」
『恐竜 茶色』で出てきたのはティラノサウルス。似てるけど微妙に違う気がする。跨がってるこの背中にはシマシマがあるような、さっき見上げた時の雰囲気とか、手足のバランスとか、鱗もこんな感じじゃないし、まあ暗くてよく見えないや。
「ボクの名前、分かった?」
「うーん、ティラノサウルスっていうのが近いけど……多分、朝になったら学者とかが出てきて特定してくれると思うよ」
「ティラノサウルス……長いね」
「ん?」
「名前、アナタが付けてよ」
「え」
「つけて?」
「……『ゲッコウ』、とか……」
「ゲッコウ」
「いや、あの、さっき初めて見た時さ、月の光が反射してカッコいいなって、だから『月光』とか、いや、ちょっと単純す――」
「イイ! ゲッコウって呼んで! アナタの名前は?」
「え、いいの? 僕はユウイチだけど」
「ユウイチ!」
「はい」
「うふふ」
「フフッ、うん」
ちょっと月光なんてアレかと思ったけど気に入ってくれたみたい。なんか顔が熱い、照れるわ。ペットも自分で飼ったことないから、こうやって名前をつけるなんて生まれて初めてかも。ていうかゲッコウくん、うん、ゲッコウもスキップみたいにルンルンで歩いちゃって、そんな喜んでく……いやちょっと待てよ?!
「ねえ、待って待ってゲッコウ! 家が壊れてる! 車潰してるって! ちょっとストップ! 止まって!」
「どうして?」
「いや死んじゃうでしょ、人が?! 危ないよ!」
「ダメなの?」
「ダメだよ!」
「どうして?」
「どうしてって、だって! ……どうして、かな? ダメだから?」
「うふふ、細かい事は気にしないの!」
いや多分ダメ、細かい事じゃない、細かい事で済ませちゃダメだ! でもゲッコウに、恐竜に『人間を踏んじゃダメな理由』なんてどう伝えればいい? 命は尊いものだとか、みんな一生懸命に生きてるんだからとか、誰にでも大切な人がいて……え、真っ直ぐ行くの? ビル、え、あ、え?!
「ちょ、あ!」
「うふふ、大きいの壊しちゃった」
いやいやダメでしょ。でも……大人しくしてても暴れても、どっちにしろゲッコウは捕まるんじゃないか? 朝には、いやもっと早く、今すぐにでも捕まるかも知れない。マスコミ、学者、研究者、そういう人間に恐竜が捕まったら何をされるんだ?
「……ゲッコウ」
「ねえユウイチ、向こうにキラキラの大きいのがある!」
人間は殺しちゃダメだけどゲッコウは結果的に死んでも良いって、どこかでそう思われてないか? 誰かが、もしかしたら、いや絶対に。
「……あれは東京タワーっていうんだよ」
「行こう!」
ゲッコウが僕を乗せてるのは、僕の夢だから。
ゲッコウと出会ったのは、僕の夢だから。
夢の中でぐらい僕の正義を振りかざしても別にいいじゃん、きっと。
「よし! 東京タワー倒そう!」
「やったー!」
「スカイツリーっていう、もっとデカくてキラキラしたのもあるよ! でも人間が攻撃してくるかもだから気を付けて!」
「うん! わかったー!」
ゲッコウと二人、月夜の大進撃だ。
ビルも公園も家も学校も橋もわざわざ戻ったりしながらメッキメキに壊して歩いた。僕は途中で何回か落っこちそうになっちゃったりしてる。ジタバタして何とか持ち直したら僕が座りやすいようにムキッと背中の筋肉を出してくれた。手綱みたいに掴まれる七色の毛もファサッて。
そこでやっと気付いた。
ゲッコウ、むっちゃくちゃデカくなってる。
そこそこの雑居ビルを一歩でまたいで、足跡は車何台分だろう? ヘリコプターがトンボぐらいだし、スカイツリーは鼻先でペシッて折っちゃった。
「ミサイル? 爆弾みたいなの当たってるの、痛くない? 大丈夫?」
「ぜーんぜん平気!」
「そっか。じゃあゲッコウ、次はどこに向かう? 何がしたい? あ、色々教えてって言ってたじゃん? 教えるよ、僕が分かる事なら」
「やった! ゆっくり出来そうな場所ある?」
「山とか海とか? いや、広い所だと余計狙われちゃうかな?」
「じゃあ作ろう!」
「作る?」
「ゆっくり出来そうな場所を!」
ブンッと風を切ったシッポが一回転、訳の分からない音を立てて更地を作った。土煙と火の粉と色んなスモークでよく見えないけど、なんか平らな丸い地面ができた。
「すっげえ」
「うふふ、ねえ、ユウイチはなんで一人で歩いてたの?」
「ああ、えっと、寝れなくて。家も誰もいないし」
「なんで?」
「父さんはオンナ作って出て行った。母さんはスナックでバイト、妹は友達のトコ泊まり歩いてる」
「それが家族?」
「うん……いや、家族じゃないかもな」
「もう潰しちゃったかな? ゴメンね?」
「うん、イイんじゃね」
「ボクの家族はね、ユウイチ以外はまだ会えてないの。どこかな?」
「え、僕が家族? 最初に見たら親的なアレ? ……え?! 他にもゲッコウみたいなのがいるかも知れないの?!」
「うん」
慌ててスマホのロック解除、検索、色々ブッ壊す音とか風で聞こえてなかったけど緊急速報がバンバン入ってた。確かに全国、いや全世界で『巨大生物が出現』ってなってる。電波
「一番近くだと群馬になるのかな? 会いに行く?」
「いいの?」
「うん、ヒマだったし。えっとね、方向は、東西南北ってどんなのだっけ? まあ、えっとね、アッチかな……っていうか、ゲッコウは何者?」
「ナニモノ?」
「なんつーか、なんで出てきたの?」
「呼ばれたの」
「誰に?」
「うーん、誰だろ? 『目覚めよ! 滅ぼせ! 楽園を今一度!』って急に言われてハッてなったらユウイチが目の前にいたよ」
「なにその不穏な目覚まし」
「フオン?」
「ま、いっか」
「まいっか!」
「群馬行ってみよー!」
「グンマー!」
夢だしな、全然覚めないけど行けばイイじゃん、もうこんなのさ、行くしかないじゃん。
きっと群馬にも
「ねえ、その『滅ぼせ』って言われたやつさ、僕も滅ぼし対象に入ってんじゃない?」
「入ってないよ、一番最初に見たユウイチはボクの家族だもん!」
「あ、やっぱそれ? 聞いたコトあるわ。ヒヨコが犬についていくヤツ」
「ヒヨコ? イヌ?」
「フフッ」
「教えて!」
僕の夢だもんな。
僕が主役だから僕は死なない。
目が、覚めるまで。
「えっとね、ヒヨコは……――
おわり。
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