第12話:皆、頑張った!




 土魔法で建てられていく家々に、水魔法や火魔法が得意な魔法使い達が魔石を設置していく。

 室内を照らす程度の光魔法は全員使えるので、態々わざわざ設置はされない。

 浄化された後の土地は、家を建てる土台部分は岩と同じ強度に固められ、それ以外の庭になる部分は、植物が生えやすい柔らかさに掘り起こされている。


「庭に果物の木とか植えたら、食料問題解決?」

 騎士団員が自分の家では無いのに、妙に拘って庭を整備している。得意魔法は木魔法の団員だ。

「お前は寄宿舎住まいだろうが」

 同僚が呆れた声を出すと、団員はニヤリと笑う。


「ここはな、看板娘アニーちゃんの家になるんだよ」

「は?」

「アニーちゃんと結婚したら、俺の家にもなるかもしれないだろ?」

 夢いっぱいの浮かれた頭を軽く叩いた同僚は、両肩をすくめてみせた。



 二人の様子を見ていた周りの住人は、看板娘の話は置いておいて、果物の木は魅力的だと感じた。

 家庭菜園も有りかもしれない、と「庭で食物」の構想が皆に広がる。


 農家の人間も勿論、今回の開拓団の中には居る。しかしあくまでも趣味として、自分で育てた果物や野菜を食べるのが良いのだ。


「食べた野菜の種を植えたら芽が出るかね?」

 一人の男性が庭の土を掘り起こしながら、一緒に作業している若い男性に話し掛ける。

 二人は土魔法の使い手で、今は家の建設が終わった地域で庭の土を柔らかくしていた。

 平和である。




 街からそれなりに離れた場所で、数人の男女が何やら相談をしていた。

 ミレーヌの浄化は、かなり広範囲に効果を与えたようである。


「予定より広い範囲が浄化されてるから、この辺まで畑で良いんじゃない?」

 女性が両手を広げる。この位置に外敵用の壁を作ってはどうか? という意思表示だ。

「広大な畑を作っても、水やりは水魔法頼りになっちまうから大変だぞ」

 隣の男性が渋い顔をする。二人は夫婦で、農家をやっている。


 川や池の水を撒くのと、完全に魔力だけの水を撒くのでは魔力の消費量が違う。

 アフェクシオンに居た時のつもりで畑を作ると、毎日の水やりが大変になってしまう。あちらでは近くに川も湖も、観賞池も貯水池も在った。


「そう……そうよね」

 この街の食料を自給自足した上に、近隣の街に売りに行ければ、と思っていた女性は溜め息をく。

 農業をやるのはこの夫婦だけでは無い。

 だが水問題はどの農家にも降り掛かるだろう。




 ドォォンと遠くで爆発音みたいな音が響いた。音に相応しい揺れが地面を揺らす。

 そのまま地響きとなり、何かが街に迫って来た。


 まだ街の外壁は作られていない。

 開けた視界には、迫り来る砂埃が見えていた。

 もしこの世界に放射能に汚染された巨大生物が居たら、それが放射能を吐き出して地面を破壊しているようだ、と表現したに違い無い。


 畑を作ろうとしていた夫婦と、その仲間の農民達は、舞い上がる砂埃と土礫に目を閉じ、頭を両手で庇ってしゃがみこんだ。

 逃げても間に合わないのは明らかなので、少しでも危険を避けようと。急所を隠して体を小さくしたのだった。


 体を強張らせていた彼等を襲ったのは、冷たい水飛沫だった。

 川遊びでお互いに掛け合う、ずぶ濡れにはなってしまうが、命の危険は無い程度の勢いしかない水。

「え?」

 思わず目を開けた農夫の目の前には、幅10メートル程の水路が出来ていた。



 何事かと、住居を建設している街の中心地から騎士団が駆けて来る音が響く。

 遠くの森から近付いて来る砂埃も、魔物討伐に行っていた騎士団だろう。

 魔馬の本気での疾走なので、あっと言う間に川にたどり着く。

「なんだこれは!」

 馬上から叫んだのは、騎士団長だった。


「川?」

「堀?」

「用水路?」

 農民達がそれぞれ思った事を口にする。

 誰も正解を知らないのだから、疑問形になってしまうのは当たり前だろう。


「どうやら山の方から続いているようですね」

 騎士団長に少し遅れて、森側から来た副団長が到着した。

 討伐に出た人数よりも少ない団員しか居ないところをみると、残りはこの水路を遡って調べに行っているのだろう。副団長と一緒に行ったはずの補佐官も、団長補佐の姿も無かった。


「凄い綺麗な水!」

 水路に手を入れた農婦が驚きの声を上げる。先程、夫と水問題を話していた女性だ。

「これなら畑も作り放題だな!」

「畑どころか、別に田圃たんぼも作れるぞ!」

 大喜びする農民達の中で、数人微妙な表情をしている者達が居た。


 その中の一人がずと手を上げる。

「えぇとですね、妖精からの報告です。この水は浄水なので、魔物避けになるし畑にも良いそうです」

「妖精王様頑張った! 自分達もこの辺は頑張った! と言ってますね」

「山は精霊だから大丈夫……? 何が大丈夫なのよ」

 戸惑いながら言葉を口にする三人の周りには、水の妖精が飛び回っていた。



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