青を切り裂く

えんがわなすび

青空に

 噎せ返るような人混みの中、親の帰りを待つ雛鳥のように空を見上げていた。

 白い雲がゆっくりと糸を巻くように流れていく青空にいくつもの機体が旋回している。赤、青、橙。踊るように舞う飛行機の操縦席で、ゴーグルを付けたパイロットが地上に向かって手を振っている。それを見た周囲の人間がわっと歓声を上げ、世界が揺れるような波が生まれた。

 俺は溜息を吐いて、肩からずり落ちそうになった筒状のバッグを引き上げる。


 今日が何の記念日だかは、もう忘れてしまった。都会の観光地に集まった何万人の集団は一様に空を見上げ、歌い踊り、声を上げて讃えている。誰かの肩がぶつかり、手に持っていた珈琲がぱちゃんとアスファルトに溢れた。

 かさの減った紙コップをぐしゃりと握り潰し遠くに投げる。それは黒々と蠢く人の上を綺麗な放物線を描いてどこかに消えて見えなくなった。

 その時、頭上でゴッ! という風の悲鳴が聞こえ、一際低空を飛んだ飛行機が地上に影を落とした。ワーッともキャーッともつかない歓声が耳をつんざき、俺は衝動のままに踵を返し走り出した。パイロットと目が合ったんだ。


 交差点、蠢く群衆、煩いくらいの機体から反射する光を抜け、寂れた廃ビルに転がり込む。ヒビの割れた階段を駆け上がり、爆発しそうな鼓動を階下に置いて屋上へと出た。

 真っ青な空に赤と青と橙がチカチカと踊り狂っている。俺は乾いた唇を一度舐める。

 肩に掛けたバッグを下ろし、中から顔を出した硬い感触に酷く安堵した。太陽光に黒光りする、特性のランチャーだ。

 肩に担いだそれのずしりとした重みに目眩がしそうだった。スコープの中では羽虫のような機体が光に群がるように往来している。身体の芯を持ち上げるような風が屋上に舞い上がり、俺はトリガーを引いた。


 ドッ! という衝撃に遅れて爆発に似た発破音と共に白煙が空を切る。

 俺が放ったランチャーは群衆の頭上を抜け、ループをかけようと上昇した機体を撃ち抜いた。一拍遅れて世界が揺れるような波が身体を襲う。

「はっ」

 ビリビリとした鳥肌がひっくり返るような高揚感に、ぞわりと心臓を撫でられる。俺は笑っていた。

 眼の前では焼け付くような青い空を真っ直ぐ切り裂き、黒煙を上げて飛行機が墜ちていった。

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青を切り裂く えんがわなすび @engawanasubi

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