第219話 妹 (マリー視点)

話を終えた私は深く頭を下げて部屋から出た。


呼吸を整えてニヤつく顔を何とか繕おうとする。


兄さんに会えた!


その喜びでずーっと声が上ずっていなかったか心配になる。


あのルイという人は確かに前世の兄そのものだった。


喋り方、仕草、癖。十数年間も一緒に育ってきたからそれぐらいは見抜ける。


本来は無いシチュエーションだが、物語を崩してでも来た甲斐があった。



この世界に転生した私は最初は戸惑った。


殺されたはずなのに気付いたら海外の貴族の様な部屋にいて、外見も見覚えのない少女になっていた。


最初は夢かと思ったけど、何回寝ても覚めない。


そこで初めて転生したと気付いた。


私は転生というものを兄さんの影響で知った。


兄さんが自殺してしばらくして私宛に大きな荷物が送られてきた。


どうやら私へ兄さんから送られてきており、中身を見て驚いた。


駅を通り過ぎる時に本屋さんの前に置いてあるような可愛らしい表紙の本。


私はそのような本を読ませてもらったことは無く、興味本位でバレないように読んだ。


最初はその幼稚な(よく読む文芸作品に比べて)内容だと思ったけど、少しずつハマっていった。


何故兄さんがこれを持っていて読んでいたのかがよく分かる。


堅苦しい世界しか知らない私にとって、新しい風を吹かせてくれた。


軽くて読みやすく、物語への没入感もある。


その後は親に隠れながら同じ様な本を買っては読んでいた。


気付いたらライトノベルというジャンルは私にとって身近なものとなった。


だからこそ、兄さんから貰ったあの本の世界に転生したのだとわかった。


しかも悪役令嬢として。


最初はこの後どうすればいいのか迷った。


リリスと関わるのをやめたり、上手く立ち回ったり。


でも、それじゃあ物語は回らない。私はあくまで脇役でしか無く、与えられた仕事をしなくてはならない。


気付いたら悪役としてリリスを追い出した。


セリフも行動も原作通りにできた。


私は結局歯車としてしか生きていけなかった。


前世からも変われずに、自分の意思を何だかんだ出せない。



そしてそれから数年。


私は最低限の教養と最低限の力を手に入れた。


全てはリリスにざまぁされるため。


それが私に与えられた役割だから。


だけどそんな時、学園でリリスがボコボコにされたという情報があった。


耳を疑った。そんなこと原作にはなかったはず。


入学までに情報を集めてみると聞き覚えのある三人の名前が浮上した。


ルイ・デ・ブルボン、アルス、レーナ。


ルイはリリスの敵として幾度も邪魔をする典型的な悪役貴族。


アルスとレーナはスピンオフ作品の主人公とヒロインのはず。


なのに彼らは一緒に行動をしている。


おかしいと思った。そしてもっともっと調べていくうちに、ルイが転生者なのではないかという結論に至った。


ルイが発明した魔法はどれもこの世界では使えないとされているもの。


だけれど転生者なら生み出せなくもない。


アルスとレーナも疑ったが、決定的なものは無かった。


半信半疑で一年を過ごしていた。


ルイたちが留学した後も情報集めは欠かさなかった。



ルイが兄さんではないかと考え始めたのは、留学先での数々の事件を聞いた時。


どう考えても破天荒すぎる。


テンプレ的な「何かやっちゃいましたか?」ではなく、「僕がやりましたよ!」と明らかに意図的である。


その行動も兄さんと似ていて周りを考えず自分がしたいことをする。そして誰よりも家柄に固執している、典型的な貴族。


でも、どこか情け深い所もある。


そんな転生者、世界広しといえど兄さんぐらいしかいない。


妹としての勘が確信へと変わっていく。


でも、分かったからと言ってじゃあどうしようかと考えていた。


そんな時、私がリリスに決闘で負けるというシチュエーションがきた。


私はもちろんわざとやられた。


それがこの世界のためだからと分かっていたから。


でも、やられた後不意に体の重みが取れた。


今までこなしてきた役割が一段落したからかもしれない。


すると何だか兄に会いたくなった。


それが自分の抱えていた望みであったから、その想いが強くなったのだ。


そして今日、こっそりと社交界に参加した。


久しぶりに会った兄さんはいつも通りの傲慢さ。


でも、前世で最後に会った時よりは元気で楽しそうだった。



私は少しずつ、兄さんと交流して行くと決めた。


まあ、まだ気付かれてはいないみたいだけど!

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