第3話:聖女の結婚式




 国を救う聖女との結婚式のはずなのに、神殿には数える程の家臣と、あの求婚の手紙の映像に映っていた白い服の神官しか居なかった。

 急な結婚式の為、新婦であるミレーヌ側の参列者は侍女のみである。


 しかし、それは見える参列者の話であった。


 ミレーヌを祝福した神も、加護を与えた妖精王も、ドレスを作った妖精達も列席していた。

 そしてもう一柱、顔色の悪い若い神も。



『我が愛し子はやはり美しいな』

 クロワール教の信仰する神であり、ミレーヌに祝福を贈った創造神が愛おし気に呟く。

 その横に立つ、アッロガンテ王国の国教であるクレーデル教が信仰する神は、倒れそうなほど緊張していた。


『あのドレスは、ミレーヌが生まれた時から作り始めたもので、あれ以上の品は女神のドレスにも無いだろう』

 妖精王が自慢気に言う。その周りを、妖精達も得意気に飛び回っている。

『確かに、ミレーヌが着るのに相応しいウェディングドレスだな』

 妖精王の台詞に怒るかと思われた創造神だが、同意を示して満足そうに頷いた。




 急ごしらえの結婚式。

 ウェディングドレスとして市販品の単なる白いワンピースが出された時には、さすがに侍女が異を唱えた。

「そんなもの、何でも良いだろうが」

 そう言ったサロモネに、侍女は朝露で織られたかのような不思議な輝きの、この世のものとは思えない素晴らしいドレスを出して見せた。


「ドレスはこちらで用意しております」

 侍女が誇らしげに言う。

 それは、一生に一度の結婚式に着る物だからと、妖精王の依頼で妖精達が丹精を込めて作ったドレスだった。

 先ほど、妖精達が侍女に届けに来たのだ。


「甘やかされた王女は、やはり無駄遣いが酷いのだな」

 ドレスを見たサロモネは、蔑むような視線でドレスとミレーヌを見て、嫌悪を隠す事無く吐き捨てた。



 若き神は、目の前の光景に、吐きそうなほどの目眩を感じていた。

 実際には神なので吐く事も倒れる事も無い。

 そのような気がするだけである。

 何となく嫌な予感がして、控室を見に来て正解だった。


『この世界の創造神様の祝福を受けた人間に、なんという態度を取っているのだ! れ者が!!』

 自分を信仰する国を治める男の余りにも失礼な態度に、神託として『聖女を大切にするように』と命令しようと決心をする。


 まだまだヒヨッコの若き神は、神という立場では有るが、実際には妖精王よりも格下と言えた。


 この国の人間は、若き神が加護や祝福を与えて初めて治癒魔法が使えるようになる、という現状を見てもその力関係は明らかである。

 創造神が贔屓ひいきにしている国アフェクシオンでは、住人全員が治癒魔法を使えるのに、である。



 いざ、神託を! という時に、創造神と妖精王が神殿内に現れた。現れてしまった。

 彼等を無視して人間に神託をする事など、出来るわけが無い。

『お前も見に来たのか』

 創造神に声を掛けられ、若き神は畏怖で返事も出来ずに頭を下げた。視線を合わせるなど、恐れ多くて絶対に出来ない。


 もしも創造神や妖精王の顔を、若き神が一瞬でも見る事が出来ていたら。

 彼等に土下座してでも、神託をする時間を作った事だろう。




 若き神が何も出来ずに結婚式が始まった。

 そして、冒頭の創造神と妖精王の会話である。

 妖精達が妖精王の命令で作ったドレスを蔑んだ国王を、創造神と妖精王がどう思うだろうか。

 若き神は生きた心地がしなかった。


 祭壇前に並ぶサロモネとミレーヌ。

 ミレーヌには市販品の白いワンピースを着せようとしていたくせに、サロモネは見るからに高級そうな真っ白い礼服を身に着けていた。飾られている宝石や金糸で作られた飾緒などにも、これでもかと金が掛けられている。


 ミレーヌのドレスを見たから用意したのでは無い事は、一朝一夕で作れる礼服では無い事で明らかだった。

 この礼服の隣に、質素なワンピースで立たせようとしたのか。

 小国から嫁いで来た王女など、周りからどう見られても良いと思っていたのが判る。

 大国の王である自分の事は、これ以上ないくらいに飾り立てるのに。


 もしかしたら聖女を自分より下に見せる為に、態とすぼらしい格好をさせようとしたのかもしれない。

 それも妖精のドレスのせいで失敗したようだが。




「それでは、これから神の審判を行います」

 祭壇の上に、神司しんしが水晶玉を置く。

 クレーデレ教では、神に仕える者を神司と呼ぶ。クロワール教で言うところの神官である。

「こちらに手を」

 神司がミレーヌに水晶玉に触れるように促す。


 前もって言われたとおり、結婚式の前に、神司による称号の確認をするようである。

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