まずは、低能の特徴から
第2話 賢くなった気になって見境なし
低能というのは、少し何かを覚えると、それで賢くなった気になってそれを使ってみたくなるものです。
まさに、何とかの一つ覚えというのがありましょう。
その状態が出現するのです。
これ、とある左翼系の人の言葉らしい。もっとも、戦前らしいが。
理論を学んだら、それを早速実践すべきである。
まあね、何かを学んでそれを具体的に使ってみることは誰でもやっていることであるし、まして子どもであれば、そうしていくことで物事を頭だけでなく体でも覚えていく大事な過程であることは否定しませんよ。
それは確かにオトナであっても同じです。そこは勘違いしないように。
理論を学ぶというのは確かに立派であるし、まあ世の中、理論のりの字もわからんような人が圧倒的に多いということも考え合わせれば、確かに、理論を学ぶ環境に置かれ、そして学べたということは、ありがたき仕合せです。
まして、今ほど高学歴が当たり前の時代でない頃なら、なおのこと。
ただし、話をここで終わらせるわけにいかない要素が出ておりますがな。
学んだ理論を、すぐにでも実践しようとか何とか。
それは果たして、本当に良いことなのか?
いつでもダメとは言わんよ。それでは低能と同列。
これ、典型的な程度問題ではないか。
それで社会を変えよう、政治を変えようという方向に行くのか知らないが、そんなことをして、何が得られるのか。
無論、社会をよくしていくことは大事だが、それ以前の問題がたくさんあろうがな。テメエはそれでええかもしれんが、それでしわ寄せが来る人もたくさんいることに目が向けられないのが、低能の低能たるゆえんなのです。
なまじの理論を得て、それを実践に使うのは結構なようではあるが、それで迷惑が掛かっても、社会進歩のヘチマので言い訳してごまかして逃げようとするパヨクのアホどもが、昭和期には多かったね。
ああいうのを、低能と言わずして何と呼べばいいのかね。
武士の情けで、無能とは言わずにおくが、低能以外の何物でもなかろう。
そんなゴミどものホザく社会進歩のヘチマのの先など、どうせろくなものでもないことは明白ですよ。
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