第17話:ウサギの秘密




「あれ? 乗せた住民が居ないぞ」

 辺境デゼルトに在る豊かな街に着いた冒険者は、馬車の中を確認して驚いた。

 乗せたはずの若い夫婦が居なくなっていたのだ。

「土魔法で橋を掛けてる間に降りて、自力で橋を渡ったんじゃないか?」

 仲間の冒険者が言う。


 アフェクシオン国民と違い、他国の人間は街に渡る為の橋を掛けるのに詠唱を必要とし、しかも数人の魔法使いが協力して行うので時間が掛かる。

 橋は協力し合った者達の馬車が渡り切るまでは掛かったままであり、持ちつ持たれつ……歩いて渡る者を拒否する事も無かった。


「お礼くらい言ってけよ」

 冒険者は文句を言いながら橋から離れ、街の中心へと向かい始める。

 その足元には、二羽のウサギが居た。

 ウサギはキョロキョロと周りを見回し、驚いた様子で顔を見合わせている。

 そのうちの一羽が橋を渡り、川の向こう側……街の外へと出た。



「うぉ! 戻った」

 ウサギが橋を渡り川向うへ到着した瞬間、人間の姿へと変化した。

 その足元には持って来た荷物もちゃんとあった。

「何なんだよ! ウサギになったら何も出来ないじゃないか! サラ!!」

 男はウサギになったまま街の中に居る妻を呼んだ。


 サラと呼ばれたウサギは、男を見つめたまま動かなかった。

「何してるんだサラ!」

 男は更に妻を呼ぶが、サラはフイッと顔を背けると、そのまま他のウサギが居る方へ行ってしまった。


 男が呆然としていると、川の向こう側……聖女の街側から呼ばれる。

「何してるんだ!? もうすぐ橋が無くなるぞ! 次の馬車が来るまでそこに居るのか? 水も無ければ夜には魔物も出るぞ」

 叫んで男を呼んだのは、隣国の商人だった。


 目の前に川があっても、そこは防衛用なのか水面までは遠く手は届かない。水が飲みたければ飛び込むしかないが、飛び込んだらあがって来られないだろう。

「し、しかし……」

 戸惑う男に、更に商人は声を掛ける。

隣国うちに入れば、また人間に戻れるぞ!」

 商人はこの国の住人がこの街に入るとウサギになる事を知っていた。




「アッロガンテは聖女様に何をしたんでしょうねぇ」

 橋が消える寸前に街に入った男は、商人の馬車の荷台に乗っていた。

 そこで隣に並んで座っている商人から話を聞いている。


「他国の人は大丈夫なのに、アッロガンテ国民は、街に入るとウサギになるんですよ。そしてここで栽培された物は絶対に食べられない」

 商人は畑にある瑞々しい野菜を指差す。

「果樹園の果物も、住民が作った料理も全て」

 そこまで話して、商人は溜め息を吐く。


「ここの人達は善人たからウサギに野菜をあげようとしたんですけどね、ウサギが食べようとして触れると腐るのです」

 神のおぼしなのだろうね、と目を伏せる。

「牧草とか自然に生えた木になる果物は食べられますからね。飢える事は無いですよ」

 丁度その時に、ウサギが一羽目の前を元気に走って行った。


「魔物も居ないし、この街の人達はウサギを食べる習慣が無い。王都に居るよりはマシだと、ウサギとして暮らしている人は多いですよ」

 それでもやはり、と男は自分のウサギの姿を見る。

「人間としての矜持はありますよね。そういう方は隣国へ行きますよ」

 商人は優しい笑顔のままである。

「ただし、密入国ですけどね」



「うちも含めて他国では貴族とかにしか適応されないのに、アッロガンテ王国では住民全て国を出るのに許可が要るのですよね。他国で暮らしていても、見つかったら強制送還されるとかで、仕事も限られるとか」

 商人が気の毒そうに男を見下ろす。

「この街には悪意がある者は入れませんが、隣国へ行ったら奴隷商人とかに気を付けてくださいね」

 よっこいせ、と商人は馬車から降りる。


「では、お元気で」

 ウサギを抱き上げて馬車から降ろすと、商人は頭を下げて挨拶をする。

 顔を上げると、にっこりと微笑む。

「住人の方は知らないのですけど、この街にいる商人は全員ウサギの秘密を知っています。荷台に乗ったら隣国まで連れて行ってくれますよ」

 そう言ってまた馬車に乗って行ってしまった。




「あら、またウサギだわ」

 男が動けずにいたら、見たこともない程の美女が近付いて来た。

「お野菜をあげると、なぜか腐ってしまうのよね?」

 美女が横に居る使用人らしき女に話し掛けると、女は「そうですね」と静かに答える。


「普通のウサギでは無いのでしょうけど、街の中に入れるのなら魔物では無いのよね?」

 美女は後ろを振り返る。

 ウサギからは見えていなかったが、もう一人連れが居たようだ。


『魔物では無いが……まあ、創造神を怒らせたのだからしょうがないな』

 長い緑の髪を揺らしながら言葉を紡いだ人物は、ウサギを酷く冷たい目で見下ろしていた。

「シャッフェン様を怒らせたのですか?」

 美女が驚く。

『正確には、ウサギ達ではなく、その上の者達だがな』

 人外の美しさを持つ緑の髪の人物は、遥か遠く……王都の方を指差した。



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