第6話
……パチ。
心地良い朝の光が窓から差し込み、自然と目が覚めた。清々しい朝だ。
「ん~!」
いつも通り、伸びをする。
まだ眠っている脳が、少しずつ覚醒していく。
神野さんとのやり取りが、少しずつ思い出される。という事は……。
「転生はッ!?」
ベッドから勢いよく上半身を起こした。
え……このベッド、ふっかふかだ。それに大きい!
シングルサイズなんて小さなベッドではない。何人でも寝転がれそうな大きなベッド。それにベッドフレームの装飾も凝っている。
いや、ベッドだけではない。部屋全体が洋を基調とした豪華な内装。
まさにイメージ通りの貴族の部屋という風景だった。
本当に異世界に転生したのだと、ひしひしと実感がわいてきた。
すぐにふかふかの羽毛布団を跳ね上げ、ベッドから降りる。
「あ痛ッ!!」
いつも通りの感覚で床に足を付けようとしたが、足は床に触れる事なく空をきり、前のめりに転んでしまった。
何だか体の感覚がおかしい。
自分の掌がいつもより少し小さく見える。
立ち上がると、やはり目線の高さが少し低く感じた。
「そうだ……鏡!」
アンティーク調の上品なドレッサーを見つけ、備え付けの鏡に自分の姿を映した。
そこには15~6歳くらいの可愛い女の子が映っていた。
「これが……私?」
肩位まで伸びた金色のサラサラの髪。染めたものではなく地毛のようだ。赤い瞳が少し怖い印象を与えるが、ぱっちりと開いた大きな目のおかげで愛嬌がある顔つきをしている。
「良い……神野さん、センス良い! うおー神野さん、本当にありがとー!!」
転生早々、自身の姿を確認してテンションが上がってしまった。
飛び跳ねて喜ぶ姿が鏡に映り、その可愛いさにニヤついてしまう。
「ふへへ……ふへへ……」
自分の顔を見てニヤついている姿など、普通であれば気持ち悪いはずなのに、全く気持ち悪く見えない。
「これが美人というものか……ん? これは、手紙?」
視線を下に落とすと、ドレッサーに可愛らしいデザインの封筒が置いてあるのを見つけた。
手に取り裏を見ると、神野さんからだった。
急いで封を開けると、折りたたまれた用紙が入っている。
広げると、B5サイズ程の用紙に大きく『マジでごめん』と書かれていた。
何に謝っているのか、いまいち意味がよく分からない。でも、嫌な予感だけは伝わってくる。
すぐに二枚目に目を通す。
『転生先……間違えちゃった』
「え……?」
…………え?
…………え?
あまりの出来事に思考が停止していた。
力なく握り絞めていた手紙が、手から零れ落ちていく。
その瞬間、この体の幼少期の頃の記憶が少しずつ蘇ってきた。
「そんな……嘘……でしょ?」
聖女の妹どころか、むしろ真逆。
悪事により財を成し、この地の領主として君臨する『アクノ』家。
その末妹『アクノ・フォウ・リリージュ』、それが私だった。
アクノ家の現当主である父『アクノ・フォウ・バルト』。
母である『アクノ・フォウ・サラ』は私が幼い頃に既に他界している。
そして長女の『アクノ・フォウ・ミラージュ』
その次に長男の『アクノ・フォウ・ギリオン』
そして3番目に生まれたのが私だ。
いやいや! 間違えるにしたって何も悪い貴族に転生させなくたっていいじゃん! 神野さん、それは流石にあんまりだよ……。
思わず項垂れてしまう。
しかし、鏡に映るそんな姿も可愛くて、つい表情が緩む。
悪い貴族に生まれたのだとしても、今の姿の自分が嫌いになれなかった。
「まぁ……悪い事をしなければ良いだけか」
すぐに気持ちを切り替えた。
聖女様から溺愛されなくなったのは悲しいけど、それでも兄弟がいる事には変わりない。
ふふふ、お姉ちゃんとお兄ちゃんかぁ……一体どんな人なんだろう。
何となくの記憶はあるけど、その辺がまだ少し霞がかっている。
完全に思い出すまでに、もう少し時間がかかるのだろう。
その時、コンコンと扉がノックされた。
「リリージュ様? お目覚めですか?」
この声はメイドの『ロゼ』だ。
どうやら私を起こしに来たらしい。
記憶の断片からロゼとはそれなりに長い付き合いだとわかる。
実際には初めて会うのに、既に親しい感情を持っているのがどこか不思議な感覚だった。
「ええ、起きてるわ。どうぞ」
記憶の中ではロゼに対してこのような口調で話していた。
少し慣れないが、念の為、記憶の通りに対応しておこう。
扉が静かに開けられ、小柄な女の子が入って来た。
小柄と言っても、今の私と同じ位だろうか。年齢も確か似たくらいの歳のはず。
それなのに落ち着いていて大人びて見える。
「ギリオン様がお呼びです。すぐに部屋まで来るようにと」
「ギリオン兄さまが? そう……すぐ行くわ」
どどど……どうしよう!! すぐ行くとか言っちゃった!! まだ心の準備も出来てないのに!!
それに兄さまの名前を聞いた途端、心臓がドキドキし始めている。
嘘……これってまさか、血の繋がった兄を意識してるってこと!?
何とか胸の高鳴りを抑え、ぎこちなく扉の方へと歩いて行く。
しかし、扉前を陣取っているロゼが部屋から出させてくれない。
左右に避けようとしても、私の動きに合わせて通せんぼしてくる。
「…………」
しかも、無言のままである。
え……どういうこと? いじめ? これはいじめなの? きっとそうなのね?
悪い貴族に仕えるメイドは、やっぱり悪いメイドってことなのね?
「リリージュ様。その前にお着替えを」
「あ……はい」
つい、素で返事をしてしまった。
確かに、言われてみれば寝間着のままである。こんな姿で出て行ってしまえば、恥をかいていた所だ。
ロゼが言い出してくれて本当に良かった。
悪いメイドだなんて言ってごめんね。
「お手伝い致します」
そう言うとロゼは一礼し、手際よく着替えさせていく。
着替えに手こずっている私を見かねての配慮だろう。だってこの服、構造がよく分からないんだもの。
それに兄さまも待たせてるしな。
ロゼの奮闘の甲斐もあって、すぐに支度し終えた私は兄さまの部屋へと向かった。
まだドキドキしてる。
部屋の前で何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして、ゆっくりと扉を開いた。
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