第13話

 資金洗浄とは、違法に取得した金銭の行方を曖昧にしたり、正式に取得した金銭へと変換する方式である。 


 ミラ姉は違法に取得した60億マーニを、カジノで勝って得た正式な資金へと変換した。


 カジノ側も善意の第三者ということで、返還義務を免れていると言う事だ。

 まぁ、実際に善意の第三者であるかは怪しい所だが。


 しかし、実際にミラ姉とカジノの関係性を指摘しようにも、それを実証するのは難しいと考えられる。


 何故なら、本当に面識がない場合もあり得るからだ。むしろ、その方が堂々と善意の第三者を名乗れるので、カジノ側としても都合がいい。


 では面識のない者同士がどうやって意思疎通を図るか。そんなものは、共通の合図さえあれば事足りる。


 何気ない会話や仕草。飲み物の注文方法など。

 資金洗浄目的で初めて来た客であっても、合図の種類によって、どの人物から紹介されて来たかをカジノ側は把握出来る。


 そこに信頼関係は必要ない。あるのは互いの利益のみ。

 利益がある限り協力し合うし、無くなれば切り捨てる。ただそれだけのこと。

 

 ローゼスが言っていたカジノの仕組みとは、表向きのルールの事ではなく、資金洗浄の場として利用できるという事を伝える為だった。


「当カジノへお越し頂けましたら、いつでも42億マーニを上限に、勝ち続けることをお約束致します」


 そう言ってあくまでも腰の低いローゼスだが、その瞳はまさに品定めをする目をしていた。


 リリージュという人物、更にはその背景に利益関係が見込めるかどうか。

 

 この場合、同時にもう一つの品定めがなされる。

 

 もし協力関係を結ぶ事そのものがリスクだと判断された場合、次に考えるのは利用できるかどうかだ。


 互いに利益を得られる詐欺の協力者ではなく、一方的に甘い汁を啜れる獲物。もしくは、何かあった場合に罪を被せられる駒。トカゲの尻尾切り要因としてだ。


 有名なアクノ家の令嬢で、ネームバリューは文句なし。実家を追放され、頼れる存在もいない。そして無知で世間知らずだ。


 利用し尽くし、挙げ句の果てに罪を被せられる駒として、これ程適した人物もいないだろう。 


 だが、私には前の世界の記憶がある。

 品定めをするローゼスの鋭い視線に、つい息を飲んだが、利用されてたまるかと睨み返す。


 こちとら小娘とはいえアクノ家の血を引いている。視線の鋭さなら老獪のローゼス相手だろうと負けはしない。


「女の子をそんな目でジロジロ見るものじゃないな」


 その時、シオンが割って入るように二人の間に立った。


「おや、私としたことが……怖がらせてしまいましたかな」

「ローゼス、もしリリに何かしようものなら、僕が敵に回る事を忘れるなよ?」

「承知しております。ですがご安心ください。シオン様同様、リリージュ様とは良好な縁を築いた方が得だと判断致しました」

「ふん……どうだかな」

「不躾ながら、リリージュ様は騙そうと思って騙せる程、容易い人物ではありません。目の前の利益に考えなしに飛びつくようなら、むしろ利用しやすかったのですがね」

「ローゼス……貴様……ッ!」

「シオン様。これは本音であり、それを伝える事は私なりの信頼の証と受け取って頂きたい」


 そう言うと、いつの間にかローゼスから出ていた物々しい雰囲気は消えていた。


「リリージュ様。先ほどのご無礼、大変失礼致しました」

「い……いえ!」

「シオン様も、お気を悪くさせてしまい、失礼致しました」

「まぁ……リリを高く評価した事は、褒めてやる」


 ローゼスは深々と頭を下げた。ローゼスが引いた事で、二人の間に生まれた不穏な空気がようやく和らいだ。


「リリ、そろそろ時間も遅い。僕が送っていくよ」


 シオンが優しい笑顔で振り返ると、手を差し伸べてきた。


 シオンがいてくれて本当に良かった。とても頼りになる。ああ、なんて素敵なお方……などと思う筈もなく、当然、次に警戒すべきはこのシオンであった。


 思い返せば全ての行動が誘導されていた。

 荷物を揃えてくれたロゼがうっかり一番大事なお金を渡し忘れ、何か困ったことがあればカジノへ行くように言っていた。


 カジノへ行けば偶然にも超偉い支配人がたまたま入口に立っていて、タイミングよく空いた席へと案内される。


 そこへ座ると、隣にはローゼスの顔見知りを名乗るシオンがいて、とても親切にコインを貸してくれた。

 こんな偶然があってたまるか、とんだ茶番を見せられたものである。


 最初はカッコよくて優しくて頼りになって、しかも気品もあるとか、惚れてまうやろと思っていたがスッと冷めた。


 ローゼスというヤバい男と知り合いの時点で、こいつも当然にヤバい奴なのは間違いない。


 よし、早めに縁を切ろう。


「シオン。助けてくれた事には感謝するけど、初対面の男に送ってもらう筋合いはないので、遠慮します!」


 断固拒否!

 ちょっと強く言い過ぎたかもしれないけど、後腐れなく別れるにはこのくらいで丁度良い。


 これでひと睨みもすれば、引き下がるだろう。そう思っていた。


……ね」


 そう言うとシオンの口角が上がり、グイッと距離を詰めてきた。


「言ってなかったけど、僕は女だよ」

「えっ!! 嘘っ!?」


 確かに中性的な顔ではあるし、線も細いとは思っていた。よく見ると男装してるとはいえ、体付きも女性らしくも見える。


 でも、これだけの好青年が本当に女なのだろうか。未だに疑わしく思えてしまう。


「ふふ、疑ってるね? 安心して、証拠はちゃんと見せるよ。カジノの上は宿泊施設になってるから僕の部屋に行こう、部屋を取ってある。そこで全身くまなく見せてあげる。触って確かめてくれて構わないよ。もちろん、僕も確かめさせてもらうけどね」


「シオンも確かめるって……何を?」


「そりゃもちろん、リリが本当に女の子かどうかだよ。僕だって女だからね、リリが女装した男でないか確かめないとフェアじゃないだろ? リリがちゃんと女の子だってわかるまで、隅々まで念入りに調べさせてもらうよ。長くなるかもしれないけど、リリは身を委ねてくれていれば良いからね」

「ッッッッ!?!?!?」


 シオンは喋りながら指を絡めてくる。さり気なく私の腰に手を回し抱き寄せると、膝を股下に捩じ込んできた。


 何が起こったのか理解が追いつかず、身の危険を感じる。


 嫌な記憶が蘇る。そう言えばミラ姉がこんな感じの人だった。

 元のリリージュの記憶だけだと、得体の知れない危機感だけが湧き上がってきていたが、今となっては完全に理解してしまっている。


 この人、ミラ姉と同じでガチの人だ。何がとは言わないけど……。


 あいにくと私は普通の性的嗜好である。

 何とか逃げ出さなければならない。


「あの! そもそもよく知らない人と同じ部屋で寝泊まりとか無理ですから!」


 助けを求めようと周囲を見渡す。視界の端ではローゼスが口元を隠し、笑いを堪えている。


 お前! さっきまでそんなキャラじゃなかっただろ!


「あら、まだ気づかないの?」


 シオンが急に女性らしい言葉使いに変わる。先程の口調とイケメンの見た目に、違和感がもの凄い。


 シオンが更に顔を近づけてきた。

 キスをされるのだと、咄嗟に目を瞑ってしまった。


 スリスリスリ……。


 キスではなく、頬ずりだった。呼び起こされるトラウマに、つい悲鳴が上がる。


「ヒィヤァァァァァァッ!! ……ってあれ? この感触、ミラ姉!?」

「もう……リリったら。もっと早く気づいてほしかったわね」


 目の前にいたのは、まさかのミラ姉だった。

 収監されてた筈なのに、何故ここにいるのだろうか。


 っていうか、さり気なくお尻触らないで!

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