第3話 まずは落ち着いて話を聞いてみよう
ずっと女子寮の前で話を続けるのも奇妙だったので、私はクロヴィス様を連れて部屋に入ることにした。
男女が同じ部屋で二人きりになるというのは褒められたことではないけれど、婚約者だし、そもそも親戚なので、二人きりで話すと言うのはそう珍しくはない。
幼い頃はよく、暇を持て余しては城に遊びに行って、おままごとなどをして遊んだものである。
ちなみに私はお姫様役で、クロヴィス様はペットの犬役だった。
「ロヴィ、お手」などと言って、芸を仕込もうとする私に、クロヴィス様はよく付き合ってくれたものである。
今考えると、物凄く不敬だ。まぁ、クロヴィス様なので別にいいか。
「荷物も置きたいですし、長旅で疲れたので、寮の部屋で話しましょう」
「……ネメシア公爵家から、学園までは歩いて移動できる距離だと思うが」
「クロヴィス様、馬車での移動というのは、それだけで疲れるものなのですよ。ずっと荷物を持って立ち話に付き合っているルシアナが可哀想だと思わないのですか?」
「しかし、リラを学園に受け入れる訳にはいかないんだ」
「しつこい」
私はルシアナに目配せすると、クロヴィス様の横を通り過ぎて学園寮の中へと足を踏み入れる。
ルシアナは「失礼いたします」と言いながら、私に従った。
クロヴィス様が慌てたように後ろをついてくる。結局ついてくるのなら、最初から抵抗しなければ良いのに。
「お嬢様のお部屋は、二階の端ですよ。各階に、十二部屋。四階建てです。一番上の階が良いかなとも思ったんですけど、毎日階段を上がり下がりするのが大変なので、二階にしました」
「ルシアナが楽ならそれで良いわ。特にこだわりはないもの」
「さすがは私のお嬢様、可愛い上に慈悲深い。このルシアナ、地の果てまでもついていきます」
「地の果てまでついてこなくて良いわ。伯爵家に帰って早く結婚しなさいよ」
「今のはとっても、良いツンデレです、お嬢様! ルシアナがいなくなったら寂しい癖に、それを隠して、私の幸せを願ってくれるいじらしさ。殿下、聞きました? うちのお嬢様の健気たるや、殿下の妄想の番など、足元にも及ばないぐらい愛らしいとは思いませんか」
ルシアナは態度は軽々しいけれどよくできたメイドなので、人目があるときにはクロヴィス様に話しかけたりしない。
従者が王太子殿下に声をかけるなど、不敬も良いところだからだ。
けれど、私が十歳、クロヴィス様が十一歳の時から我が家で私に仕えてくれていたルシアナは、私達にとっては近所のお姉さん、みたいなものである。
なので、話しかけられてもクロヴィス様は怒ったりしない。
最近ではお互いに思春期甚だしかったせいで疎遠になりつつあったけれど、幼い頃の思い出というのは心の底に残っているものだ。
こうして三人でいると懐かしい。十歳のころはまだクロヴィス様は公爵家に遊びに来ていたので、三人で公爵家の敷地内を散策などして遊んだものである。
このころは私も流石に、クロヴィス様をイヌ科の何かのような扱いはしていなかった。
ロヴィと呼びながら、「お手!」などと言っていたのは、五歳頃までの話だ。
そのことについてクロヴィス様と話したことはないけれど、覚えているのだろうか。
覚えていたらちょっと嫌だ。
「俺の運命の女がどんな姿かたちをしているのかは分からないが、番なのだから、きっと魅力的に見えてしまうのだろう。これは、半獣族の本能のようなものだ」
「クロヴィス様、誰かに聞かれたら不味いですよ。仮にも、この国の王になる予定の王太子殿下なのですから、そのような妄言を大声で吹聴するなどと、正気を疑われてしまいます」
私は妄想の番の存在について話すクロヴィス様を注意した。
玄関から入り、大きなホールの正面階段を二階へと上がる。歌い踊りながら降りていきたくなるほどの、大階段だった。そのうち誰もいないときにやってみよう。
「今のは、私は殿下を捨てたりしないのだから無駄な心配はしないで、という意味です」
「リラ、愛らしいな……、俺は、どうしてこんなに可愛らしいリラから、心変わりをしてしまうんだ……」
「ルシアナ、階段から突き落とすわよ。クロヴィス様、次に可愛いと言ったら、尻尾の毛を毟りますよ」
私は苛々した。
私が何を言おうが、公爵家の人々が好意的に捉えてくるのにはもう慣れていたけれど、それをいちいちクロヴィス様に通訳しなくて良い。
私はクロヴィス様とルシアナと共に二階にあがり、扉の並んだ通路を歩く。
中央の大階段から、右に六部屋、左に六部屋と棟が分かれていて、通路の両面に三枚ずつの扉がある。
私の部屋は、左の奥。
向かって左手の、よく磨かれた木の扉の先にあった。
ルシアナが扉を開き、私たちは中に入った。
クロヴィス様は一瞬扉の前で立ち止まったけれど、何故かやや緊張した面持ちで私たちに従った。
扉の前で待機していたルシアナが、静かに扉を閉める。
私は部屋の中で腕を組んで立つと、ぐるりと中を見渡した。
家具と備品は備え付けで、必要なものは先に使用人に命じて届けさせてある。
部屋に入ってすぐに、リビングルーム。質の良い丸テーブルと、椅子が二脚。
リビングルームから奥に扉が二枚。
ひとつは主寝室、もう一つはやや簡素な客間になっている。
侍女を連れてくる者も多いため、侍女用の部屋として使用できる作りのようだ。
手前の扉は、浴室などがあり、リビングルームの奥には炊事場もある。
昔はもっと不自由な作りだったようだけれど、学園に通う貴族たちから文句が出て、先頃全面的な改装が行われた。
なので、家具も壁も真新しく、便利な作りになっている。
私はリビングルームで直立不動で動かないクロヴィス様を放っておいて、リビングルームの端にある壁一面を覆うぐらいに大きなクローゼットを開いた。
「あったわ! 出来てたわ、制服よ、ルシアナ!」
中にかかっている制服を取り出して、私は自分の体に合わせながらルシアナに見せた。
採寸して作った制服は、直接寮にとどく手筈になっていたので、まだ着ることができていない。
王立魔道学園の女子制服は、可愛いことで有名だった。
魔道学園に通う生徒のみが着用を許されるのだけど、高値で裏取引されるほどに人気があるらしい。
私のお母様なども時折昔の制服を引っ張り出して着ては、「リリーナたん、なんて可愛いんだ!」などとお父様を喜ばせている。
痛々しいので、私は見ないふりをしている。
「リラ、制服がそんなに珍しいのか?」
不思議そうにクロヴィス様が聞いた。
「はい。我が家では採寸のみにしていましたので、まだ袖を通してないんです。なにせ、お父様に見せたくなかったので」
「ネメシア公爵に? 何故だ?」
「それは……、無駄に、喜ぶのが腹が立つので」
制服を着た私に、「リラたん、天使!」などと胡乱なことを言いながら、お父様が抱きついてくるのが嫌だったので。
「クロヴィス様、ルシアナ、にやにやしないで。窓から吊るすわよ」
無言で顔を見合わせて、にやにやする二人を私は睨んだ。
それから、あらためてクロヴィス様の姿をまじまじと見る。
女子生徒の制服は、膝下までのスカートのある紫色の、ワンピースとローブを混ぜたような形をしている。
魔法の訓練に耐えうるように、耐熱性に優れた丈夫な作りだ。
首元の赤いリボンが可愛らしい。
クロヴィス様が着ているのは、男子生徒の制服である。
あまり興味が無かったので今気づいた。
こちらも深い紫色で、魔導師用のローブを変形させたような作りだ。
裾は膝下まであり、クロヴィス様の場合は尻尾が外に出るように、裾に切れ込みが入っている。
「クロヴィス様の制服姿、そういえば、初めて見ました」
「そうだったか?」
「はい。一年前、学園に入学されてからお忙しくて、滅多に会わなかったでしょう? 態度もおざなりでしたし、だから私はてっきり浮気かと」
私は両手に真新しい制服を抱えながら言った。
クロヴィス様は口元に手を当てると、白い顔を更に白くして、あれよあれよというまに、私の前に這いつくばって、あろうことか土下座をした。
これは、どうみても。
御乱心である。
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