第10話
「先ずは建物の確認から始めるか」
パッと見で外壁が崩れていない物を探しては、ざっと中を覗いていく。
その中でも床が腐っておらず、カビ等がなさそうな比較的清潔な部屋を見つけ出した。
「おお! 悪くない!」
手当たり次第に外観の綺麗な建物を覗いていき、一番状態が良い建物を見つけた。
古そうだが目立った破損はない。雨漏りもしていない。水濡れもないからカビも生えていない。
ちょっと埃っぽいが、寝る為の一部屋分位なら簡単な掃き掃除と拭き掃除で終わりそうだ。
あとは水や電気などがどうなっているかだけど……。
電柱や電線などは当たり前だが見当たらない。それなのに、ブレーカーはしっかりと付いている。
電気は電線から引いてる筈なので、正直ブレーカーがある意味がわからない。
試しに上げてみると……普通に明かりがついてしまった。
更に意味が分からない。
部屋によっては、電球が切れていたり、照明本体が壊れているものもあった。
しかし、寝る部屋にしようとしていた部屋は、明るく照らされている。
試しに水道も確認することにした。
すぐに水落し栓は見つけた。何であるのだろう……何故か見つけてしまった。
本来であれば、水道といえば道路の地中深くに大きい水道の本管が通っていて、各建物に枝分かれして繋がっている。
しかし、ここは異世界で、しかも廃領地である。
どう見たって水道処理施設があるようには見えず、地中深くに水道の本管が通っているとは思えない。
でも見つけてしまったものは仕方がないので、開けてみることにする。
ただその前に、全ての蛇口が閉まっていることを確認する。
もし開いたまま水落し栓を開けてしまえば、開けた途端に水が噴き出してしまうからだ。
それに配管も目立った腐食はなさそうだ。
……よし、開けよう。
緊張の一瞬。水落し栓をゆっくり開けた。
すぐに『グンッ』と配管に振動が伝わる。どうやら水道管に水が流れ、圧力がかかったようだ。どこも水漏れしてる様子はない。
……ということは。
キッチンの蛇口を開けると、ジャーと勢いよく水が流れた。
ちなみにお湯も出た。
……何故に? いや、嬉しい誤算ではあるのだけど。
とりあえずは考えるのを止め、部屋を綺麗にして、ベッドを組み立てて寝ることにした。
寝る前に温かいシャワーを浴びれたのが、不幸中の幸いだった。
早起きし、追い出され、馬車に長時間揺られた疲れが一気に吹き飛ぶ。
そしてふかふかの布団に包まれると、すぐに眠りに落ちた。
♢♦♢
――翌朝。
目が覚めると、すっかり明るくなっていた。
「さて、調査を始めますか!」
昨日の疲れも吹っ飛び、元気がみなぎっている。
馬車に積んであったパンを加えながら、建物の中を次々に歩いていく。
そして見つけた、あきらかに変な箱。
昨日は暗くて見落としていたけど、どう見てもそこにある事に違和感があった。
何故なら、水落し栓の根元側の配管が、地面の中にではなく、箱の中に繋がっていたからだ。
興味本位で箱をゆっくりと持ち上げる。
「……ハッ!!?」
何かいた。
多分……いやきっと……どっからどう見てもこれ、スライムだ。
半透明の丸いスライムが、びっくりした顔でこっちを見上げている。
丸い胴体には、水落し栓からの配管が繋がっている。
体内には半分ほど水の様なものが入っていて、スライムが少し揺れる度に水もぽちゃんぽちゃんと揺れていた。
「…………」
「…………」
未だに微動だにすることなく、お互いに見つめ合っている。
先に動いたのは私だった。
もしかしてと思い、水落し栓を閉めてみる。
すると、途端にスライムが配管の中の水を吸い始めた。
配管の中の水が、スライムへと入って行く。
元の世界の水落としと同じ原理で、配管の中の水が抜けるようだ。
しかし、スライムはすぐに辛そうな顔に代わり、心なしか顔が薄紫色に変化していく。
「……あっ! そうか!!」
慌ててキッチンの蛇口を開けた。
すると蛇口から空気が入り込み、配管の中の水が抵抗なくスライムへと戻っていく。
水落としをする場合、配管の中の水を抜く為には他の箇所の蛇口を開け、負圧にならないようにしなければ最後まで抜くことが出来ない。
スライムの顔色も元に戻った所を見ると、このスライムが水道の役割を果たしているのだろう。
となれば、きっとどこかにいる筈である。
このスライムと対になるスライムが、この建物のどこかに。
今度は、排水管を辿っていく。
しかし、先ほどの箱のようなものは見当たらない。
排水のどれもが、床下へと続いている。
すぐに居間の床に点検口を見つけ、床下を覗く。
……いたッ!!!
床下点検口の位置から数メートル先に、同じように黄色いスライムがいた。
やはり、排水管と繋がっている。
そしてやはり、見つかってしまった、という表情でこっちを見ていた。
「…………」
「…………」
とりあえず覗き込んでいた頭を上げ、点検口を閉めた。
……確か、いたのはこの辺の真下のはず。
下水スライムがいたであろう位置まで歩いて行く。
そこには、床に小さな蓋があった。そっと開けてみる。
今度は蓋を開けたすぐ真下に、下水スライムがいた。
再び目が合う。
やはり見つかってしまったという表情で、私を見上げていた。
「…………」
「…………」
給水管は圧力で各家庭に水を送るのに対し、排水管は重力を使用して水を流す為、下水スライムはどうしても床下にいる必要があるらしい。
構造上仕方ないのかもしれないが、ちょっと可哀想な気もする。
「…………」
「床下で……寒くないの?」
言葉が通じるかはわからなかったが話けてみる。すると、下水スライムは驚いた表情のまま首を(というか体全体を)横にふるふると振っていた。
ふふ……ちょっと
どうやら、床下が嫌な訳ではないらしい。
その後も調査は続き、上水スライムや下水スライムの他、ブレーカーの裏には電気スライム。給湯器の中には熱スライム。ガスコンロの中には炎スライムがいた。
ちなみに名前は全部、私が勝手に付けた。
光熱スライム達(スライム全体の総称)は食べ物を上げると、頑張って働いてくれるようだ。
働くほどお腹が減り、働かなければ減らないらしい。
この子達の食費が、光熱費の代わりということだ。
それにしてもこのシステムを作ったの……神野さんだよね。
きっと異世界をDIYした際、公共施設は全部スライムで代用したのだろう。
そりゃ発電所や上下水道処理施設なんてあったら、異世界の雰囲気がぶち壊しなので気持ちは分からなくもない。
それにしたって、もっと他の方法は思いつかなかったのだろうか。
でも、みんな可愛いから良しとした。
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