第4話

 ゼミも終わり、いよいよ大学卒業が迫ってきた。それはすなわち、ぼくの進路を決めなければならない時分になったということだ。周りの就活生は企業の内定を得、社会人になるまでのいとまを満喫していた。皆が似たようなスーツを着て、似たような髪型へと変わっていく。それはとても気持ち悪い光景だった。就活とは洗脳だと言ってもよかろう。この状況に違和感を持たない者は勉強が足りない。かつて千葉雅也がTwitterで述べた通り、勉強するとは、社会を批判できるようになることだ。社会に参入するためではないのだ。

 ぼくは差し当たり、フリーターとなって細く食い繋いでいこうかと考えていた。その時、地元に住む両親から連絡が来た。就職しないのなら戻ってこいという内容だった。とんでもない要請である。ぼくは東京の利便性、匿名性、情報量の多さが肌に合っている。今さら不自由な田舎などに戻る気はない。ぼくはアナーキーな思想を脇に置いて、就職せざるを得なくなった。そこでタウンページをパラパラ捲っていると、私服勤務可のネット通信販売会社の求人が目に入った。これだ、と思った。さっそく社会人向けの履歴書をでっち上げ、応募した。翌日、書類審査に合格した旨のメールが届いた。面接は明日らしい。事があまりにもスムーズに進むため、小規模な会社なのだろうと思った。翌日、あの醜悪なリクルートスーツに着替え、面接に臨んだ。面接でもぼくは「社会人」を装い、見事に内定を出した。後日、内定者懇親会があると知った。そんなもの心の底から行きたくないと思ったが、行くしかあるまい。懇親会当日、出迎えた新社会人たちは、みな同じスーツを着て、同じ髪型をしていた。気持ち悪かった。私服で来たのはぼくだけだった。内定を辞退したくなったが、堪えた。そして四月一日、ぼくはついに社会人となった。上司はまず「社会人の常識」などという哲学を新社会人たちに叩き込んできた。すべて脱構築してやりたいところだが、甘んじて受け入れた。そして仕事が始まった。ネット通販は儲かるが、労働は過酷だった。ぼくは大学で得た教養とは何だったのかと問うた。労働はぼくの心の中の大事なものを放棄せよと迫った。

 休日、ぼくはマルクスを再読した。少し元気が出た。そして明日からまた労働が始まる。労働は沼だ。入ったら最後、沈むだけで抵抗しても抜け出せない。そして月曜日を迎えた。憂鬱だった。ぼくは初めて死にたいと思った。

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