第6話

 それからの美智子の行動は早かった。

 親戚に連絡をとり、自分が動けなくなったときのために訪問看護の支給認定の手続きを聞きに市役所に行き、エンディングノートとやらを作って相続のことや保険金の整理をしていった。


 私にはどうしてあんなにも先を読むのが得意な美智子が病気のことを予期できなかったのだろうかと不思議に思ったが、その疑問を察してか、こちらが尋ねる前に「自分のことなんて一番わからないもんなんですよ」と言われてしまった。


 積極的な治療は行わなかった。

 癌はもうすでに他の臓器を蝕んでいたし、年齢的にも手術は現実的じゃなかったからだ。

 病院をいくつか回ってみたが、どこの医者も言うことはほとんど同じだった。


 美智子の淡々とした口調はあまり変わらなかったが、日に日に痩せていく姿を目の前に、しかし私は何もできず、できるだけ美智子に心労をかけないようにいつも通りの生活を送るしかなかった。


 ある日、遠方から息子たちが日程を合わせて帰ってきた。

 それぞれ美智子とは病気が発覚してから仕事の合間をって電話でよく話していたようだったが、どうにも2人とも直接母に会いたくなったらしい。


 管理職にもなっている年齢なのに、まだ子供の時のように母親のことが心配なのだ。

 

 久々に家族4人で夕飯の乗ったテーブルを囲むと、不思議と昔に戻ったみたいに感じられた。

 まだ2人が小さかった頃の思い出話が続き、楽しそうに笑顔を作る美智子の姿を久しぶりに見ることができた。


 ひとしきり話が終わった後、 上の息子が心配そうに「なぁ母さん、父さんと2人で困ってないか?」と尋ねた。


「困ってないわ。どうして?」

 その質問に、息子がなんと答えるかを知っているような落ち着きぶりで、しかし美智子は聞いた。


「どうしてってそりゃ、父さん口下手だろ、会話してるのかなと思って」

「それに優柔不断だしな」

 下の息子もそれに乗じて私のことを軽く罵った。


「2人ともそんな風に言うもんじゃありませんよ」

 美智子がたしなめたが、私は「悪かったな、口下手な上に優柔不断で」と悪態をついた。

 

「ほら見てごらんなさい、拗ねちゃったでしょう」

「拗ねとらん」


 息子たちと美智子は顔を見合わせてにまにまとしていた。


「お父さんだってね、別に好きで悩んでるわけじゃないのよ。人よりも物事に真剣に向き合う分、いろんな可能性を考えてくれているだけ。だからほら、もう昔の話だけど、毎年皆で山の上に花火を見に行ってたじゃない? あなたたちが小学生の頃、花火大会の日まですごく雨が降り続いてた年があったでしょう? お父さんが行くかどうかで迷ってなかったら、きっと途中の山道で土砂崩れにあって今頃私達ここにいないかもしれなかったのよ」


「そうだっけ。あの時母さんが『危ないからやめよう』って決めたんじゃなかったっけ」

「私は初めからそう言ってたわよ。でもね、お父さんは、最後まであなたたちの楽しみを守ろうとして悩んでくれていたのよ。ね、あなた」


「そうか? そうだったかな」


 つくづく、私の考えていることは読み取られている。

 しかしきっと今まで私はこうして何度も美智子に救われていたのだろうな。


 コイツがいなくなった後、私は1人で生きていけるのだろうか。

 むしろ美智子を差し置いて自分だけ生きていてはいけないのではないだろうか。

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