第82話 餌、いや養分 (アレックス視点)
「カエリウス兄上があのルイ公爵令息を呼んだだと!それは本当なのか!?」
入学から約一ヶ月経った頃。
突然そんなことを聞かされた。
その日はいつものように放課後の自主練を軽く行い、帰ろうとしていた。
いつものようにウザく女子たちに囲まれていた俺に、一人の生徒が教えてくれた。
その生徒の言葉で周りがシーンと静まりかえる。
無理もない。
次期皇帝争いは今、学園に在籍している全ての生徒の将来に関わること。
それがどれだけ重要な情報なのかは、貴族の子弟であれば当然理解できることだ。
「殿下!?」
「・・・俺には関係のないことだ。帰るぞ!」
俺は群衆をすり抜けて校舎を出る。
日は傾きかけていて、オレンジ色の夕陽が顔を照らす。
「あ、アレックスくん!私も今ちょうど終わったんだ!」
俺に駆け寄って話しかけてくるのは、
不思議な人だ。
彼女は平民ではあるが、仮にも皇子である俺に対して気軽に話しかけてくれる。
お茶目なところがあり、たまに一人でぶつぶつと喋りだしたりもする。
無詠唱のような魔法を使い、剣術にも秀でている優秀な生徒だ。
「ん?どうしたんですか?」
じっとしていた俺の顔を下から覗き込むリリス。
不思議そうに首を傾げる。
「い、いや、何でもない」
そんな可愛らしい仕草に不覚にも顔を赤らめてしまい、顔を背ける。
「そうですか!じゃあ、早く帰りましょ!」
リリスが前へと歩きながら言う。
つられて俺、そして後を追ってきたハンネスとフレッドの四人で帰る。
これが俺の日常だ。
学園からそのまま王宮へと帰った俺。
一応皇子である俺は、王城の麓にある王宮に住んでいる。
と言っても父上や兄上達と違って王城から離れた隅の方。
入口から結構歩かなければならず、そこでよく兄上達に会っては暴言を吐かれる。
そんな地獄が待ち受けているかもしれない長い長い廊下を歩いている俺は、ずっと帰宅時のあの話が頭の中にこびりついている。
あのルイが果たしてカエリウス兄上に付いたのだろうか?
そうなると、皇帝継承争いは一気に第二皇子派へと傾く。
だが、そう上手く行かないということも予想できる。
大貴族があまり関わらないようにしているのを知っているし、何よりあのルイのことだ。
俺自身も当てはまるが、母親の家柄が彼より低いカエリウス兄上の軍門に下るとは思えない。
とはいえ、実際にどう動くかは分からない。
俺の今後の行動もあるし・・・
どんどんとモヤモヤしてくる。
どうなったか早く知りたい。
そう思っていると、意外にもすぐに知ることができた。
「くくく、哀れだな。貴様のような側室の子が引き込めるわけ無いだろ。馬鹿だな」
「ぬっ、黙ってください。まあ、いようがいまいが変わりません。勝ち誇ったような顔をしていらっしゃいますが、あいつは貴方のところにも付かないと言っていましたよ」
「な、何だと!ふっ、だが、まだ話す価値はある」
廊下を曲がる手前で、そんな話し声が聞こえてきた。
恐る恐る廊下の角から覗いてみると、兄二人が相対していた。
カエリウス兄上は顔を真っ赤にし、先程から悔しそうに地団駄を踏んでいる。
弟のその様子を嬉々とした表情で見ていたのは、王妃の嫡男にして第一皇子、モハッド・ド・フランシーダ。
兄弟の中では体格がひときわ大きく、がっしりとした体躯をしている。五歳歳上で、髪色は僕と同じだ。
だが、兄弟の中で何と言っても違うのが、服からはみ出しそうなそのお腹だ。
体格はいいのだが昔から暴飲暴食を繰り返してきたため、全体的にぽっちゃりとした見た目だ。
性格はルイと似た面があり、僕が苦手とするタイプだ。
「残念だったな。ブルボン公爵家を取り込めなくて。ほ・ん・と・う・に、残念だったな。くくくくく」
押し殺したように笑い、そのたぷたぷとした腹を揺らす。
「いい加減黙ってください」
会話の途中からであったが、要するにカエリウス兄上はルイを取り込むことに失敗したようだった。
それにしても、凄い場面に出くわしたものだ。こ
この国の未来を左右する争いの中心人物二人の話が、直に聞けるのだ。
俺は耳をそばだてる。
「まあ、地方貴族はどうせ介入しないのだ。それよりもあいつはどうする?どっちが取り込む?」
「あいつ?ああ、アレックスのことか」
突然話が俺の事になり、体がビクッとなる。
「そこそこ優秀だし、貴族の子息ともつるんでいるようだが・・・まあ旨味は薄いな」
「そうだな。だが、手放すのも嫌だな。上手く使えるだけ使うのが妥当だろう」
「ですね。僕が頂きますが」
「何を言っている、あいつは俺の餌だ!」
「いいえ、僕の養分ですよ!」
そんな兄二人の言い争いを聞いてはいられなくなり、俺は長い廊下を引き返した。
もちろん傷つきなどしない。知っていたし、理解もしていた。
結局、俺は駒でしかない。
使い捨てられて終わる人生なんだと。
それでも、どこかで受け入れられない自分がいた。
俺は、どうして生きている!
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