第10話:聖女と馬車と開拓団




『ここが良さそうだな』

 森と小川が近くにあり、かなりの広さの平坦な地が広がっている。

 但し、人が住むには適さない荒れ地であり、森には魔物が住んでいる。

 小川が汚染されておらず、水が綺麗な事だけが救いの土地。それも水量が少なすぎて土地が潤わないのだが。


「川はもう少し水量を増やして、用水路や防衛の堀にも使えるようにしないとですね」

「生活用水は井戸を掘らなきゃだな」

「先に街を囲む壁を作った方が良いんじゃないか?」

「いやいや、まずはミレーヌ様の家だろ」

「確かに!」

「そうだな!」

「家と家具は急務だ」



 乗り慣れたアフェクシオン製の馬車の中から、楽しそうに何やら話し合っている妖精王と住民と騎士団の面々を、ミレーヌは静かに眺めていた。

 ニノンはミレーヌの好きな薔薇茶を淹れている。

 お茶請けは、王宮の菓子職人パティシエが作ったクッキーやマドレーヌだ。


 アフェクシオン国の王族の馬車は、中に空間拡張の魔法が掛けてあり、城の応接室もくやといった様相である。

 当然、悪路で馬車が揺れても中には影響は無く、例え襲われたとしても悪党が中に入る事は出来ないし、むしろ防御魔法が発動し、相手が命を落とすだろう。


 なぜミレーヌとニノンがそのような馬車に乗っているかというと、が過保護だったせいである。




 結婚式の日。神殿から街まで辻馬車で移動したミレーヌとニノンは、そこそこの宿に泊まった。

 高級な貴族御用達の宿にしなかったのは、市井の様子を確認したかったからである。

 初日だけ宿屋で食事をして、その後は街の食堂を利用した。

 想像よりも状況は悪いようで、まず食料が少ないようだった。


 農家の若い働き手が徴兵され、魔物討伐に行かされているのと、やはり農地は地方に在るので、畑自体を魔物にやられてしまっている場合もあるようだった。

 甘味など完全な贅沢品で、菓子店は軒並み閉店していた。


 数日は王都の中心街の中で聞き込みというか、住人との雑談に花を咲かせ、徐々に外側へと移動した。

 王都の中でも外壁に近い方では、貧しい家が増えているようだった。



 そして集めた情報により、1番魔物の被害の多い土地──目的地を決めた。

「さすがにそこまでの辻馬車は無いわよね。馬車を買って馭者を雇わなければいけないわね」

 ミレーヌがニノンへと提案した瞬間、神託がくだった。


 まぁ、神託と言うか、創造神がミレーヌに話し掛けただけなのだが。


『我が愛し子よ。壁の外に、そなたの馬車と馭者がおるぞ』

 どうやら、創造神がミレーヌの馬車を馭者ごと運んで来たようである。

『次の街で、アフェクシオンの者達と合流出来るであろう』

 一方的に話をすると、創造神の気配が消えた。

 会話では無く、創造神が一方的に話すたけなので、あくまでも神託なのである。



 神託どおり、王都の外壁を出ると見覚えのある馬車が居た。

 馭者はミレーヌとニノンを見ると、苦笑しながら頭を下げる。

「驚いたでしょう? ごめんなさいね」

 ミレーヌが謝ると、そもそも既にアッロガンテ国内に居た事、他にも騎士団百名と開拓民三百人がこちらに向かっている事を馭者は説明した。


「隣の街までフローラなら1日で着きますし、そこで皆を待ちましょう」

 馭者は魔馬……フローラの首を撫でる。

 フローラは魔馬の中でも特に気性が優しく、そして強くかしこかった。ミレーヌの馬車を引く事を誇りに思っているようで、今までこの役を誰かに譲った事は無い。


「まぁ、フローラ。遠くまでありがとう。また宜しくね」

 ミレーヌが声を掛けると、フローラは頭を下げて動きを止める。撫でて! という仕草だ。

 それを見てミレーヌが頭を優しく撫でてやる。

「野盗は容赦無く踏み潰してやりなさい」

 ニノンの恐ろしい言葉に、応えるようにフローラはブフッを鼻息を吐き出した。




 馭者の宣言通り、隣の街には1日で着いた。

 宿には寝る為だけに泊まり、食事は亜空間から取り出した物を食べた。

 そして翌日、アフェクシオンからの開拓団と合流した。


 そちらは馭者の予想より早かった。ミレーヌ用の馬車が突然消えたのに、妖精達が喜んでいておかしいから話を聞いたら、近くまでミレーヌが来ていると言う。

 それは寝ている場合では無いと、夜通し移動したそうである。


「お久しぶりです! ミレーヌ様!」

 声高に挨拶をしてきたのは、騎士団長だった。

 その横で副団長も騎士の礼をしている。

 二人の姿を見て驚いた顔をしたミレーヌだが、すぐに顔をほころばせた。


 こうして、創造神がミレーヌのもとへ馬車を移動し、騎士団と有志の開拓住民が強行軍で移動して、ミレーヌと合流したのである。

 勿論、無謀とも言える強行軍を実行出来たのは、妖精王の命を受けた妖精のお陰である。



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