004
二つの山に挟まれた迷宮都市――アンブローズは、高さが五十メーターくらいありそうな城壁に囲まれる、世界の貿易業界の中枢である。世界各地から来着する様々な種族を含めて人口は八十万以上を数え、その八割は無論、人外の種族である。
ゆらゆらと馬車が揺れる。迷宮都市に近づくにつれ、速度がどんどん落ちていく。それは恐らく、兵士がそう命令しているからだろうか。馬車を見掛けた瞬間、大門を瞠っていた兵士達が止まれ!と言わんばかりに手を上げた。それを見て馬車を止めるリラ。 軽く尋問されたあと、アイザックたちは都市に入ることが許可された。
見渡す限り人だらけの石畳の道路は果てしなく手足を伸ばしているようで、雲の上に聳え立つ夥しい数のビルが建てられた。
それは、秋というのにとても天候のいい日だった。
ガタガタと目の前の角蜥蜴に操縦されている馬車が音を出した。古めかしい石畳の上を進む度に、ボックス型の車体が小刻みに揺れるように見えるが、勢いが衰えず、遠くに見える黒点になったまで進んで行く。大体において、迷宮都市アンブローズはとても賑やかな都市だと、アイザックは結論を付けた。
「ここは凄いなぁ」
目の前に広がっている風景を見て思わず言うアイザック。
それを聞いてエリスは頷いた。
「そうだね。あたしらの故郷には敵わないけどね」
「あたしらの故郷? この都市の者ではないか?」
「うん。そうだよ。アナシテェジアと呼ばれる街はあたし達の故郷。ここから距離的には遠く離れているよ」
「アナシテェジアの街かぁ?」
(やはり聞いたことがないなぁ。)
エリスとリラによって今年は1609年。アイザックがエリクサーを飲んだのは1409年。つまりエリクサーを飲んでから200年が経っていたという。200年前にはアナシテェジアという街が存在しなかったので聞いたことがないのは当然だ。
「そういえば、アイザックさんはどこに住んでいたのですか?」
アンブローズの迷宮都市の大通りを進むにつれ、そわそわと落ち着かない様子を見せるアイザックに、リラが声をかける。それを聞いてアイザックはリラに視線を投げると返事をする。
「森の中に住んでたんだよ」
「森の中?」
「うん。素材は多くてさ」
「あ、なるほどねぇ。錬金術師ですもの」
「まあ、森で住み始める前にアザリックっていう小さな村で師匠と一緒に暮したんだけど」
「アザリック? 聞いたことのない場所ですね」
(まあ、そりゃそうなんだけど。聞いたことがあったら逆にびっくりするんだぞ)
「この大陸の地域じゃないから」
真っ先に頭に浮かんだことをとりあえず言ってみた。 信じてくれたのか、エリスとリラは一斉に頷いた。
「ところで、どこへ向かってる?」
話を変えようとし、アイザックが訊くと、それを答えてくれたのはリラだった。
「私達は冒険者てすので依頼達成を報告しにギルドへ向かってます」
「そういえば森にいたときエリスさんがそう言ってたんだ。まさか二人ともは冒険者だったなんて予想外だな」
(とは言っても、会った時にすぐ冒険者だったことがわかったけど)
「その後はそうだね‥‥帰る前に商品とかお土産とか、いろいろ買っちゃうかしら。アイザックさんは? 街に着いたからにはどうする?」
訊いたのはエリスだった。 それにアイザックはしばらく考え込むと、こう返事した。
「さあな。まだ決めていないけど、たぶんどこかでお店を開こうかな。冒険もしてみたいし」
するとアイザックの返事を聞いたエリスは明るい表情をしながら、
「あ、ならばちょうどいい。あたしたちとアナシテェジアに行かないの?空き建物もたくさんあるし、お金さえあれば自分のお店を開くのもお安い御用さ」
こっちを見ながら提案するエリス。
装甲馬車を操縦しているリラも可愛いらしい顔をしながらこっちを見ている。
エリスの提案を聞いて、アイザックはしばらく考えていたら、返事をする。
「うん、わかった。むしろ助かるよ。ありがと」
正直にお礼を言うと、エリスとリラはニカッと笑った。
すると二人の姉妹を見て、自分まで微笑みざるを得なかったアイザック。
(それにしても、200年間か。あのエリクサー、そんなに強かったか?)
とは言うものの、賢者の石を媒体にして作られたどんなポーションでも効果が強いに決まっている。流石は賢者の石。その力、恐るべし。と、アイザックは正直に思う。すると急に、不安感に襲われる。彼は思わずズボンのポケットに手を入れると、そこにある賢者の石を触れる。そんなスムーズな感触を感じると、アイザックは少しだけ震える。
誰から見ても大したものじゃないと思う人がたくさんいるが、アイザックは知っている。
むしろアイザックしか知らない。
今、彼のそのポケットにある丸い玉の本当の力を。
その丸い玉に潜めている可能性を。
そんなことを彼――【賢者の石】を錬成することに成功した唯一の錬金術師であるアイザック・クロスしか知らない。
本当に、恐ろしいんだ。
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