天使は記憶喪失

この世界には時折、異世界人が来る。

話を聞くところによると、というらしい。

見た目はこちらの姿で中身が違うという。

異世界人の話は多岐に登る。食べ物の話から動物、考え方などの違いから、こちらのように国が分かれていて礼儀作法や常識に至るまでが全く違うなど。こちらの世界とも違う。……実に興味深かった。

だが、異世界人に会った人間はいても、実際に会ったことがない。

(会ってみたいものだ)


……願いが叶ったかはわからない。

けれど俺は、狩りの最中にひとり深い場所に来てしまった。道はわからなく無いが、何かに導かれるかように馬を一歩一歩進ませた。

ふっと開けた場所に天から光が差している場所を見つけた。……そこには、使と見紛うばかりの少女が大きな切り株に横たわっていた。

(これは天命だろうか? )

自分の髪と似た色をした少女を抱き抱えると、光がふっと消えた。辺り一面真っ暗になった。

無言で馬を駆り、真っ直ぐ城に帰ったのだ。

「陛下! まさか婚が……」

「違う。森に一人で意識なくいた。世話を頼む」

「は、はい……」



ーーーだが、我が使は目覚める気配がない。



•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。


フワフワとした感覚、まるで浮いているような無重力状態。苦しくはない。

俺は、視線を。

瞳を開け、体を起こして確認したい。

その視線の主を。

女性だと確信していた。

しかし、必死に願えども瞳を開くことが出来ないのだ。


٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。


ハッと目覚める。

「またあの夢か……」

のろのろと起きると部屋を出てある部屋に向かう。


ーーーコンコン


今日も返事がない。

静かに扉を開ける俺の目に飛び込んできたのは、懇々と眠り続ける10ほどの少女。

「どういう、ことだ? 」

連れ帰ってきてからまだ4日ほどしか経っていない。その中で倍近い年齢になるなど有り得ない。

「やはり、なのか? 」

(異世界人の話にもこんな話は聞いたことがないが)


……そして1週間が経った今日、目が覚めたと通達が来た。

前々から皆には一時的に娘として扱うように、様々なサイズの衣服を用意するようにと伝えていた。いつ目覚めていいように皆張り切っている最中だった。

返事があった瞬間に皆に、俺に通達が行く。

俺は朝食を前に静かに待った、扉が開く瞬間を。


扉から現れた華奢な少女。遠目だがまた成長していた。近くで見ればよくわかる。デビュタントを迎えてもおかしくないほどに成長した’天使’が俺を見ていた。

可愛らしい声で挨拶をしてくれた。

「おはよう、。早く来て食べよう。はもう腹ぺこだぞ」

名前がわからず1週間悩んだ末にミレーヌと呼ぶことにした。’父’と強調してみたが戸惑っているようだ。安心するがいい。俺も戸惑っている。なにせ子どもどころか妃もいないからな。


我が城に来てから1週間、何も食べていないのに俺と然程変わらない量しか食べない。お腹は空いていないのだろうか。遠慮していないだろうか。不自由をしていないだろうか。色々な思いが頭を巡る。


余った食事が可哀想だという。平民育ちなのかもしれない。残すことがないようにしよう。

震える天使の肩を優しく抱き、お茶会に誘う。

女性は甘いものが好きなはずだ。きっと少しは緊張が解けるだろう。


しかし、はっきりと量を指摘されてしまった。出させる量を考えねばならんな。いつもはあのような量ではないがそれでも余る。話し合いの項目に加えねば。国を統べる者としても考えさせてもらえるとは。彼女を連れてきてよかった。

だがーーー記憶がなく、もしかしたら俺とかわらない年代の女性なのかもしれない。では娘では失礼か。姉か妹か、はたまた……。

それに懸念事項がある。毎晩夢に見る女性と既視感が……。まさか、な。

「リチャード、料理長を呼べ」

「はい、畏まりました」


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結局、目的は果たせたものの、根本的なことは解決しなかった。

いや、1週間目覚めなかったからいっぱい食べてもらおうとたくさん用意してくれたのはありがたい以外ないんだけど。

……私が誰なのか分からず終い。


反対する人はいなかったんだろうか。若しくは、何かに利用するつもりなんだろうか。

……私はどんな人物だったんだろうか。


敵意は感じられなかった。私が鈍感だからだろうか。そうまでして親切にする理由もわからなかった。だから疑心暗鬼にもなる。


うんうんと唸っていると外が騒がしくなる。ザワザワしているだけではわからず、扉を開けた。


ーーーバン!


下からだ。小走りに視界の端にある階段に向かう。


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料理長とああでもないこうでもないとやり取りを真剣に繰り広げていた。

「陛下! 失礼します! 」

「いっその事キッチリ皆の……なんだ? 」

「それが……」


ーーーバン!


大きく重い扉をものともせず、荒々しく扉が開かれた。

「よお! ! 子どもをかどかわしたって? 」

意地悪い笑みを浮かべたが現れた。

「……。呼んでもいないのに来るな」

「おいおい、質問には答えないってか? まさか肯定……うぐっ」

「黙れ」

自然な手つきで胸ぐらを掴んで、離す。

「ふざけた言い方になったのは謝る、すまん。来訪の理由はこっちだ、兄貴」

丸めた紙を突き出す。

「なんだ? ーーー?! 」

。ま、姫っつってもだけどな。ん? 」

人の気配がしてそちらを向くと、少女が階段上にいた。

「話題の子ども? ……?! おい! !ーーーぐっ」

今度は口を塞がれた。

「騒がしくしてすまない!コイツは俺の弟のリカルドだ! おまえの挨拶が煩くてびっくりさせただろう? 夕食のときまた会わせるから部屋にいなさい! 」

急いでリカルドを引きずるように部屋に入り、しめた。

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