第166話 日常 (アルス視点)
気絶したテラを医務室に運んだ自分は近くで見守っていた。
しばらくして、テラが目を覚ました。
「あれ、ここは・・・?」
「ここは屋敷の医務室だよ」
「ニャー?なんで?」
「さっきの戦闘訓練で大きく体力を削ったからだよ。それに、たぶんその義手の戦闘モードも影響している」
自分はテラの両手を見ながら答えた。
「そうなんだ。!!!そう言えば、どうしてニャーの攻撃は通じなかったの?」
自分から切り出そうと思っていた話を、先にテラが聞いてきた。
「そうだね。それを理解すれば大きく成長できる」
テラの動きは悪くはなかった。
自分は今、オールドさんやセバス、レーナ、ルイ兄様と普段から訓練しているから対応できたけれど、数年前の自分なら普通にやられていた。
「テラの攻めは、二段構えの攻撃だったよね?」
「そうニャ。ナイフを投げて相手の意識を一瞬そちらに持っていかせる。その間に距離を詰め、相手に生まれた隙をこの義手の戦闘モードで攻撃する」
「いい作戦だったと思う。テラに義手の戦闘モードがあることは自分も頭の片隅に入れてはあったけど、それでも反応が遅れたし」
これがもし実戦で義手の秘密を知らなかったなら、本当に、ギリ攻撃をかわせるかかわせないかだったろう。
「だけど、もっと強い相手と戦った時、それでは簡単に対処されてしまう」
「そうなの?」
「うん」
実際、オールドさんやセバスさんは自分の攻撃をいとも簡単に捌くことができる。
とくにオールドさんは自分より強いルイ兄様の攻撃さえ瞬時に理解し、その先を読む。
「だから、強い相手と戦うには、二重、三重、四重にも仕掛けないとダメなんだ」
先の先の先まで読まないとダメだ。
そして、相手の意表をつく、相手の予想を裏切る攻撃でなくてはならない。
「・・・それは分かったけれど、でもどうしてニャーはそこまで訓練しなくちゃいけないの?アルスよりも強い相手とニャーはいつか戦う時でもあるの?」
テラが至極まっとうな質問をしてきた。
「まず、最初の質問だけど、それがルイ兄様の命令だから、というのが理由。あと、これは個人的な理由だけど、テラにまたあんな目にあって欲しくはないから・・・」
「ニャーが?」
「そうだよ」
恥ずかしかったが、正直に自分はそう答えた。
「え、えっと、それから、二番目の質問だけど。別に今後、テラが強者と戦うことを具体的に想定しているわけではない。そうではないけれど、そういう強い敵を想定して訓練を積んでおくからこそ、実際の戦闘場面では冷静に対処できるんだ」
もちろん、油断はしない。しっかり自分の思い通りに相手を動かす。
これさえ意識すればどんな相手とでも戦える。
そして、これは今は、テラに話すことではないけれど・・・
もしも万が一、あのリリスがルイ兄様の手に余ってしまった時には、自分たちも加勢し、何としてでもこの手で倒さなければならない。
その時、敵はルイ兄様よりも格上。
そうした事態も想定して今から準備をしておかなければならない。
あのリリスの精霊術・・・今の自分ではとうてい勝てない。
だからこそ・・・
「テラ、自分ももっと成長したいから、訓練に付き合ってくれないかな?」
「もちろん、ニャ!!」
テラは大きく頷いてくれた。
こうして自分たちの練習が始まった。
テラが戦闘訓練を受け始めて早二ヶ月。
学校では大きな動きも起きず、夏休みに入り、それももうすぐ終わろうとしていた。
今年の夏休みは父上が忙しいということもあり、公都に帰ることもなくアメルダ国内を軽く観光するくらいであった。
夏季休暇中もレーナと自分はコツコツと仕事をこなした。
この国の政財界を中心とする要人の「弱み」も順調に集まってきており、徐々にブルボン家の影響力も増してきている。
ただそれにしたがい、ルイ兄様の「悪評」も広がっているのだが・・・
自業自得な面があるので、それはやむを得ないかもしれない。
ルイ兄様本人も特に気にしていない。
ルイ兄様の悪い噂は学校内でも変わらない。
学校の裏会議では、ルイ兄様をどう貶めるかに関して生徒たちが相変わらず議論を続けていたが、特に進展はみられない。
・・・そんな何も無い日々が続いていた。
まあ、正確に言えばまったく何も無いわけじゃないけれど。
例えば、ルイ兄様を狙いにちょくちょく暗殺者が屋敷に侵入してくるが、自分やレーナ、最近ではテラも一緒になって始末している。
そう言えば、最近のテラは以前に比べて笑顔が増えてきている。
過去の話も少しずつしてくれるようになったし、日常の出来事も楽しそうに話してくれる。
テラとは同い年ということで自分も話が合うし、一緒にいる時間も多い。
テラに早く会いたい、そう思ってしまう時間が日増しに多くなっている気がする。
もしかすると、自分は・・・・
「アルス、何ぼーっとしているニャ?」
「あ、ごめん!テラのこと、ちょっと考えていて・・・」
「ニャ!?」
思わずポロリと言ってしまった!
「あ、いや、今のは忘れて!な、何でも無いから!!」
柄にもなく、慌てて否定する。
気恥ずかしさで、気まずい沈黙が流れる。
「テラ!」「アルス!」
この空気を変えようと声を掛けようとし、二人の声が重なった。
「テラからでいいよ!」
「うんうん、アルスからでいいよ!」
お互いが譲り合う。
「じゃ、じゃあ、ニャーからでいい?」
「う、うん!」
「え、えっと―――」
「ルイ様のお通りだぁぁぁ!!!」
テラが何かを話そうとした丁度そのタイミングで、ルイ兄様が練習場の部屋の扉を思いっきりドカッーと開けて入ってきた。
「ん???何だなんだ?おいおい、お前ら、獣人たちが盛っているのか!?」
自分たちの空気を察して言った。
でも、ルイ兄様はもともと空気を読む人間ではない。
「まあ、いい。それより今から、奴隷テラの試験を始める!セバスと戦え!!」
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