第9話:国王、真実を知る
「聖女が本物だったと? 嘘を言うな」
国王の執務室でアフェクシオン国への苦情を殴り書いていたサロモンは、慌てた様子で部屋に飛び込んで来た宰相を怪訝な表情で見た。
「それが本当なのです! それどころかアフェクシオンでは国民全てが治癒魔法を使えるとかで、あの侍女が将軍の骨折を治しました!」
宰相の顔色が興奮で赤くなり、その後に自分達の対応を思い出したのか青くなる。
「聖女の称号は『治癒魔法を使うもの』と決まっているだろうが!」
サロモンが怒鳴りつけると、宰相は更に顔色を悪くする。
「それが、その侍女の称号は『火に長けたもの』でした。どうやらアフェクシオンでは治癒魔法は当たり前に使えるものであり、特記するものでは無いようなのです」
冷や汗まで流しながら話す宰相が嘘を言っている様子は無い。
サロモンは書いている途中の手紙をグシャリと握り潰す。
「仕方が無いから、もう一度結婚式をやり直してやろう」
席から立ち上がり、ソファの背に掛けてあった上着を手に取った。
「……それは、無理でございます」
上着に腕を通したサロモンは、宰相の言葉に動きを止めた。
「何だ? まさか小国の第二王女の分際で、俺との結婚を拒むとか言い出したのか?」
サロモンが嘲るように口の端を上げる。
自分を「朕」と呼んでいたのは、対外的なもので、普段は「俺」と言うようである。
「彼女は『愛されるもの』でした。それは、神に愛されていたのです」
焦って説明する宰相は、肝心な所を
「それが何だ? 俺だって武神シュトライテンの加護がある!」
この国で神と言えば、武神シュトライテンである。
サロモンが声を荒げた瞬間に、執務机の天板に大きなヒビ割れが入った。
ビシリと鳴った大きな音に、サロモンと宰相は揃って机を見る。
それは、人知を超えた存在による戒めのようにも感じた。
どちらともなく国王の執務室を出た二人は、宰相の執務室へと場所を移した。
サロモンの突然の来訪に宰相の部下達は驚いたが、宰相に部屋を出るように命令されて、頭を下げてから静かに退出した。
「それで先程の話ですが……」
宰相は、サロモンが出て行った後に起こった事を全て話した。
その余りにも
「あの女の護衛が、外から扉を抑えていただけだろうが」
鼻で笑うサロモンに、宰相は「付き添いは侍女のみで、護衛騎士も足手まといだからと同行を許さなかったのでは?」と問う。
それにより、サロモンは口を
「武神と創造神とやらは、どちらが上なのだ?」
答が解っているのに、敢えてサロモンは聞く。
「私は神司では無いので絶対ではありませんが、おそらくは創造神の方が上だと思われます」
宰相が言葉を選びながら答える。
「妖精王にも愛されていると言ったか?」
サロモンのさらなる問いに、宰相は無言で頷く。
「妖精と精霊は違うのだろう? 魔法使いが魔法を使うには精霊を褒め称えると言っていた。ならば我が国に必要なのは精霊であって、妖精は関係無いだろう?」
だから妖精王は無関係だと言いたいのだろうが、言っているサロモンも屁理屈だと理解しているのか、段々と声が小さくなっていった。
部屋の中に、嫌な沈黙が流れる。
先に口を開いたのはサロモンだった。
「しょうがない。とりあえず、あの女に謝罪してやろう」
まだ上から目線のサロモンに、さすがに宰相の眉間に皺が寄る。それでも謝罪をするならば、と
「それでは、謝りに行きましょう。彼女はどこの部屋に?」
宰相の言葉に、サロモンは首を傾げる。
「知らん。聖女は神殿に住むものだろう」
不快そうに答えるサロモンに、宰相の目が見開かれた。
「仮にも王妃になるはずだった人ですよ? 王城へ部屋を用意するのが当然ではないですか!」
堪忍袋の緒が切れたのか、とうとう宰相はサロモンを怒鳴りつけてしまった。
王妃を迎えるのに何も確認しなかった自分の失態は、完全に棚上げである。
国王になってから誰かに怒られるなど無かったサロモンは、宰相に食って掛かる。
「はぁ?! 今までの聖女は神殿に住んでいただろうが!」
しかし、サロモンの反論はすぐに論破されてしまう。
「神殿に住む聖女は、一般女性で貴族ですらありません。前回の聖女は辺境の村で力を
その聖女は、王都の神殿で暮らし始めた途端に力が消えてしまった。身近な人を助けたいが為に一時的に発現した力だったのだろう、とは、神司からの説明である。
サロモンが国王になってからは、その聖女しか国に現れていない。
その前の聖女は、前王であるサロモンの父と一緒に魔物との戦闘中に命を落としていた。
既に王妃も亡くなっていたので王の妾のような立場にいた聖女は、平民出身だった為にその戦いで実績を残し、王妃の座に収まるはずだったのだ。
しかし、どのような理由あったにしろ、迷惑を被ったのは周りである。
突然の父王の死により、王座に就くしかなかったサロモン。
必要以上に傲岸不遜な態度は、不安な気持ちの表れなのかもしれない。
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