第81話 他人事苦難


話し合いを終えた僕は、教室の外へと出る。


「話し合いが終わったの?」


外で待っていたナータリが食い気味に聞いてくる。


彼女にとって、とても重要なことなのだろう。


「ああ、終わったぞ」

「で、どんな条件で付いたのよ?」

「はぁ?!断ったぞ」


こいつ何を言っているんだ?断るに決まっているだろう。


「・・・へぇ?え、第二皇子派に付かないの!ど、どうしてよ!」

「なんでお前に教えなきゃいけないんだよ」


て言うか、自分で考えろ!


「いや、普通に考えたら付くでしょ!貴方だったら簡単にナンバー2になれるし、この次期皇帝争いに将来的に巻き込まれるのは必須でしょ」


その言葉にアルスが首を振って代わりに答える。


「まず、前提としてブルボン公爵家はここ数代の皇帝争いには介入していません」

「!確かにそういう事は聞いたことがあるわ!でも関係なわよね!」

「いいえ、関係が大いにあります」

「じゃあ何で介入しないの?」


今度はレーナが分かりやすく説明をする。


「地方で力を付けている貴族にとって政争というのは厄介なのです。折角、勢力を伸ばしてきたというのに、仮に中央政界で負けた陣営に入っていた場合、なんやかのと理由を付けられ領地を没収される可能性がある。そうなると元も子もありません」

「でも、その分、勝つ陣営に付けば見返りも大きいじゃない!」


ナータリの質問に、アルスが答える。


「いえ、そんなことはありません。よっぽどの交換条件を交わしていない限り、要職は勝利者の周囲の側近が就きます。地方貴族は領地経営で忙しくてなかなか中央の仕事ができませんから。では、見返りは何になるかというと領地です。でも、皇帝になった者にとって領地を多く持つ大貴族は厄介な存在なのです」


反乱などされてしまえば自分の地位が脅かされかねないからね。


「だから、与える領地にしても厄介な、何か問題を抱えている面倒な場所になる。そこまで分かっていても付くと思いますか?」

「・・・思わないかもね」


ナータリが答える。


「フットナ侯爵家は領地を持たない中央貴族ですよね?」

「ええ、ウチはそうよ。分家は持っているけど」

「中央貴族の収入は、国から貰えるお金。いい役職に就けばより多く給料も貰える。だから中央貴族は何としても勝馬に乗らなければならない。中立を保っていては、良くても現状維持にしかならない」

「その通りよ。中央貴族にとって次期皇帝争いは、言わば家の命運を賭けた一大事。だからこそ皆んな必死なの」


ぷっ、哀れだな。


「ルイ様、それは失礼ですよ」

「そうですよ、ルイ兄様」

「何となくあんたの表情が読み取れてきたわ」


そんなに分かりやすいのかよ!


「とりあえず、領地を持つ地方貴族にとっては、あまり関わりたくない事柄なのです。それぞれの派閥陣営の側にしても、地方貴族は軍事力も持っているから、敵対しないだけマシと考えていますよ。もちろん、誘いはすると思いますが」

「理由は分かったわ。でも、やっぱり疑問もある。そういう大貴族は権力とかに興味無いの?やろうと思えばブルボン公爵家だって傀儡皇帝を作り出せるんじゃない?」


声を潜めてナータリがさらに問いをぶつける。


「ブルボン家が争いに関与しなくなったのはつい数代前から。それ以前は、たまに関わっていたらしい」

「どうしてやめたの?」

「簡単だ。これ以上見返りが望めないからだ」

「???」


首を傾げるナータリ。


「考えても見ろ。ブルボン公爵家の領土と今の役職を考えたら、どの貴族よりも多く持っているのだぞ。これ以上を望みたくても、逆に反発されるのが落ちだ」

「それもそうね」


たまたま侯爵家を潰したことで領地が増えたが、それは実は異例のこと。


結局、皇室としてはあまり一貴族に権力をあげたくないのが本心だ。


それを理解しているからこそ、うちの先祖も後継者争いにあまり介入しなくなった。


「はぁ〜〜〜分からないわ。その歳で領地を経営していて、無詠唱魔法も聖級魔法も使えるのに権力を欲しない。でも性格は典型的な家柄、身分、血筋第一主義の貴族。貴方のことが本当にわからないわ」


そのナータリの言葉にアルスとレーナが深く頷く。


「僕を馬鹿にしているのか!」

「そういうわけじゃないわよ。ちょっとズレてるなと思っただけよ」


くるくるした髪の毛をいじりながら下を向く。


「はぁ〜私はどうしたら・・・もう、はぁ」


と、しきりにため息をつくナータリ。


その顔をよく見てみると、入学時に出会った時よりやつれており、目の下には隈も見える。


それに、さっきまでため息ばかりついていたかと思えば、今は、うつむいてぶつぶつと何やら呟いている。


不気味に思った僕はレーナに耳打ちをした。


「なあ、何であいつ、あんなにやつれているんだ?なんか病んでるのか?」


そう聞くと、レーナが驚いた表情で見返してくる。


「ルイ様が人を気遣うなんて・・・」


まるで、人の心を理解できない奴みたいな言い草じゃないか。


僕はただ、身分の下の奴らの気持ちなんか興味がないというだけだ。


「で、何であんなにやつれている?」

「分かりませんか?」

「ああ。逆に何故お前が分かる」

「一応同じような境遇ですし、度々相談にも乗ってるからです」


同じ境遇?身分が完全に違うというのに?


「それにしてもレーナ。お前、ナータリの相談に付き合ってあげているのか。会った時は、ずいぶんとワガママそうなお嬢様かと思っていたが」

「まあ、近くでルイ様の言動を見てれば、根がまともな人間ならば、ワガママな性格も自ずと治りますよ」

「おい、それはどういう意味だ!?」


まるで僕が反面教師となっているみたいじゃないか。


「話を戻しますが、質問は何で彼女があんなふうになっているかですよね」


話を逸らされたが、まあいい。後でたっぷり聞いてやる。


「ルイ様は知りませんか?ナータリの家、フットナ侯爵家は第二皇子派ですよ。ですからただせさえ我々の派閥に入って家で色々と肩身が狭い中で、今回の行動です。ナータリは、どんどん家に帰りづらくなっていますよ」


なるほど、魔法の名門家だけに第二皇子派か。


だからこそ今回の僕の行動に変な期待をしていたのだな。


あんなに執拗に理由を聞いてきたのもそのためか。


「まあ、残念と言うしかないな。完全に墓穴を掘った時点で苦難は始まったんだ」


僕には関係ないことだ。


レーナは僕の言葉に苦笑いを浮かべるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る