第1話:聖女ミレーヌ




 神に愛される国、アフェクシオン王国。

 精霊が普通に人間と共に生活し、国民全てが善良である。

 普通に小さないさかいは有るが、犯罪を犯すのは他国の人間だった。

 なぜなら、アフェクシオン国内で犯罪行為を行うと、問答無用で天罰が下るからである。


 そのような平和で恐ろしい国の中でも、特に愛されし者が居た。

 第二王女ミレーヌ・デュルフェ・アフェクシオンである。

 生まれてすぐに神の祝福が贈られ、妖精王から加護をたまわった。


 魔法を使うのには精霊の力が必要なのだが、彼女の後ろに居るのは妖精王である。

 魔力は無尽蔵むじんぞうだし、他国の人間のようにをする詠唱は要らない。

 頭の中で想像するだけで充分だった。




 宝物のように大切に育てられてきたミレーヌには、国内外を問わず、結婚の申込みが殺到した。

 聖教国グラウベンに聖女認定されているのも、求婚が増える一因だった。

 世界的に信仰されているクロワール教の聖女である。


 特に他国から見ると、ミレーヌと婚姻すれば聖女が手に入るだけでなく、神に愛される国と縁戚になれるのだ。

 良い事しかないように感じても、しょうがないだろう。



 今日も求婚の書状を前に、ミレーヌは溜め息をいた。

「私が嫁ぐという事は、神の厳しい監視下に入るという事を、正しく理解している方がどれだけ居るのかしら」

 手紙を1枚手に取ると、手紙の送り主の思惑おもわくが映像として浮かび上がる。



『相手は聖女だろう? 心が広くていらっしゃるのだから、博愛主義の俺にピッタリじゃないか』

 裸の女性を複数人はべらせた、どこかの国の王族だろうか。

 聖女は優しくて心が広いから、何をしても許してくれる、と勝手に思い込んでいるようだ。


「嫌に決まってます」

 ミレーヌの手の中で手紙が燃あがり、灰も残さず消える。

 自分勝手な思惑でミレーヌを不快にした男は、知らぬうちに神の怒りに触れた。

 自身の体から子種が消えた事に気付くのはいつだろうか。



 ミレーヌは次の手紙を手に取る。

 見えた映像は、少し年上の優しそうな男性だった。

『亡くなった婚約者をまだ愛している私では、やはり聖女様には相応しくないだろう。たとえ聖女様に心から尽くしたとしても、私の心の中から彼女が消える事は無いのだから』

 まだ幼さの残る女性の絵姿を手に、男性は溜め息を吐く。


『しかしこの前の災害のせいで、国の被害は甚大だ。せめて私は誠実でいよう』

 映像の中で男性は長い手紙を書いていた。

 婚約者が居た事。その彼女が若くして亡くなった事。その子の事が好きだった事。

 もしも結婚したら、誠心誠意ミレーヌを愛する努力をする事。


「結婚をしようとは思いませんが、お父様に援助を頼みましょう」

 今度の手紙は燃やさずに、【返信】と書かれた箱の中へと入れた。

 誠実な男性は、アフェクシオン王国の支援と共に、神の慈悲も受けるだろう。

 予想より早く、国は復興出来るに違い無い。




「今日はこれで終わりにしましょうか」

 2つ目の箱の底から、手紙を取り出した。

 表れた映像は、今まで見た数多あまたの風景とは少し違っていた。

 見た事の無い建物の中で、見た事の無い白い服装の男性が立っており、差出人はその前に立っている威厳の有る男性の方だった。


「ここは神殿かしら? それならば白い服の男性は神官?」


『また魔物が湧いたようだ。このままでは兵が居なくなってしまう』

 どこか疲れたように呟いた男の言葉に、白い服の男が頷く。

『神の力を借りて神司しんし総出で結界を張っておりますが、聖女様が居なくなってからはそれも厳しい状況です』

 二人の間に沈黙が落ちた。


『私は王として、国の為になる妻を迎えると決めている。やはりあの国の聖女をきさきに迎えよう』

 男が拳を握りしめた。


「まぁ! 今時魔物が居る国があるのですね。それは確かに大変ですわね!」

 神に愛される国であるアフェクシオン国は勿論、クロワール教を信仰している国では国が疲弊するほど魔物が湧く事は無い。

「私は聖女として、この国を助ける運命に有るのですわ」

 ミレーヌは手紙を胸に抱いた。



 同じ映像を遥か彼方から見ていた神の眉間に皺が寄った事を、ミレーヌは知らない。



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