第15話:デゼルトの聖女の街
魔物に追われて逃げていた商人の馬車は、目の前の光景に驚いていた。
突然、辺境に街が出来ていたから。
いつものように王都へと商売でやって来た他国の商人は、王都付近の魔物の多さに驚いた。
商人の国はアフェクシオン国と同じクロワール教が主な信仰であり、商人自体もクロワール教信者だった。
その為に魔除けの結界石は常備していたので、とりあえずは魔物の被害には遭わずに王都へ入れた。
物価の高さに驚き、宿泊はせずに物を売るだけ売って王都を後にした。
いつもならば遠回りをして自国へ帰るのだが、充分な旅支度を出来なかったので、危険を承知で辺境デゼルトを通過して帰る最短の道を選んだ。
いつもよりも少ない魔物に安堵しながら、帰路を急いだ。
しかし少ないだけであり、皆無ではない。
魔物に追われ、その日の宿を取る予定だった村を通過し、荒野しかない辺境デゼルトへと入ってしまった。
絶望に襲われながら逃げる馭者の目に、街が見えた。
楽園のように見える街は、川に囲まれていた。
畑作業をしていた農夫は、砂埃を立てて走って来る魔物の群れを呆れた顔で見ていた。
どうせ越えられないのに、なぜ向かって来るのかと。
しかし、その姿が段々とはっきりしてくると、魔物の前を数台の馬車が走っているのが見えてくる。
「え? 商人か?」
農夫は急いで川に土魔法で簡易な橋を掛ける。
「おぉい! こっちだこっち!」
農夫の声が聞こえたとは思えないが、馬車は勢いを増して橋を渡った。
「ず、ずみまぜん……あじがどうございばじだ」
砂埃のせいなのか、馭者は汗と涙と鼻水と汚れで凄い顔になっていた。
3台連なっていた馬車の馭者全てが同じ状態である。
馬車の中には、魔力枯渇した魔法使いが転がっていた。護衛として雇われた者だろう。
他の馬車には、剣を剥き出しのまま握って
「いやぁ、魔物を舐めてました」
馬車から降りて来て深々と頭を下げた商人は、お礼を言った後にここまでの経緯を話した。
王都に近いほど魔物が多く、物価が高くて余所者に貴重な食料など売ってもらえず、地方は地方で宿屋も無い村がほとんどで馬車で寝泊まりしていたらしい。
それは疲れが取れないし、護衛も実力を発揮出来なかっただろう。
「野菜はかろうじて農家の人に相場の3倍で売ってもらえたんてすけど、肉がね~」
商人の言葉に、馭者が頷く。
家畜は魔物にやられてしまい、野生の動物も村では手に入らないようだった。
「魔物肉も浄化すれば食えるのにな」
「動物とは違う美味さがあって、驚いたよな!」
騒ぎに気付いた他の農民も集まって来たようで、一人二人と会話に混ざってくる。
「アフェクシオンには魔物居ないからなぁ。貴重な体験だよ」
一人の農夫の言葉に、商人が目を見開いた。
「アフェクシオン?」
商人の質問に、農夫達は揃って頷く。
それを見てから、商人は自分達が渡った橋を見た。
頑丈な土の橋である。
その視線に気付いた農夫が「あっ」と声を出してから、橋へ手をかざした。
「戻れ」
男が言うと、しゅるるると時間が巻き戻るように、土の橋が地面に戻っていく。それは、橋を崩して壊すよりもかなり高度な魔法だった。
魔法使いでも難しい技である。
それをいかにも農夫といった感じの男が、詠唱も無しで行っていた。
「……神に愛される国」
農地を抜けて街の中心へ向かって行きながら、商人はポツリと呟いた。
そこはアッロガンテ王国の中に在りながら、別世界だった。
まず、空気が違う。
春先の新緑輝く森の中のような、清涼な空気に満たされていた。
野菜も瑞々しくて元気だし、何よりもアッロガンテ産に比べて大きい。
いや、自国の野菜と比べても大きい。
そして遠くに見える放牧されている家畜も、元気に……家畜?
「あぁ、あれは騎士団所属の魔馬と、森で捕まえた魔牛ですね」
商人の視線に気付いたのか、案内係の農夫が説明をする。
「魔牛の乳でチーズ作ると、コクがあって美味しいんですよ!」
勿論浄化してあるから大丈夫です、と言われ、商人は「そこじゃない!」と心の中でツッコミを入れていた。
「本当は、アフェクシオンから牛を転送するつもりだったんですよ。輸送用魔馬も返さなきゃいけないので、最初から転送陣は設置するつもりでしたし、魔法使いが張り切ってたのに騎士団が魔牛捕まえちゃってね~」
さらりととんでもない事を言う農夫は、牛なら十頭、魔馬ならば五頭が1日の転送限度数だと付け加える。
「牛を転送させるより、魔牛を捕まえる方が早かったからしょうがないですよね」
農夫はからからと笑う。
やはり「そこじゃない!」と商人は思っていた。
そもそも他国では、転送陣は貴人の移動に使われるものであり、決して家畜の輸送に手軽に使えるものでは無い。
それに魔物を食べられるようにする程の浄化魔法など、余程優秀な聖魔法使いしか出来ないし、そのような勿体無い使い方をする国など無いだろう。
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