第16話


 数日前にも兄さまに不良債権ラピテルを押し付けられた一件がある為、ここは慎重にならざるを得ない。


「さぁ、どうします? 法務局で調べてみませんか?」

「はぁ……まさか疑われるだなんて。実はギリオン様から1,000万マーニなら買うという返答を既に頂いております。それでもお優しいリリージュ様に土地を運用して頂いた方が良いと思い、わざわざ足を運んで来たのですが……」


 老夫婦は大袈裟に大きく溜息を吐いた。


「売れば2,000万マーニにはなったでしょうに……しかし、私共も時間が惜しい。即決して頂けるなら900万で構いませんが、いかがですか?」


 なんと稚拙な駆け引きだろうか。

 揺さぶりをかけるにしても、もう少しやりようがあったと思うのだが。


 もう何を言われようと、こんな怪しい土地を買うのは無理だ。

 「結構です」と、口を開きかけたその時。


「アハハ! もう諦めなって、下手くそなんだよあんたら。しょうもない嘘吐いてさ、ギリオンだって馬鹿じゃない。その話を実際にギリオンの前でしてみなよ、その場で首をはねられたっておかしくないよ」

「な……何だこの失礼なクソガキは!」


 事の成り行きを見守っていたがミラ姉が、堪えきれずに笑い出した。

 老夫婦も馬鹿にされたことで先程までのおっとりとした口調を止め、捲し立てる様に話し始めた。


「ちっ! 別にお前みたいな小娘に売らなくたって、この話に喰いつく奴らはごまんといるんだ! 金の価値もわからんガキ共がカジノで大勝ちしやがって、大人しく金を出しとけば良いものを! とんだ無駄足になっちまった!」


 既に体裁も何も隠そうとせず口汚く罵り終えると、その老夫婦は去って行ってしまった。

 何とまぁ、わかりやすい小悪党達だろうか。


……それにしても詐欺に気づけて良かった。


 私は元の世界で起きた、ある不動産売買の事例を思い出していた。


 その時の土地の売主は夫婦で、買主が見つかったことで売買契約書を交わし、後は決済日(お金を支払い、所有権を移転する日のこと)を待つだけとなっていた。

 

 しかし、決済日当日になって登記簿謄本を取得した所、契約の時にはなかった筈の抵当権がしれっと記載されていた。


 そこで初めて、売主である夫婦の旦那が売買契約書を交わした後にも関わらず、その土地を担保に金を借りていたことが発覚。

 当然にその日の決済は出来なくなった。


 しかも、その旦那は妻に内緒で金を借りていたらしく、その事実を知った妻が泣きながら旦那を張り倒していた。


 我々や買主だけでなく、売主の妻も被害者と言えるような悲惨な事件だった。


 今回の詐欺に気づけたのも、その時の教訓が生きた形となった訳だ。


「さ、悪い虫は追い払ったし、行こっか」

「え……捕まえなくて良いの? 他に被害者が出るんじゃ……」

「放っといて大丈夫だよ。カジノから出てきた客をターゲットにしてたんだ。ローゼスが黙っちゃいないさ」


 それを聞いて、尚更不安になった。

 ローゼスはきっと容赦しない。きっと、あの二人を法で裁くなんて甘い事はしない。


「あの二人……どうなるの?」

「さぁ、どうなるんだろうね。でも二度と会う事もなくなるだろうし、気にしたって仕方ないと思うよ」

「そんな……」


 確かにあの二人は詐欺師だ。野放しにしたら他の人が不幸になるかもしれない。

 だとしても、あの二人が酷い目にあうと思うと、心が苦しくなる。


「リリ……さっきので分かっただろ? あいつらはギリオンや僕ではなく、最初からリリを狙っていたんだ。優しさに付け込んだ報いを受けさせるべきだ」


 だとしても、この世界にだって法律というものがある。

 悪人だろうと法で裁き、反省させるべきだ。


 それに私がカジノへ行かなければ、あの二人がローゼスに目を付けられる事もなかった。


 ……私があの二人とローゼスを引き合わせ、更生する機会を奪ってしまったんだ。


「私にも……責任が……」

「リリ……それは君が背負うものではない。どの道こうなる運命だったんだ。あいつらは以前からローゼスに目を付けられていた。その証拠にほら……」


 ミラ姉が背後に目配せをする。そこには普通の街娘らしき人物が座っていた。

 私が視線を向けると目が合った。

 街娘らしき人物は立ち上がると、会釈をした。


「ローゼスの手下だよ、カジノで何度か見た顔だ。昨日から僕たちを尾行してたんだろう?」

「おっしゃる通りです。おかげで捕らえることが出来ました」


 あの二人組はカジノで大勝ちした人を狙う常習犯だったようだ。

 その為、ローゼスは大勝ちした私たちに尾行を付け、詐欺師の尻尾を捕まえようとしていた。


「それじゃあ……むしろ私達がローゼスに利用されてたということ?」

「そうなるね。だからリリの所為じゃないってわかっただろ? でも、ただでローゼスに利用されたんじゃ癪だし、少しくらいアイツを困らせてやろうじゃないか」


 ミラ姉は街娘の方へと振り返る。


「ローゼスに伝えといてよ。リリがあの詐欺師二人を気にかけていたってね」

「かしこまりました。そのようにお伝えいたします」


 街娘は再び会釈すると、去って行った。


「どういうこと? たったあれだけで何でローゼスが困ることになるの?」

「ローゼスはあの二人を処分したい、でもそうするとリリの不興を買ってしまうだろ? さぁ困った困った……と言う訳さ。アハハ、僕らを利用した報いだね」

「何でシオンじゃなくて、私なんかの不興を買うとローゼスが困るの?」

「実際には困らず、あっさりあの二人を処分してしまうかもしれないけどね」

「ねぇ……何か隠してるでしょ。はぐらかさないで教えてよ」

「何も隠してないって。それより時間がないんじゃない? 買うもの買って、早くラピテルに向かった方が良いと思うよ」

「もう!」


 結局、ミラ姉はそれ以上何も教えてはくれなかった。

 ただ、私はあの二人の無事を願うことくらいしか出来ないのも事実だった。

 











 


 

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