第9話
アクノ家を出発し、馬車で揺られること半日。
最初こそ、外の移ろう景色に一喜一憂していたが、道中の風景はユグドル領を出た辺りからほぼ森続きだった。
それにしてもまさか、異世界に来て最初にすることが馬車の操縦とは思いもよらなかった。
といっても難しい事はなく、行き先は馬が知っているというので、ただ手綱を握るだけ。馬は二頭、名前はどちらも『モモモ』だ。
なので「モモモ」と呼ぶと、二頭とも反応する。賢い馬達だった。
馬車の操縦は最初こそ楽しかったものの、すぐに退屈になった。何故なら、私が手綱を持っていようと持っていなかろうと、モモモはちゃんと目的地へと向かうからだ。
日の出と共に起きた所為もあり、既に眠たくもなっていた。
しかし、路面状況が悪くガタゴトと揺れ続けるので、寝ることも叶わない。
他にやることはないかと地図と睨めっこするも、ただひたすら一本道を進むだけなので迷いようもなかった。
出発してから1時間でやることが尽き、それ以降は定期的に
「ふわぁ~……それにしても細い道だなぁ」
道路の
もし前方から馬車が来たら、すれ違うことも出来ない。
それに森林火災などが起きようものなら、先頭の馬車が
元の世界では、建築基準法上、道路の幅員は4m以上(まれに6m以上)と定められている。
それ以下であれば、その道路にしか接していない土地には、建物を建てる事は出来ず、もし建てようものなら違法建築物となる。
これも、災害時の事を考慮して設けられた基準だと思われる。(この基準が出来る前に建てられた建物は、違法建築物とはならない)
馬車の幅が1.5m程なので、異世界でも最低4mは幅員が欲しい所である。
早速、一つ目の領地改革案を見つけた。
――と、思っていたのだが。
「成る程……通りで道が細い訳だ」
森に囲まれた一本道を抜けると、広大な平地が現れた。
しかし、人の住んでいる気配は全くない。それもその筈、そこに建つ無数の木造住宅。いや、無数の廃墟といった方が正しかった。
人が住んでいないのだから、馬車ですれ違うことがない。つまり、道が細くても誰も困りようがないのだ。
目の前にあるのは、領地『ラピテル』とは名ばかりの、誰も住んでいない廃領地だった。
広大な領地に領主一人と領民が0人。実に笑える。
過去の記憶でも行ったことがない理由も頷けた。
そして兄さまの言葉が思い出される。
――可愛い妹にも財産を分けてやりたいんだ。
「……兄さまの魂胆はこれか」
実の姉に地面師詐欺をされる兄さまを、ちょっと可哀想だなと思っていた。しかし、もはやそんな感情は微塵もなくなった。
兄さまはこともあろうに、実の妹に財産どころか、多大な負債を押し付けていた。
広大な土地がどうして負債に繋がるのか。
それは廃墟が関係する。
一般的に不動産を査定する際、土地と建物を分けて価値を計算し、その後に合算して査定額を算出する。
例えば、土地の価値が1,000万円、建物の価値が1,000万円の場合、その不動産価値は2,000万円となる。
では、土地や建物に価値がなかったとしたら、査定額はどうなるだろうか。
当然に土地は0円となる。しかし、建物は0円とはならない。
建物に価値がない場合、逆に解体費用がかかる為、マイナス査定になるのだ。
普通の木造2階建ての建物であれば、解体費の相場としては150万円前後だろうか。
では、ラピテル領の場合だとどうなるか。
誰も欲しがらない土地なので、どれだけ面積があっても土地代は0マーニだ。
建物は見える範囲でも100棟はありそうだ。しかし、そのどれもが廃墟と化している。
単純計算で、100棟×解体費150万マーニ=1億5,000万マーニの負債となる。
もはや、不動産ではなく、負動産である。
そして60億マーニを失った兄さまは、これ以上の損失を出したくないと考えたのだろう。
今現在ラピテル領は、父の名義になっている。
それはつまり、相続人である兄さまに相続されることになる。
ちなみに、相続と聞くと殆どの人は資産を貰える制度と考えるかもしれない。
しかし、相続は何も資産だけではない。負債も相続になる。
もしかしたら、人によっては負債しか残っていない場合もあるだろう。
そして、相続の方法は3パターンに限られる。
1、単純承認。
全ての資産と負債を相続する。
2、限定承認
資産から負債を差し引いた差額を相続する。
3、相続放棄
一切の資産を放棄する。
要するに、資産だけを相続し、負債は相続しないという都合の良い方法は認められていない。
では、どうしても資産だけを相続したい場合はどうするか。
単純である。負債を誰かに押し付けてしまえばいいのである。
これにより、兄さまは資産と負債(1億5千万マーニ)を相続する所を、資産のみを相続することに成功した。というからくりだ。
「はぁ~……異世界に来て、舞い上がっちゃってたなぁ」
現地を調べもせずに契約書にサインをしてしまうとは、元の世界でなら絶対にしない愚行と言える。
自分に過失がないとは言えない状況。かつ脅迫されてもいない。
脅迫されていれば契約を白紙に戻せるが、あの時ばかりは兄さまは優しかった。
自業自得と言われても仕方がない。
「それにしても、1億5千万もの負債を実の妹に負わせる?」
一人っ子だった為、お兄ちゃんやお姉ちゃんは頼れる存在なのだと、理由もなく信じていた。
その幻想が打ち砕かれていく。
……いや、ミラ姉なら助けてくれるとは思うけど、頼りたくないなぁ。
別にミラ姉のことが嫌いな訳ではない。でも、とにかく苦手なのだ。
兄さまが負債を押し付け、永遠に縁を切ろうとするタイプなのに対し、ミラ姉は資産を押し付け、絶対に、永遠に、あらゆる手段を用いて縁を切れないようにしてくるタイプである。
アクノ家と縁を切りたい私にとっては、どっちもどっちだ。
さて……そろそろ陽も暮れかけてきた。
突っ立ってたって仕方ないし、寝泊まりが出来るような少しでもマシな建物を探さすところから始めないといけない。
それに、もし壊れてたら直せばいいだけだしね。
あれ? それってつまり……夢のDIY生活なのでは?
私が元の世界で憧れていた異世界転生、DIY、スローライフ。
ラピテルにはその全てが揃っていた。
「これは……兄さまに感謝ですね」
負債は押し付けられたが、それはあくまでも現状での査定額の話。
なら、次々に建物を直し、価値を高めてやればいいだけのこと。
建物が住めるようになれば、人が集まってくるかもしれない。
人が集まれば、土地の価値はおのずと上がっていく。
つまり、負債だった不動産が資産に変わるという事だ。
これは直し甲斐があるというもの。
スローライフも悪くないけど、領主生活も面白そうだと思えた。
ラピテルの復興。
夢が一つ、増えることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます