005
「にしても、アイザックって臭いね。そのボロボロの格好もダメだな」
はぁ?
と言わんばかりの顔をしながら、アイザックはじっとエリスを見つめる。けれど何も言い返さなかった。エリスの言っていることは事実だから。アイザックの不機嫌そうな表情を見ると、にっこりと笑うエリス。それを見て、アイザックは溜息をもらすと、視線をそらした。
「悪かったな。森にはお風呂や服屋がなかったし……っていうか万が一川で身体を洗っても結局同じ服を着ることになるのでそもそも意味ないんじゃないか?」
(というか、最後に風呂に入ったのは200年前なんだけど。)
「まあまあ。で、どうする?そのまま街中を歩いていたら変な目で見られちゃうよ」
「どうしようかな。お金ないし、お風呂に入ることが出来ない上で新しい服すら買えないんだ」
いや。実をいうと、アイザックにはお金がある。自分のボロボロの茶色のリュックになんと銀貨二枚は入っていたが、200年前の世界と現在のこの世界の通貨はきっと違うと思いいたるアイザックだから何も言わなかった。
「え、お金ない?」
「ああ。森の中に住んでいたのでお金なんか要らなかったんだから」
「まあ、それはそうですね」
リラは納得すると、エリスの方へと視線をやる。すると妹の視線に気づき、エリスは見つめ返す。目で会話をしているようだ。それにアイザックは「はぁ」、ともう一度溜息をすると、視線を外へと移す。澄み切った秋の空には雲がゆっくりと流れ、夏を忘れさせるほどの涼しい風が吹き抜けてくる。その風を受けるアイザックは一瞬、目を閉じると、深く息を吸って、吐き出す。そして、感じ取った。
今でも謎に包まれる、不思議な力を。
魔力。
それはすべての生き物が持っている力である。師匠はよく言った。魔力は万能でありながらも、万能ではない、と。今にでも、アイザックは師匠のその言葉がよくわからないが、それでも師匠はある意味では哲学者だったから理解させる為に言ったわけじゃないかもしれない。
師匠のことを考えると、アイザックは感謝の気持ちになった。子供のときに両親が亡くなった。そのせいでアイザックは孤児になった。そんな親や身内のいないアイザックは何年も路上での生活をしていた。するとある日、食事を探しながら、通りすがりのシスターさんに見つかられ、孤児院に連れていかれた。
連れていかれた孤児院は強いて言えば、子供のアイザックには地獄みたいな場所だったが、ちゃんと自分の部屋はあったし、一日三食とれたから文句を言う筋合いはなかった。友人的な存在はいなかったのだとしても、図書室と本はあったので、あんまり気にしていなかった。あえて言えば満足だった。それにしても、あの地獄のような場所を考えるだに、アイザックは少しだけ震えずにはいられないが、あそこで錬金術を教えてくれた師匠と出会ったのでよくよく考えれば連れていかれてよかったかもしれない。
「おい、聞いてるの?アイザックさん」
「え?」
エリスの声に、アイザックはふっと我に返った。いつの間にか装甲馬車はある建物の前に停止していた。ここは冒険者ギルドだとアイザックは思ったが、あえてエリスから目を離さなかった。神に匹敵する存在。それが怒りに満ち溢れている異性だ。アイザックは思わず震えていた。そんな反応を見てエリスは「はぁ~」とため息をつくと、不機嫌そうに腕を組む。
「え、なんて言ったっけ?」
「やはり聞いてないわ。ったく。だから男ってバカなんだ」
「お……落ち着いてくださいよ、お姉ちゃん。アイザックさんはきっとまだ疲れています。ぼっとするのは当然だと思います」
「本当かしら。まあ、どうでもいいけど。ほら着いたよ。冒険者ギルド」
「ああ。……で?」
「でっじゃないよこの馬鹿! 旅に出るって言ったじゃない?」
「冒険してみたいって、確かに言ったね」
(お店を開いてみたいっていうのも言ったはずだが?)
「あんた身分証持ってないでしょ」
「うん、持ってないんだけど」
(……ってゆーか)
「いいか、よく聞きなさいよ。他の迷宮都市に入るにもお店を経営するにも必ず身分証が必要だよ」
「え?でも普通にアンブローズ入ったじゃん?」
「それはあんたがぼっとしていると、あたしが入場料を立て替えたから。金貨5枚アンズも」
(アンズってこの世界の通貨か?やはり違ったんだ)
「えっと、身分証を手に入れるにも金を出さなきゃいけないじゃないんか?」
アイザックが尋ねると、エリスは頷いた。
「あぁ。まあ、一応ね。身分証を手に入れる為にどこかのギルドに登録することが必須ね。だけど登録するには登録料金である銀貨二枚アンズを支払わなければならないのよ」
「あ、そうかそうか。で?」
「だからっでっじゃねーよ」
(うわっ。襲われそう!)
「ごめんごめん。でも僕お金がないんですよ」
アイザックの言葉にエリスは微笑みかける。
「うん、知ってる」
「じゃあ、」
「だから今日、特別にあたしたちがアイザックの代わりにお金を立て替えてあげる。感謝しなさいよね。二度としないから」
(いや、なんの真似だよそれ? ちょっと怖いからやめてくれないのかな)
と、確かにアイザックは思っていたが、あえて口にしなかった。そのまま三人は馬車から降りると、ギルドの入口へと向かった。やはり時として、考えていることを口にしない方がいい。のちほど痛い目にあう可能性があるので。
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