第210話 前世 (◯✕視点)
某世界の某国の首都にて。
高さ数十メートルの超高層ビルが立ち並ぶ中、一際目立つお屋敷があった。
まるで都市公園のような広々とした敷地面積を誇るその豪邸の一室で。
私は机に向かい、大学の卒業論文に追われていた。
一万字ほどを書き終えたところで、私はパソコンを閉じて大きく背伸びをする。
すると突然、一人の男の子がノックもせずに私の部屋に勢いよく入ってきた。
「◯▢!また逃げてきたの?」
「だって、お祖母様は厳しすぎるんだよ!」
クリッとした可愛らしい目に父親譲りの茶髪。
「どうして私の部屋に来るのよ?」
「だって◯✕おばさんの部屋は隠れやすいんだもん!」
「誰が、おばさんだ!!!私はまだ二十二よ!」
そう睨みながら言うが、飄々とどこ吹く風の甥っ子。
もうすでに八歳か。時が流れるのはほんとに早いと感じてしまう。
「兄さんが死んでもう六年経つのね」
目の前の少年が生まれた時には私はまだ中学生だった。
それが今じゃ私は大学卒業間近で、甥っ子は既に小学生。
「ねえねえ、◯✕姉ちゃん!」
「お、今回はしっかり言えたわね!何?」
「お父さんの話をまた聞かせて!」
彼のお父さん、つまり私のお兄さん、の話か・・・
「どうしてそんなにいつもいつもお父さんの話を聞きたいの?この家ではいつもお父さんの悪口ばかり聞いているでしょ?」
「お祖母様もお祖父様はいつも同じ事しか言わないんだもん!つまんない!」
『能無し』或いは『家の恥晒し』、か。
「でも、いろんな人の意見を聞かないと間違った知識を身につけてしまう、って学校で先生に習ったんだ!」
「それで私に?」
「うん!だって◯✕姉ちゃんはお父さんのこといっぱい知ってそうだし」
私はあの両親に囲まれながらも、しっかりと公平な判断のできる子供になった甥っ子の頭をワシャワシャと撫でてあげる。
まんざらでもなさそうに体をくねらせる少年を見つめながら、私は兄のアルバムをめくるように答える。
「そうだね、じゃあ兄さんの性格の話をしようか!」
「父さんの性格?」
「うん。兄さんはね、とにかく傲慢な人だったわ」
甥っ子は、さも聞き慣れているとばかりに露骨に顔を顰める。
「それ、お祖母様にも聞いた!」
「そうね、あの人なら耳にタコができるほど言うと思うね」
それだけ両親と兄の関係は終わっていた。
「でも、事実傲慢な人なのよ」
「ねえ、◯✕姉ちゃん!”傲慢”って何?」
・・・まずそこからか。
「傲慢な人っていうのは、人を見下すような態度をする人のことを言うんだよ」
「へぇ〜〜〜、そうなんだ。じゃあ、父さんは悪い人?」
「う〜〜〜ん、少し合っているけど別に悪人じゃないよ」
私は少し慎重に言葉を選ぶ。
「昔からあんな両親に育てられてきたからそう育ってしまったの。でも、昔の偉い人もあんな感じの人が多かったのよ」
「へぇ〜〜〜」
「だから、今の人から見たら、よりいっそう傲慢で悪い人間に見えてしまう。たぶん、生まれてくる時代を間違えてしまった運が悪かった人なんだ」
甥っ子は私の言葉に首を傾げる。
難しかったかな?まだまだ子供だしね。
「私から見て、兄さんはとても孤独な人なんだ」
「孤独?」
「まあ、可哀想な人っていうべきかな」
親の期待という重圧を受けて潰されそうになった結果、悪い方向に性格がねじ曲がってしまった。
もし、普通の家庭に生まれていたらもっと違った人格に、もっと幸せな人生であったかもしれない。
「じゃあ、父さんは独りぼっち?」
「そうよ。兄妹関係は悪くなかったけど、私と性格が正反対だからあんまり話すこともなかったのよ」
だから兄さんの苦しみを理解できなかった。
「ねえ、誰も教えてくれないけれど、どうして父さんは死んじゃったの?」
「それは・・・」
まだ子供の甥っ子に、父親が自殺しただなんて言えない。
「お父さんは、重い病気だったのよ」
「そう、なんだ」
私は嘘を教えることしか出来ない。
「あ、そうだ!兄さんの少し変わった点を教えてあげる!」
私は暗くなりそうな話題から話を変える。
「兄さんって、一人称は”僕”なんだよ」
「いちにんしょう、って自分の呼び方?」
「うん、そうだよ」
「それが、父さんは何なの?」
「たまにね、”俺”っていう一人称を言う時があったのよ」
本当に、たまに、だ。
両親の前では全く見せない、自分の本音言う時にだけよく”俺”を使っていた。
兄さんにとって、”僕”という一人称は本音を隠す時によく使うものであったのだろう。
だけど、実は私も詳しく知る由もない。
だって、兄さんにそのことを直に確認したことはないからだ。
ふと時計を見ると、既に午後一時を回っていた。
「◯▢、私はそろそろ大学に行かないといけないのよ」
「え〜〜〜、もっとお話しようよ!」
甥っ子はそのクリッとした可愛い目で私を見つめてくる。
私は抱きしめたいのをグッと堪えて、支度をする。
「お母様は基本的にこの部屋に入ってこないから、好きにしてていいよ」
「本当!?」
「ただし、あの段ボールに入っている物は見ないでね。兄さんから貰った大切な形見だから」
私は部屋の隅に置いてあるボロボロの段ボール箱を指差す。
「うん、分かった!」
元気よく返事をする甥っ子を残し、私は部屋を出る。
玄関を向かう途中、お母様とすれ違う。
こちらに一瞥もくれずにスタスタと歩いていく。
そのまま私は執事の△▽に車で大学まで送ってもらった。
・・・・・・そしてそれが、前世での甥っ子との最後の会話となった。
―――
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