第16話:聖女の街へ移動する者
「最近、ウサギが増えましたわね」
ミレーヌは
川の近くに自生する草を食べるウサギは、気が付いたらここに住んでいた野生動物である。
なぜか畑の野菜には、絶対に手を出さない。
牧場の方へも行っているようだが、創造神の結界の中の土地である。一晩で牧畜に必要な草は伸びる。
「この幅広い川をどうやって渡ったのかしら?」
ミレーヌは首を傾げる。
「魔物の居る森の方から来たとは思えませんし、不思議ですよね」
ニノンも同じように首を傾げる。
『ウサギを食べる習慣がアフェクシオンに無くて良かったな』
いつの間にか二人の側に居た妖精王がウサギに話し掛ける。
ビクリと震えたウサギは、凄い勢いで逃げて行った。
「こんにちは!」
川の側を散歩していたミレーヌ達に、商人が手を振って挨拶をしてくる。
今までは魔物だらけだった地域が、危険な野生動物すら居なくなっていた。
ミレーヌの街……創造神の結界は、辺境デゼルトにある隣の国との国境までが範囲だったのだ。
隣国から来ると、国境の壁を越えると既に安全地帯であり、中心街までは野宿も安心して出来る。
今までは脅威だった魔物の森からも、なぜか絶対に魔物が出て来ないのだ。
それならば交易しない理由は無い。
アフェクシオンの美味しい野菜や、貴重な魔物肉が隣国へ流通するようになったのである。
「せっかく作ったお野菜を、アッロガンテ王国の方々には拒否されてしまったのですよね」
ミレーヌが溜め息と共に残念そうに言う。
「馬鹿ですよね! 何が「新鮮な野菜を安く売られたら、自国の農家が困る」ですか!」
ニノンが怒っている姿を、ミレーヌは微笑みながら見守った。
開拓団として、街の運営が軌道に乗ったので、アッロガンテ王国に野菜や魔物肉の安価での取引を持ち掛けたら、にべも無く断られてしまった。
民の声を無視した決定かと思い、近隣の村へと身分を隠して調査に行った騎士団からの報告は、アッロガンテ王国の王宮からの返事と同じだった。
『魔物の脅威が去った時に、販路が潰されていたら困る』
『とりあえずの食料は間に合っている』
『お前達は魔物討伐だけしていろ』
要約すると、この3つだった。
近隣の村は農村なので、食料は間に合っていたし、
なぜそれほど高額で買って行く人が居るのかまでは考えないようだ。
遥か遠くにある王都の事など他人事である。
今まで自分達が
輸送経路の途中で魔物が居るのだから、届けられなくてもそれは自分達の責任では無い、と。
近隣の農家が納めている日持ちする南瓜や馬鈴薯や玉葱などの野菜とは違う、キャベツやトマトなどの野菜なら良いかと聞いても、それが定着したら自分達の野菜が売れなくなると、やはり拒否されてしまった。
アッロガンテ王国の王宮に、激震が走った。
アフェクシオン国から来た開拓団から、野菜や肉を安価で売ろうと思うがどうだろう? と連絡が来たのだ。
開拓団が行ったのは、辺境にある荒野デゼルトだったはずである。
岩と乾いた土しかなく、まともに川も流れていない上に、魔物達が住む森が近くにあった。
とりあえず弱みを握られるわけにはいかないと、断りの返事を出した。
そしてすぐに調査団を派遣した。
街の中に入る道が見当たらず、目視のみの調査だったが、見渡す限りの野菜畑はそれで充分だった。
調査団には、護衛の傭兵も同行していた。
他国から来ていた傭兵には、その街が何であるかなど関係無い。
まともに食べ物も無い王都での魔物狩り生活に疲れていた傭兵は、仲間達を引き連れてその街へ移動する事に決めた。
人の口に戸は立てられない。
他の傭兵達にその話が広がり、そこから更に冒険者達にも広がる。
他国の傭兵や冒険者には、アッロガンテに忠誠など無いので、王都を守る義理は無いのだ。
「き、規約違反だ!」
王都を王家代理で治めていて貴族家達は、当然冒険者達に文句を言った。
魔物の脅威にさらされた街を見捨てて逃げる事は、冒険者登録をした時に禁止されている。魔物の脅威とは、俗に言う
しかし、今回の魔物の襲撃は、魔物暴走では無かった。
ただ単に住処を移動しただけである。
その場合、冒険者達がその街にとどまらなくてはいけない理由にはならない。
続々と王都を離れる傭兵や冒険者達。
その中に、こっそりと混じる住民達が居た。
アッロガンテ王国民だ。
国に引越しをする申請をしても認められないだろうと、傭兵や冒険者の馬車に隠れて乗せてもらった者達である。
それなりの報酬は払ってもらうが、命の保証はしない。食べ物は、非常食やその時々に入手した物でも、文句は言わない。
必要最低限の手荷物しか持たない。
そのような条件でも、住民達は馬車に乗った。
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