第14話

「ミラ姉、何でここに――」

「しー」


 ミラ姉の一指し指がそっと私の唇に触れた。


「もちろん、リリに会いに来たんだよ。それと僕のことはシオンって呼んで」

「う……うん」


 くそ、無駄に顔が良いから、ミラ姉だと分かっていてもドキドキする。

 イケメンに弱い自分に腹が立つ。


 とりあえず今ので何となく状況は理解できた。


 どうやって脱獄したのかは分からないけど、牢屋にいる筈の人が外を出歩いていたら不味いから変装をしているようだ。


 脱獄した理由は……まぁ言った通りなのだろう。

 私に会いに来た。それ以上でも以下でもないのは、ミラ姉だからという理由で納得出来てしまえるのが悲しい所だ。


 それよりも問題はこれからのことだ。


 どうやって引き離すか。

 アクノ家と縁を切りたい私にとって、兄さまよりも面倒くさいのがミラ姉だ。


「ほら、これで初対面の男から、大好きなお姉ちゃんに早変わりしたよ。これで一緒に寝られるよね」


 一緒に寝たら何されるかわかったもんじゃない。これなら初対面の男の方がマシというものだ。イヤ、流石にそれはないか。どっちも同じ位嫌かな。 


 とりあえず当面の資金は手に入れた訳だし、さっきの宿屋で部屋を借りて寝ることにしよう。


「私は別の宿屋を借りてるから、そっちに帰るね。あ! そうだ、借りてたコインも返さなきゃだよね」


 ミラ姉に借りを作るとどうなるか分からない。

 早々に会話を切り上げつつ、借りたカジノのコインを差し出す。


「ああ、それはまだ返さなくて良いよ。何かと入用でしょ?」

「もう大丈夫。資金には余裕が出来たから。やっぱり姉妹とは言え借りを作るのは良くないと思うし」

「いいっていいって、借りを作る為に貸したコインだし」

「え?」


 ミラ姉が不敵な笑みを浮かべている。


「僕は受け取りを拒否するよ、今は返してもらっても困るからね」

「そんな!!」


 確かに今のミラ姉が資産を持っていたら、賠償金として徴収されかねないのは分かるけど、受け取り拒否をされるとは思わなかった。


「さて、今は金を受け取れない。とは言え、回収できずに逃げられても困るし、僕もリリと同行しないといけないな」

「だからコインは返すって――」

「ローゼス。という事だから僕の部屋はキャンセルにしてくれ」

「かしこまりました。シオン様」

「じゃあリリ、行こっか」

「え……ちょっと!!」


 そのまま、なし崩し的にカジノの外へと連れ出されてしまった。 

 頼む前からカジノで得たコインは既に換金されていた。その額、1,000万マーニ。


 そんな大金を渡されても困ったが、これでとにかく資材や食べ物に困ることはなくなった。


♢♦♢


「店主。一部屋用意してくれ、ベッドは一つでいい」


 ミラ姉が宿屋の店主へそう告げた。

 しかも男装のミラ姉は私の腰に手を回し、仲良さげに身を寄せている。


 店主は分かりやすく困惑した表情を見せていた。 


「ち……違うから! そういうのじゃないから!!」


 果たして、店主は私という人間にどんなイメージを持っただろうか。

 先ほどまで無一文だったアクノ家の令嬢が、数時間後には男を連れて戻ってきたのだ。


 絶対にいかがわしい勘違いをされている……。


「た……たまたま友達とばったり会っただけだから! だからベッドは二つでお願い!」

「リリは男女の友情を信じるタイプ? 言っとくけど男は皆ケダモノだよ」

「シオンは黙ってて!」


 勝手な想像をされているという焦りから、勝手に言い訳が飛び出していた。

 しかも恥ずかしさも相まって、私の顔は紅潮してしまっている。

 何から何まで逆効果だ。


 かといって、シオンという男との関係性を説明するのも難しい。

 シオンがミラ姉だと言えたらどんなに楽な事か。しかし、実の姉を脱獄班に仕立て上げるのは流石に心が痛む。


 ああ……駄目。顔がどんどん赤くなっていくのが自分でわかる。

 これだからミラ姉は苦手なんだ。


 宿屋へ向かう途中、馬車の中で一人一部屋ずつ借りると伝えた所、ミラ姉は「僕に借りがあるよね? それなのに恩を仇で返すの?」と言ってきた。

 じゃあコインを返すと言っても、「今は困る」と言って絶対に受け取らない。


 こんな姉がいて、幼い頃の私もよくグレなかったものだ。


 私は決心した。

 こうなったら、朝一で供託きょうたくしてやる。


 供託とは、債務者が支払いをしたくても、債権者ミラ姉が受け取ってくれない、または連絡が取れずに支払先がわからないなど何らかの事情がある時に、供託所へ金銭を供託することで、法律上の返済の目的を果たしたとする制度である。


 これにより、家賃未払いを理由とした契約違反による賃貸借契約の解除や、利子の発生などを抑制することが出来る。


(※ただし、今回の場合だと供託したところでミラ姉は受け取らないし、時効までに長い年数を要する為、あまり効果はない。要はただ、私が払ったと言い張れるようにしたかっただけである)


「あっしは何も見てませんし、誰にも言いませんので……ごゆっくり――」

「だから違うって!! そういうのじゃないの!! ねぇ、聞いて!! お願いだから聞いて!!」

「リリ、ほら行くよ。あまり店主を困らせるんじゃないの」

「ムキーッ!!」

 

 結局、言い訳……というか事実を殆ど説明できずに、部屋へと引きずられていった。

 幸い、ベッドが二つある部屋をあてがわれたようで、そこだけは良かった。


「一緒にお風呂入ろ?」

「うるさい!! ミラ姉なんか知らない! もう寝る!」

「入らないと臭くなるよ? 私はリリの匂い好きだから構わないけど」

「……入ったらすぐ寝るから!!」


 結局一緒に入った。

 どう足掻こうとミラ姉は一緒に入ってくるから、抵抗するだけ無駄だ。


 怒りと疲れが相まって、ベッドに入るとすぐに寝てしまった。


♢♦♢


 翌朝、目が覚めると自分のベッドの中にミラ姉がいた。

 小さく寝息を立てている。


 静かに寝てる分にはお人形さんみたいで可愛らしいので、どうせなら、ずっと寝ててほしいものだ。


「はぁ~全く……寂しがり屋なんだから」


 男装だと年上のイケメンという印象が強かったが、変装前の寝顔はなんだか幼く見えた。

 

 それもまぁ仕方のない事ではある。

 元の世界の私と比べると、ミラ姉だって歳下になる。ちょうど妹みたいな年齢差になるだろうか。


 それなのに、一人でリリの為に頑張っているのだと思うと、無碍むげにもし辛いから困ってしまう。


 そっと頭を撫でると、寝ているミラ姉の表情が少し笑顔になった。

 

 

 

――――――――――――――――――――

供託に関しては、不動産ネタとして捻じ込みましたが、金銭の貸し借りで供託が出来るのかは曖昧です。もし間違ってたらごめんなさい( ;∀;)





 

 

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