第18話:愚王は止まらない




「王都から住民が消えているだと? そんなもの、他の街に引っ越しただけだろうが。魔物のせいで行政が滞って混乱しているから把握出来ていないのだろう」


 今日も馬鈴薯と南瓜だけのスープとパンが食卓に並べられている。

 ポタージュのような根菜を贅沢に使ったスープではない。お義理のように野菜が浮かんでいるさみしいスープだ。

 最後に肉を見たのはいつだったか。

 それでも毎食食べられるだけ贅沢だと言ったのは、料理長だったか馬を潰す際に抵抗した厩舎の職員だったか。


「聖女の街に国民が流入しているのやもしれません」

 宰相がやつれた顔で言うのを、サロモネは鼻で笑った。

「一度、遠見が出来る他国の魔法使いに街中の様子を見させた時に、我が国アッロガンテの国民は一人も居ないと言っていただろうが」


 あまりにも王都から人が減った為に、有名な傭兵に大金を払って例の街を遠見させた事があった。

 その魔法使いは、同士討ちを避ける為に出身国を識別する魔法を構築した人物だった。仲間に周知するのを目的とした魔法でもあるとかで、他者にも見せる為に壁に識別された範囲の画像を映していた。

 空から鳥が見ているようなづらだった。



 アッロガンテ王国出身者だけが赤く見えるというその魔法で見えたのは、平和で豊かな街と、幸せそうに暮らす人々。そして赤く染まった大量のウサギだった。


「あれだけウサギがいれば、毎日肉が食えるな」

 馬鈴薯をすくったスプーンを口には入れずに、そのまま皿へ戻したサロモネが呟く。

 アッロガンテ王国では、動物なら何でも食べた。

 魔法があまり得意では無い国なので、魔物を浄化して食べるという発想も出なかったせいだった。




 サロモンは、その時の映像を思い出していた。

 偶然映った農夫が怪我をした時の状況。

 まだ若い農夫は野菜の収穫時に、鎌で指を怪我した。慌てる農夫を若い農婦が笑い、そして怪我を治癒させた。

 それだけでも驚きの光景なのに、農夫の方はお礼とばかりに汚れた農婦と自分を一瞬で綺麗にしていた。


 たかが農民が、アッロガンテでは聖女や聖人と呼ばれる尊い人達と同じような魔法を使っていた。

 アッロガンテ側の者達が驚きすぎて固まっていると、遠見の魔法を使っていた傭兵はあははと笑った。


「相変わらず規格外だな、アフェクシオンの国民は」

 当然のように言う台詞に、サロモネも宰相も他の大臣達も、部屋に居た護衛の兵達も、傭兵を見た。

 街の場所や住人が他国籍である事は説明したが、その国がアフェクシオンであるとは話していなかったはず。


「つい最近まで荒野だった土地に住み始めて、今ではこの国内で1番豊かな街だなんて、『神の子』がおこしたに決まってるだろ?」

 これでも情報が命の傭兵団の頭だよ、と魔法使いは笑っていた。




「俺が聖女と結婚していれば、こんな事にはならなかったのだろうか」

 スープをスプーンでグルグルと掻き回しながら、サロモネが呟く。


 裕福な国から絶世の美女を娶るのだと、亡き母の肖像画の前で幼い頃から思っていた。

 大国の王女を妻とし、他の国へ自国の力を見せつけてやるのだと、色々な国の王女の事を調査していた。


 それなのに、前王である父が突然聖女と共にこの世を去ってしまってから、状況が一変した。

 正妃候補だった大国の王女で妖艶な美女を諦め、たかが小国の貧相な王女を妻に迎えなければいけない屈辱。



 初めて会った王女は予想よりも大分マシではあったが、サロモネの好みでは無かった。

 いかにも甘やかされて育った、贅沢なドレスを当たり前に着ているふわふわとした雰囲気の王女。

 それが気に喰わなかった。


 格の違いを解らせる為に用意した、質素な結婚式の衣装を拒否した。

 見た事も無いような豪華なドレスを持って来ていたのだ。

 何も持って来るなと命令したのに。


 婚礼家具も持参金も許さなかったが文句を言わなかったので、その程度の国力なのだと思って、アッロガンテ王国側は聖女を蔑んでいた。

 まさか創造神の祝福と妖精王の加護があるので心配していなかったせいなどと、誰が思うだろうか。




 神司しんしから神の啓示が届いたのはいつだったか。

 サロモネは遠い目をする。

「神からのお告げです。『突然父王を亡くした事には同情する。今まで通り武神の加護は残してやろう。と、創造神様がおっしゃっているので感謝するように』とシュトライテン様からのお言葉です」

 神司の言っている意味が解らなかった。


 あぁ、そうか。魔物が王都周辺に住み始めて混乱していた時だったから、深く追求もしなかったのだとサロモネは思い出した。

 あれは魔物と頑張って戦えと言う意味だったのだろう。


「なぜ、自国の中に裕福な場所が在るのに、魔物と戦って貧しい暮らしをせねばならんのだ!」

 サロモネは突然立ち上がって叫んだ。

「あの街もアッロガンテの土地だ! あの街へ王都を移す!」


 反省は、した。後悔も、した。


 だが他国の人間が辺境とはいえ好き勝手しているのを許す道理は無い。

 何が「肉や野菜を格安で卸す」だ。

 他人の土地で育てたものなのだから、無料で献上するべきだろう。

 戦えと言うなら、戦ってやる。

 相手は魔物ではなく、勝手に開拓して大きな顔をしている小国の民だがな。


 戦って奪う事で大きくなってきた武闘大国アッロガンテ。

 愚かな選択をした瞬間だった。



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