第8話:聖女のもとへ行こう




 ミレーヌが一月ひとつきも経たずに、アフェクシオン国からアッロガンテ王国の特に困窮している辺境へ、支援部隊が向かった。

 ミレーヌがアフェクシオン国からアッロガンテ王国まで移動した期間を考えると、結婚式から1週間も経っていない。


 妙に皆が身軽なのは、妖精王の命を受けた時空管理の精霊が、亜空間に大きな荷物を預かっているからである。

 亜空間から荷物を取り出すのは、それぞれの妖精であり、属性は関係無い。


「これ、商人が血反吐ちへど吐きながら懇願こんがんしそうな魔法っすよね」

 騎士団員の一人が、馬に乗り並んで歩いている副団長に話し掛ける。

 馬と言っても動物ではなく魔獣である。歩いていても、普通の馬の全力疾走よりも速い。

 妖精の手助けがあるか、身体強化が出来なければ、乗りこなす事は無理だろう。


 アフェクシオンで生まれ育った魔馬は、契約した主人に忠実で、死ぬまで尽くす健気な存在である。

 その為に、アフェクシオンの騎士団は、他国から恐れられていた。

 魔馬だけでもかなりな強さの上に、騎士達は殆ど詠唱も無しにバカスカと魔法を打ってくるのである。

 剣技も身体強化された怪力で繰り出され、多少の魔法は無効化される守護もある。


 善良な人間ばかりの国でなかったら、今頃世界はアフェクシオン国に統一され、ひれしていたかもしれない。


「使い慣れた家財の方が良いだろうとの、妖精王様からのお心遣いだ。ミレーヌ様の為の家具を運ぶついでだろうがな」

 副団長が前を向いたまま団員に応える。

 視線が常に前なのは、真面目だからなのか、他に理由があるのか。




「休憩しますよ~! それぞれ妖精からパンを受け取ってくださいね~! スープとおかずは近くの騎士団員から配給されるので、器を持って並んでくださ~い」

 街道から逸れて草原に集まった人々は、慣れた様子で食事の支度を始める。


「今日のおかずは、宿屋赤馬が鶏で食堂アイリスが豚ですよ~。スープはいつも通り王宮からです~」

 騎士団員の説明に、準備をしていた人々から歓声があがる。

 今回の旅の食事は、亜空間でアフェクシオン国と繋がっているので、常に美味しくて出来立ての料理が配給されている。


 基本的には王宮で調理された物だが、街で人気の店や宿が提供してくれる日もあった。

 普通ならば絶対に食べられない王宮料理人の料理は勿論嬉しいが、普段の生活でちょっとした贅沢として、祝いの日などに食べる店の料理が食べられるのも嬉しい。



 至れり尽くせりな旅なのは、王太子が全て手配しているお陰である。

 騎士団が乗る魔馬はともかく、人々が乗る馬車を引く魔馬の手配はかなり大変だったはずなので、その本気度が判る。

 ミレーヌの居る環境を快適に。

 ただそれだけが王太子の願いである。


「それにしても、この悪路をアッロガンテはミレーヌ様一人で旅をさせたのか」

 騎士団長が視線を今まで進んで来た道へと向ける。

 きちんと舗装されたアフェクシオン国内の道と違い、アッロガンテ王国の領地に入った途端にただの踏み固められただけの道になった。


「確か国王と側近は、先に馬で行ってしまったのでしたよね」

 団長の横で、副団長が言う。

 独り言のつもりだった団長は、ビクリと肩を揺らした。 

 遠くを見ていた視線を、隣の副団長へと向ける。


 肉体労働派の団長と違い、頭脳労働派の副団長。

 年齢が親子ほど離れているので今の地位に落ち着いているが、同い年だったらば絶対に立場が逆だっただろう、と団長は思っていた。

 実際には、人の頂点に立つのは能力だけで無く、人を惹き付ける魅力も必要なので一概には言えないのだが。



「まるで訓練時の野営みたいな食事が出されてたみたいっすね! まぁそれでも宿屋やアッチの護衛さんとしては精一杯のもてなしだったみたいっすけど」

 騎士団員が団長と副団長の会話に割り込む。

 旅が始まってから常に副団長の側に居る空気を読めないと有名なこの団員は、これでも副団長付きの補佐官である。このくらいの図々しさがなければ、副団長の側には居られない。


「国王は自分だけ先に行って、ミレーヌ様共々もてなすつもりで用意された豪勢な食事を、一人で食べたようですね」

 静かに男の言葉を補足したのは、こちらは団長付きの補佐官である。

 副団長と似た雰囲気だが、年齢は一回り程こちらの方が上だ。因みに、血の繋がりは無い。


「そんな短期間で何度もご馳走が用意出来ないの解ってて、自分だけ良いもん食って、本当に何様なんすかね」

 感情を隠しもしない団員がいきどおるが、内心皆同じ気持ちなのかたしなめる者は居なかった。


 まさか自分の悪行が全てアフェクシオン国側に筒抜けであるとは、アッロガンテ王国国王サロモネも思っていなかっただろう。



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