第19話:聖女を守る者




 長閑のどかな街。

 アッロガンテ王国辺境デゼルトにある通称『聖女の街』。

 街の範囲には険しい山や魔物の森も含まれているが、山からは魔物が消え、森から魔物が出て来る事は無い。

 山と森、そして川に囲まれている。それ以外の部分は、隣国との国境の壁がある。

 アッロガンテ王国の土地ではあるが、アッロガンテ側からは容易に出入りが出来ない仕組みだった。


「最近、住人よりもウサギの方が多くないかしら?」

 魔牛と共に日向ぼっこをしているウサギを見ながら、ミレーヌが頬に手を当て首を傾げる。

「ウサギの街が作れそうですよね」

 ニノンも同意する。


『問題が有るか?』

 妖精王が問うのに、ミレーヌはいいえ、と首を振る。

 そこでうっかり「そうですね」などと答えようものならば、質問した妖精王よりも、後ろに控えている騎士団副団長が殺処分に走り回りそうだ。


「可愛いので癒やされますわ」

 不安要素は微塵も残さないように、ミレーヌは付け加える。

 副団長の手が腰の剣の柄から離れたのを、ミレーヌはこっそりと確認した。



 最近は魔物の討伐に飽きたのか、副団長が街に残る事が増えた。

 代わりに団長が張り切って森へ入っている。

 ミレーヌが散歩に出ると、どこからともなく現れた副団長が後ろに従っているのだ。

 おそらく守護妖精にでも聞いているのだろう。


 いつも一緒にいる気の抜ける補佐官は、牧場で魔馬や魔牛と遊んでいる。

「遊んでいるのよね?」

 ミレーヌは魔物達と力比べをしている補佐官を見た。

 どちらかと言えば小柄で非力に見える補佐官だが、雄の魔牛の角を持って、真っ向から力勝負をしていた。


「ああ見えて、力だけなら団長の次に有りますから」

 副団長の言葉に、ニノンの瞳がキラリと光った事に、ミレーヌは気付かないふりをした。

 実はミレーヌの護衛も兼ねているニノンは、火魔法が得意なだけでなく、武術も嗜んでいる。素手でならいつか団長に勝てるかもしれません! は、ニノンの口癖である。



 バキンッと硬いものが折れる音がして、続いて「ごめ~ん!」と少し気の抜ける声が響く。

 魔牛の角が折れたようである。

「ミレーヌ様をお願いいたします」

 ニノンは副団長に頭を下げると、颯爽と牧場の方へ歩いて行った。


「え? 何で?」

 戸惑った補佐官の大きな声が聞こえた後、何やらわちゃわちゃとしていたが、両手をガッシリと組んで力比べが始まっていた。

「なんなんっすか、いったい~? うおっ!? 力強っ!!」

 楽しそうである。


「行きましょうか」

 ミレーヌは微笑んで散歩を再開した。

 ニノンに良いお相手が出来たわ、と内心で喜んでいる。隠しきれていないのが微笑ましい。




 侍女に頼まれたから、と自分に言い訳をして、副団長はミレーヌの横へと並んだ。

 反対側には妖精王が居る。

 今までアフェクシオンでは、ここまで近くでミレーヌを護る事は出来なかった。

 聖女である王女と、騎士団の副団長としての、適切で遠い距離。


 国内外、どこででも創造神と妖精王に守られている聖女ミレーヌに、本来護衛など要らないのだ。

 見栄えや体面の為に、目に付く所に騎士が居るだけだった。

 会話をしたのも、ほぼ初めてに近い。



「クラルティ副団長は、剣と魔法はどちらが得意ですの?」

 ミレーヌが副団長へ話し掛ける。

「え?」

 副団長はミレーヌの顔を見つめたまま、固まった。

「クラルティ副団長?」

 ミレーヌがもう一度名前を呼ぶと、副団長がビクリと肩を揺らした。


「……名前」

 目を見開いたまま見つめる副団長へ、ミレーヌは少しだけ首を傾げる。

「オリヴィエ・クラルティ副団長、ではなかったかしら?」

 間違えていた? と、不安になるミレーヌに、副団長は合ってますと掠れた声で答える。


「まさか名前を覚えていてくださるとは……」

 副団長――クラルティが名前を名乗ったのは、副団長に任命された時の挨拶に王族を訪ねた一度きりだ。

「要職の方のお名前は、一応覚えておりますわ。それにクラルティ副団長はお名前と姿がとても合っているので」

 ミレーヌの言葉に、クラルティは納得する。クラルティの髪も瞳も、オリーブ色をしていた。



『それで、剣と魔法はどちらが得意なのだ?』

 名前の件で有耶無耶になっていたミレーヌの質問を、妖精王が再度問う。

「あ、はい。私は魔法剣士なので、どちらという区別はありません」

 クラルティが背筋を伸ばして答えた。


「補佐官のテランス・ドゥラノワは、魔法が得意です」

 クラルティの視線の先は、ニノンと力比べをしている若い男性だ。

 力自慢の剣士である団長の次に力があるのに、彼は魔法が得意だと説明され、ミレーヌが驚く。


「若くして副団長とその補佐官に選ばれる方は、やはり素晴らしいのですね!」

 純粋に褒めてくるミレーヌに、クラルティは素直に「ありがとうございます」とお礼を言った。




 騎士団団長ガストン・バルリエは、魔法も使えるが完全な剣士で40歳である。

 その補佐官アルフレッド・ギヌメールは逆に、剣も使えるが魔法が得意な38歳。


 オリヴィエ・クラルティは24歳で副団長であり、テランス・ドゥラノワは26歳でその補佐官だ。

 この二人がいかに異常で、いかに優秀か、とても良く判る。

 ミレーヌが素直に褒めるわけである。



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