池袋のポルノ映画館に行ったら、席を大漢にゆすられた話し

有野優樹

池袋の街に佇む大人な映画館

東京池袋。乙女ロードを始め、アニメショップ、サンシャイン、水族館。デートスポットにはもってこいの街だ。困ったら池袋に行けばなんでも揃っている安心と便利の重ね塗り。


‥しかしこれは、東口のお話。今回の舞台は“北口”。


商業施設は少なくなり、北口前にはなにやらの団体が勧誘の広告を配ら人たち、1人で入るには訓練校かどこかに行ってノウハウを聞きたくなるくらいの飲食店が並ぶ。


線と脇を歩くこと数十秒。タイムスリップをしてしまったノスタルジーさを感じる映画館は、いきなり姿を表した。


“シネロマン”


スマホを見ながら歩いていたらうっかり通りすぎしてしまう。電車から見えるその看板に惹かれ一度は来てみたかった場所。来ると決めた。決めたはずなのに前にきただけで少し後悔した。引き返そうと思えば返せる。ただ、それだと何かに負けた気がした。


「こんなポスター‥あるんだ」


ストレートとユーモアの混じった映画タイトルと、肩を大胆かつ想像の余地を持たせるくらいに服をはだけさせた女優さん。


「決めたんだ‥」


仲間を捨て、独りまだ見ぬ大陸へ進む冒険家、それはまるでコロンブス。いや、コロンブスは仲間を捨てたわけではない。


観音開きのガラス戸をグッと押す。緊張なのか爪の先が白くなるくらい力が入る。手汗。鉄パイプの取手が冷たく滑る。閉めた途端、騒々しい池袋の声が小さくなる。目の前には地下へと続く白い階段。一歩、また一歩、ゆっくりとくだってゆく。くだる度に自分の足音と心臓の音が目立ってくるのがわかった。


「‥やってるの?」


安心するくらいには聞こえてきてもよいくらいの人の声がしてこない。休館日に来てしまったのではないか。いや、そしたら扉も閉まっているはずだ。


そんなことを考えていたら最後の一段を迎えた。目の前には、長崎は今日も雨っぽかった曲を歌っている人なみに直立不動の券売機。160センチの僕よりも少し小さい。


千円札を入れると無慈悲に吸い込まれた。強く引っ張られたような気がする。返却をさせない意志を感じる。中に人が入っているのではないだろうか。負けてられるか。ここまで来たんだ。千円も持って行かれたことだし入ってやろうじゃないか。ガラス戸を開ける。すると、小さいロビーと受付があった。受付で券を見せると


「本当に来たんかい?見るのかい?まだ早くないかい?」


と言わんばかりの表情で


「はい」


と言われる。


ロビーのソファーには愛を確かめ合う2人。映画はスクリーンの中と聞いたんだが。劇場内に入る扉を開ける。自由席だ。


右手にスクリーンがあり、前ならえをするかのように行儀良く並ぶ客席達。左手が1番後ろの席になる。後ろから3列目の1番右の席に座った。席の右側が通路なので、なにかあったらすぐに立てる。


見ようと思っていた作品はまだ始まっておらず、1つ前の作品のおそらく最後の方の展開。切り替えのタイミングがあるのかと思っていたが、「完」とでたらすぐに次の作品が始まった。なるほど。居ようと思えば1日中見ていられるのか。


他愛もない日常会話。大人なシーンがあることはわかっている。ストーリーを見ていると、だんだんそういう展開になっていくんであろうという会話になっていった。リアルの世界でもそうだろう。いきなり直接的なアプローチはしない。仕事の話をしたり、飲みに行ったりしてコミュニケーションを積みながら‥と、僕の話はいいんだ。


中年の男女が大人な関係になっていきいよいよ。大きなスクリーンで見るその景色はかなり新鮮なものだった。艶かしい声が劇場に響く。薄明かりの中、周りの目を気にしているからなのか。そのシーンが長いような気がした。このドキドキはなんだ。大人なシーンを見ているからではない。いや、多少はあるかもしれないが、複数人でしかも、一般的には仕事をしている時間帯にこんなことをしている背徳感なのか。暑さなのか誰にもごまかす必要のない焦りなのか、背中を雫が伝っていく。


‥終わった。


劇場内はまた静かな日常会話が響く。しっかりと内容を追えていない。自分の気持ちに意識を向けすぎていた。ただ、なんとなく安心感があった。


‥いや、ナニカヘンダ。


今度は男性のみの艶かしく、どこか力んでいるような細切れの息遣いが聞こえる。なぜだ?大人の仲良しのシーンは終わったはずだろう?


‥劇場内からだ。


まさかと思いつつ、少し座高を高くし前の方を見ると、僕の位置から3.4列目あたり。5.60代くらいだろうか。1人の男性が自家発電に勤しんでいた。大人なら察してくれるだろう。一旦、頭を整理しようと席を立ちかけた時、廊下の光が漏れてくる。お客さんが入って来たのだ。


かっぷくのよく、はち切れんばかりの服を着た男性が劇場内を見回している。自由席だから品定めをしているんだろう。あの人が座ったら‥と考えていたら、こちらに歩み寄ってくる。ああ、僕と同じく後ろの方の席に‥?


僕の右側は通路になっている。だって僕は1番右の席に座っているから。その男性は僕の席の右側で止まった。僕の前を通るでもなく、後ろの席に座るでもなく、横。僕の横。目線だけを男の方に上げる。後ろを向いたままの男性は、僕の背もたれを掴み小刻みに揺らし始めた。恐怖を感じすぐさま劇場を出る。お手洗いに駆け込む。上映中だからなのか誰もいない。


選び放題の便器。5.6個並んでいる。真ん中の便器で用を足す。せっかくお金を払ったんだ。最後まで見ないと勿体無いだろうという貧乏性が働く。


‥人がすれ違えないくらいのお手洗い入口。扉が開く。重厚感のある足音が足早に。まさか‥。選び放題の便器。選び放題なんだ。そのはずなんだ。しかし、あの大漢は僕の隣についた。走って来たのかと思うくらい息を荒げ、己の手を動かし始める。


「あっ!」


僕は貧乏性を忘れ心拍数よりも早く階段を駆け上った。



いつも通りの池袋の声。普段は大して耳にも入っていないが、今回ばかりはその声に安堵した。この街にはまだまだ秘密がありそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

池袋のポルノ映画館に行ったら、席を大漢にゆすられた話し 有野優樹 @arino_itikoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ