第11話

 設備も問題なく使用できることが分かったので、次は周辺の建物も調べていく。

 建物は大まかに3種類に分類した。


 ①、表面的な内装だけで簡単に直せそうな建物。

 ②、構造体は問題ないけど、大掛かりな修繕が必要な建物。

 ③、構造体から壊れ、既に崩れている建物。


 先ず最優先に直すのは自分の家。

 次に①番の建物。

 その後に②番。

 ③番は放置、いずれ解体するほかないだろう。


 ちなみに少し離れた雨風が凌げる家は、モモモ達の馬小屋にした。


「よし、こんなものかな」


 最後の一棟を確認し終わった時、ふと背後から何かの物音がして振り返った。

 そこには赤い三つ目の兎が、ジッとこちらを見ていた。


「……ッ!?」


 自分は建物の中にいるのに対して、赤目の兎は玄関の入口にいる。

 逃げ道を塞がれてしまった。完全に油断していた。


 ここは異世界。

 スライムがいるのだから、魔物がいてもおかしくはない事を失念していた。


「ピーピー」

「……ッ!?」

「ピーピーピー」

「…………?」


 全く襲ってくる気配がない。どちらかというと、何か話しかけてきているような気がした。


 それによく見ると、ひたい部分にある眼だと思っていたものは、どうやら鉱石のようだ。

 透き通った綺麗な赤色、まるでルビーのように見えた。


 眼が二つだと分かると、もはやただの兎である。さっきまでの恐怖感が嘘のようになくなり、むしろ可愛いとさえ思えた。


「ピーピー」

「はいはい、何か御用ですか?」

「ピーピー」

「ほほぉ、ここに住みたいと?」

「ピーピーピー」

「うーん、そうですね。もう一声」

「ピーピーピー」

「乗った! 交渉成立です! 今日からここに住むことを許可しましょう!」


 正直、ピーピー兎(勝手に命名)が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

 それでも、商売人っぽく話すだけで仕事をしたような気分になれるから不思議だ。


「ピーピーピー」


 ピーピー兎が立ち上がり、まるで握手でも求めるように右手を差し出してきた。

 

 ……あれ? もしかして言葉が通じてたのかな? え? 本当にここに住むの?


 別にこの建物自体、②番の建物なので優先度も低いし、住みたければ全然構わないけど。


 とりあえず握手を求められては、それが兎だろうと拒否すれば罪悪感が湧くのは、元の世界の悲しい習性だろう。


 恐る恐る手を伸ばす。

 ピーピー兎は握手をすると、すぐに建物を出て行った。


「いや、住まないんかい!!」


 つい一人で突っ込みをいれてしまった。

 生まれも育ちも道民だが、心の内に眠る関西人が芽吹いた瞬間だった。


「住むって言ったのに……いや、言ってはいないけどさ。そんな雰囲気だったじゃん」


 何だか弄ばれた気分だ。

 今晩はご馳走だと考えたのが、悟られてしまったのだろうか。


 いなくなると、寂しいものである。

 もう晩御飯にしようだなんて考えないから、どうか戻ってきてほしい。


 その思いが天に通じたのか、ピーピー兎は二羽になって戻ってきた。

 今晩どころか、明日の分の食料が手に入った。

 

 ……なんてね、嘘嘘。もう晩御飯だなんて考えてないよ。せいぜい非常食くらい。


 二羽のピーピー兎は建物内で仲睦まじくジャレ合っている。


 あとは若い二羽に任せて、邪魔者の人間は退散するとしますか……。


 私は建物を明け渡し、自分の家に戻ることにした。

 

「さて……それにしても、早速困ったな」


 DIYをしようにも、肝心な事を忘れていた。

 手元にあるのは家財道具一式だけ。DIY用の道具もなければ、材料も何もない。

 

 ラピテルで買えば良いと思っていたので、ユグドルでは何も買っていなかった。


 だって、まさか誰も住んでないとは思ってなかったし。

 ということは――。


「はぁ……また半日かけて戻るのか……」


 私は買い出しの為、再び『ユグドル』を目指すことになった。


♢♦♢


 ユグドル領の中心地から少し離れたとある施設。

 建物内では兵士達が、街の治安を守る為に忙しなく働いていた。


 そんな兵士達を横目に施設の奥へと進んでいくと、辿り着いたのは飾り気のない鉄の扉。


「お着替えをお持ちしました」


 衛兵に一礼をし、そう伝えると扉を開けてくれた。


 無機質な石畳の階段を一段ずつ降りていき、目的地である地下へ向かう。

 段数にして十数段。


 その後に続く薄暗い通路を、等間隔に備え付けられた光石が足元を照らす。

 無人の牢屋をいくつも通り過ぎ、一番奥にある檻の前で立ち止まる。


 牢屋前で常時待機していた女性看守が、無言で鉄格子を開ける。


「ミラージュ様、お着替えをお持ちしました」 


 そう伝えると、血のように赤く綺麗な瞳がこちらへ向けられた。

 寒気がする程に整った美しい顔が笑みに変わる。


 ミラージュ様が静かに立ち上がると、長く綺麗な金色の髪がしなりと揺れた。


 私は一枚一枚、丁寧に洋服のボタンを外していく。


「こんな狭く汚らしい場所に長居させてしまい、申し訳ありません」

「構わないわ。リリが居ないんじゃ、王宮だろうと地下牢だろうと大差ないもの」


 それはつまり、リリージュ様が一緒にいれば、例え地下牢だろうと絢爛豪華けんらんごうかな宮殿に変わるという事だ。


「今朝方、ギリオン様がリリージュ様をラピテルへ追放しました」

「はぁ……ようやくリリに会えるのね」

「追放するまでに10日もかかりましたからね」


 全て脱がせ終えると、胸元にさらしを巻いていく。


「あの愚弟、本当に行動が遅いわね。少し前まで私が脱獄してないか毎日確認しに来てたのよ? そんな事をする暇があるなら、すぐにでも行動に移すべきよね。本当……臆病な性格は昔から変わらないわね」


 さらしを巻き終えると、私も手早く服を脱ぎ、それをミラージュ様へ着せていく。


 目の前の女性看守は、その行為に特に口を挟むことはしない。

 既に取り込み済み、いや、最初からこの為に送り込んでいたと言った方が正しかった。

 つまり、牢屋に入れられる事は、何年も前から織り込み済みだったと言う事になる。


「リリの様子はどう? 一人で心細くて泣いてはいない?」

「はい、健気にも涙一つ零さずにラピテルへと向かったそうです。むしろロゼが泣いていましたよ、リリージュ様に着いていきたかったと」

「それは駄目よ。リリと二人だけで暮らすなんて、ロゼであっても許せるものではないもの」


 溺愛……いや、もはや異常性愛と言うべき程の執着心。

 リリージュ様のそばいにるのは、常に自分でなければ気が済まない。そういう方だ。


 もしリリージュ様に近づく者がいたのなら、それが例え同性であろうと、ミラージュ様は容赦しない。


 それを理解しているから、ロゼも同行を申し出なかった。

 だからこそ、今回の件が腑に落ちない。


 方時かたときもリリージュ様と離れたがらなかったミラージュ様が、何故、今回ばかりは自ら牢獄へ入れられるような事をしたのか。


 ミラージュ様のこれまでの詐欺の手腕は『証拠がないのが唯一の証拠』と言われる程に華麗な手口だった。

 しかし、今回だけは不自然に証拠を残している。


「それにしてもリリったら。ラピテルに向かう前に、お姉ちゃんに少しくらい顔を見せに来てくれても良いのに。そうは思わない?」


 そういって頬を膨らませるミラージュ様。リリージュ様の事になると、まるで子供のような反応になる。


「リリージュ様は、ミラージュ様に対して少し苦手意識を持たれているようですからね」

「ふふ、つまらない冗談ね。リリは頬ずりする度に嬉しくて声を上げるのよ」

「それを世間一般では悲鳴と言います」

「……少し、不安になってきたわね」 


 普段は聡明なミラージュ様なのに、リリージュ様の事になると途端に盲目になる。


 一通り着替え終わり、予め持って来ていたウィッグを被る。


「こちらもお忘れなく、一日一度。あまり興奮されると効き目が弱くなりますのでご注意ください」


 液体の入った瓶を渡す。

 両目に一滴ずつ垂らすと、赤い瞳が透き通った青へと変わっていく。


 これで目の前には男装していた私と瓜二つの、青い瞳、青い髪の好青年が立っていた。

 

「リリージュ様の元へ行かれるのですね?」

「ええ、当然でしょ。可愛い妹がたった一人で屋敷を追い出されたのよ? そばにいてやるのがお姉ちゃんと言うものでしょう?」 


 リリージュ様が追い出されるきっかけを作ったのも、一人でラピテルへ向かわざるを得なかったのも、全てはミラージュ様が原因だというのに。

 更には、金貨の一枚も待たせないようロゼに対し指示をしていた。


「それじゃあ、の代わりを頼んだよ」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、ミラージュ様」


 そう言って、ミラージュ様は堂々と表玄関から出て行かれた。

 

 ミラージュ様が何を考えているのか、やはり私のような凡夫には理解が及ばない。

 ただ一つ言えることは、これから起こることはリリージュ様の為であって、リリージュ様の為ではないということだ。


 全てはミラージュ様の、欲望の為だけにあるのだから……。




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