第5話
「うーん……はっ!? 不慮の死亡事故の場合は告知事項に該当しないから大丈夫だよ!! って、あれ?」
いつの間にか意識を失っていたようだ。
目を覚ました瞬間、寝ぼけていたのか国土交通省が発行する告知事項に関するガイドラインの内容を口走ってしまった。
それにしても何故、急に告知事項の内容を?
と思ったが、少し前の記憶があやふやで思い出せない。
周囲を見渡すと、何もない真っ白い空間にいた。
「ここは……北海道?」
おかしい、東京にいたはずだけど。
でも寒くはない。ということはここは試される大地、北海道ではないのだろう。
一瞬、故郷に帰ってきたのだと勘違いしてしまった。
何故なら、2階の屋根の雪下ろしをしていた時に、雪と一緒に自分ごと落下し、雪山に埋もれた時の景色とよく似ていたからだ。
あの時は下がふかふかの雪山だったから無事だった。
その後、青冷めた父が慌てて降りてきた時は、その慌てっぷりが可笑しくて笑ったものだ。
「目が覚めましたか?」
ふいに上から声が聞こえた。
見上げると、全身を綺麗なベールに包んだ神々しい女性がふわりと舞い降りてきていた。聖母の如く包容力のある笑みを浮かべている。
何となく神野さんに似ていた。というか神野さんだった。
どこかの王族だとは思っていたが、まさか神だったとは。
でも、意外とその事実をすんなり受け入れられている自分がいた。
その理由が神野さんの神々しさの所為か、異世界転生アニメをたくさん見てきたからなのかは分からない。
神野さんはゆっくりと地面に舞い降りると、その一連の動作のまま両膝を曲げ、両手を地面に付き頭を下げた。
「りりぢゃんッ!! 死なぜぢゃっだ、本当にごべーん!!」
いきなりの土下座。しかも大号泣である。
私は動揺した。それは神野さんが神様だった事や、自分が死んだことにではない。
美しい美貌を持つ神々しい姿の神様が、泣いて土下座をしているのである。
何か見てはいけないものを見てしまっているような、背徳感に
私は無意識に財布から一万円札を出して、神野さんへ差し出していた。
「え……りりちゃん? 何で一万円札?」
「いや、神様の土下座を
「…………それが一番失礼だと思うよ」
神野さんは涙を拭うと、一万円札を受け取りベールの中にしまった。
そして、まだ少し涙声ながらに自分が神様だと教えてくれた。
やはり神様だったらしい。
私を死なせてしまった事を、かなり気にしているようだ。
ずっと俯いて泣いて謝っている。
「ご……ごめんね。グス……」
「はぁ……しょうがないなぁ。別にわざとじゃないのは分かってるから、気にしなくて良いよ」
神野さんが本気で反省してるのが見て取れたから、特に怒る気もしなかった。
でも、DIYをやる上で許せないことが一つだけあった。
「それより神野さん、エアコンを固定する時、下地にビス(長いネジのような物)を打たなかったでしょ」
「う……うん」
「それに、ボードアンカーも使ってないでしょ」
「う……うん」
……やっぱり、だからエアコンが落ちてきてしまったのだ。
室内の壁は、基本的に石膏ボード(耐火ボード)が使用されている。
石膏ボードとは、12.5㎜の厚さの石膏で出来たボードのこと。その表面にビニールクロスを貼ったものが、普段私達が目にしている壁である。
石膏ボードは木材と違い、ビスを打ち込んでも穴が開くだけで固定されず、すぽすぽ抜け落ちてしまう。
その為、石膏ボードにビスを打ち込む際は、更にその内側にある下地と呼ばれる45㎜程の木の角材にビスを打ち込む必要がある。
また、下地がない場合は石膏ボード用のボードアンカーを使用する。
ボードアンカーとは、石膏ボードの裏面にプラスチックや金属で出来た羽を広げ、接地面を増やすことで石膏ボードにもビスを固定出来る便利な物である。
エアコンを取り付ける際は、下地があれば下地にビスを打ち、ない部分にはボードアンカーを使用して固定しなければならない。
それをしないと、今回のようにすっぽ抜けて落下する原因に繋がってしまう。
「壁に何かを固定する時は、あれほど下地に打ち込むんだよって言ったよね?」
「う……うん」
「ノートにメモ取ってたよね?」
「う……うん」
「そのノートはどこへやったの?」
「……無くしちゃった」
「……はぁ」
つい溜息が出てしまった。
神野さんは基本的に全体のスペックがかなり高い。
それなのに、どこかおっちょこちょいな所があるのだ。
「りりちゃん……お詫びと言ってはあれなんだけど……」
「お詫び?」
「うん……生き返らせるのは無理だけど、代わりに異世界に転生ってのはどうかな?」
え? 異世界に行けるの? 本当に?
「異世界って本当にあるの?」
「うん。りりちゃんにDIYのこと色々教えてもらったでしょ? それでDIYにハマっちゃって……作っちゃった」
「え? 異世界を? DIYで?」
「去年からこつこつとね。この前、ようやく完成したんだ」
「凄ッ!!」
「でしょでしょ?」
話によると、日本の仕組みをベースにしたファンタジー世界という事だ。
基本はナーロッパの世界観で、魔物やドラゴン、勇者に魔王、聖女や悪役貴族などもいるらしい。何か色々とてんこ盛りである。
神野さんは先程までの号泣土下座などなかったかのように、目を輝かせて語っている。
……こやつ、全く反省していない。
だが、そんな事はもうどうでもいい。
私の興味は既に異世界転生の事でいっぱいである。
「じゃあさ、出来ればお金持ちの家に生まれたい! 貴族とか憧れてたの! それに一人っ子だったから兄妹もほしいし……出来ればお姉ちゃんとかいると嬉しいな!」
「あー凄いわかるー! 兄弟って憧れるよね! じゃあさ、聖女様の妹に転生なんてどう? 溺愛されるようにしとくから!」
「え? いいの!? 嬉しい!! それで是非お願いします!」
「ふっふっふ! 任せなさい!!」
神野さんは自信満々に胸を叩いた。
「それじゃあ早速、異世界に転生させるね! という事は……ね。りりちゃん……これでお別れだね」
「うん……神野さんと出会えたこの二年間。凄い楽しかったよ」
「グスッ……わ、私もだよー!!」
思わず二人して号泣してしまった。
気が済むまで抱きしめ合い、そして別れの言葉を告げた。
「それじゃあ……異世界でも元気でね」
「うん……神野さんもね」
また二人して泣きそうになったので、すぐに転生させてもらうことにした。
神野さんの声が段々と遠くなる。
「りりちゃん……」
うん。
「私の事……忘れないでね」
うん、忘れないよ。
「それじゃあ……元気でね」
うん、神野さんも元気でね。
「ばいばい……………………アッ!? ちょ
あっちょま? あっちょまって何だろう?
神野さんの声が聞こえなくなる直前、最後の最後に唐突に聞こえた言葉。
もしかしたら神様語で「今までありがとう」的な意味だろうか?
神野さん……私の方こそ「あっちょま」です。
こうして、私の意識は異世界へと送られた。
♢♦♢
異世界の聖女の名は『セント・フォル・マリージュ』。
本来であれば、その妹『セント・フォル・リリージュ』として生まれ変わる筈だった。
しかし、ここにきて神野さんのうっかりミスが再び発動してしまう。
少しだけ名前が似ていた。それが原因だった。
転生先は悪役貴族の名門『アクノ』家。
その長女である『アクノ・フォウ・ミラージュ』の妹、『アクノ・フォウ・リリージュ』として転生するのであった。
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