第2話:聖女の嫁ぎ先




 ミレーヌが嫁ぎ先を決めると、国王も王妃もそれを支持した。

 聖女であるミレーヌが決めた事である。反対する理由が無い。

 唯一の心配は、使命感のみで嫁ぎ先を決めてしまった事だか、神の祝福と妖精王の加護の有るミレーヌが不幸になるわけが無いと、そっと心の奥底に仕舞った。



 婚姻承諾の返事を送ると、アフェクシオン国の都合など聞かず、いきなりアッロガンテ王国から迎えの馬車が着いた。

 王城内へ案内された使者は、型通りの挨拶の後に「何も用意しなくても良い。身一つで嫁いで来ても、全て用意してやろう。このような小国では持参金も期待して無い」と、信じられないような傲慢な言葉を吐いた。

 そもそも結納金も持参していないのに、随分とおかしな言い分である。


「嫁入り道具は、聖教国グラウベンが用意してくれる事になっております」

 国王は使者を追い返したいのをぐっと我慢し、生まれた時から決まっていた事を告げる。

 聖教国グラウベン認定の聖女が嫁ぐのである。当然の措置そちだった。



「我が国の国教はクレーデレ教だ。そのような物は持ち込むな」

 今度の言葉には、国王だけでなく王妃も絶句してしまった。

 世界的に信仰されているクロワール教に喧嘩を売っているも同然の言葉である。


 そもそも聖教国グラウベンの認めた聖女を望んだのに、かなり矛盾している。

 大国相手ではあるが、一度保留に戻して聖教国グラウベンと相談した方が良いか、と国王は思い始めていた。




「アッロガンテ王国からの使者がいらしていると聞きました」

 ノックの後に謁見の間に入って来たのは、王太子に伴われたミレーヌだった。

 婚約期間や結婚式などの相談もあるだろうからと、本人であるミレーヌを王太子に呼びに行かせていたのである。


 使者は不躾にミレーヌを眺めた後に、手を差し伸べた。

「アッロガンテ王国国王、サロモネ・マストロヤンニだ」

 ミレーヌは驚いて最上級の礼をする。

 驚いたのは一緒に居た王太子だけでは無い。今まで会話していた国王も王妃も、驚いて目を見開いていた。


 確かに季節の挨拶と国の繁栄を褒める挨拶の後には、「アッロガンテ王国から、花嫁を迎えに来た」としか言わなかった。

 使者が個人名を名乗らない事は国によっては、まま有る事だった。


 少し……いや、かなり傲慢で上から物を言う性格のようだが、国王本人が迎えに来たのだから、誠意は有るようだった。




「今、我が国は魔物のせいで危機にひんしている。兵は傷付き、農民は畑を潰され、国民は飢えている」

 サロモネは、自国の悲惨な状況を大仰おおぎょうに、まるで舞台俳優のように声を張り、ミレーヌに訴えた。


「このまま我が国まで来て、聖女として、そして王妃として、ちんの為に誠心誠意つとめて欲しい」

 サロモネの言葉に、王太子の眉間に深い皴が寄った。


「朕の為」なのか? 国の為では無いのか? と。それに「つとめて欲しい」と言う言葉にも違和感を感じた。

 務めるでも、努めるでも、勤めるでも明らかにミレーヌを下に見ているからこそ、出てきた言葉だろう。

 婚姻をお願いしている相手に掛ける言葉では無い。


 せめて「支えて欲しい」ならば許容範囲だろうか。いや、誠心誠意と強要している時点で駄目だろう。

 同じ事を、国王も王妃も感じていた。



「判りました。私が行けば助けになるはずですから」

 ミレーヌは家族の心配や不快感も気にせず、アッロガンテ王国行きを了承してしまった。

 もしも持参金や嫁入り道具の話を聞いていたら、即決はしなかったかもしれない。


 そもそも信仰がクロワール教ではなく、クレーデレ教だと知っていたら、クロワール教の神の祝福を受けているミレーヌは、躊躇していただろう。

 全ては後の祭りである。




 アッロガンテ王国までの旅は、ミレーヌの一人旅となった。

 サロモネは結婚式の準備をすると、側近を連れて先に馬で帰ってしまったのだ。

 同行した侍女は有り得ないと怒り心頭に発していたが、ミレーヌは笑って宥めた。


「国が大変な時に、自分の結婚式にうつつを抜かすよりは良いのではないかしら?」

 ミレーヌは心からそう思っていた。


 その為、アッロガンテ王国に到着してすぐに結婚式が執り行われると聞いても、その際に称号の確認が行われると、まるで疑っているような事を言われても、全て了承した。



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